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瑠璃の歌姫  作者: まーぼー茄子
第一章 司る者
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【1】-流浪-

  その森は、突然広がったように見えた。


 荒野を歩いていると思った。

けれど、気がつけば、眼前を覆い尽くす緑。緑。緑。

喉を渇かしていた、乾燥しきった空気は、いつのまにか。瑞々しく潤い、水と緑の香りを体中に満たす。

生い茂る木々。

木漏れ日を受け、輝く花々。

遠くで川の音がする。


「・・・ここに、包を張る」


 よく通る、低めの声。

小さな子供から老人まで、そこにいた全員が彼に注目する。


「ここに?少し森に入ってからの方が良いんじゃないのか?」


少し年かさの男が、若い長に意見した。


 森は広がっている。眼前に。

しかし、この場所は森の入り口であり、荒野である。

森に入れば、外から目に付きにくく、食料の調達も難しくはない。

50人程の集団の中には乳飲み子もいる。

安全が第一に確保されるべきなのだ。


「安全を確認しないうちは、荒野の方が安全だ」


 彼はリーダーだ。

彼に敵う者など、この集団にいない。

世界を流浪する、戦士の民。

その戦闘能力は、他種族の大人でさえ、戦士の民の子供には敵わない。

その民の長は、世界で最強の戦士だと讃えられる。



 新しく張られた包に、子供達は喜んで入る。女達は食事の支度をし、男達は周囲の散策調査に向かう。

彼らは赤茶色の髪に翡翠の瞳を持ち、秀でた身体能力を生まれながらに備えている。

ネイル・サウディーが長に選ばれたのは、彼が12歳になったばかりの頃。

長を選定する試合は常々行われるが、勝者が入れ替わることは稀だ。

そうした中で、わずか12歳の少年が、当時の長に勝る戦闘能力を見せ、流浪の民を率いるようになってから13年の月日が流れていた。

 彼は、戦闘などとは無縁そうな、涼しく整った顔立ちをし、しかしその瞳は冷たく他人を寄せ付けない。細身の身体は、しかししっかりと筋肉が付き、美しい。

頭の回転が早く、常に冷静に民を導く。

皆が彼を敬い、尊敬している。


「この森は突然俺たちの前に現れたようだ。危険な森かもしれない。

・・・でも、そうでないならば」


 一度言葉を途切れさせ、ネイルは集まった流浪の民を見回す。

老いた者が少し、女、男、そして、沢山の幼い子供達。


「一度、大地に根をはろう」

「!!」


 それは、流浪の民には考えたことのない選択肢であった。

そこにいた誰もが目を見張る。


「ここ数年、今までになく、子供が増えた。乳飲み子も多い。それでいて、男が少ない。子供達が自分の身を守れる程度に育つまで、休息の地を求めても良いと思う」


 子供を持つ女達は喜びに震えた。高い身体能力を持つ民達は、しかし子供の頃、病に弱く、旅の疲労で病にかかり命を落とす子供も少なくない。

それでも、旅をする理由は、根をおろす土地がないから。

この世界にヒトが安心して暮らせる土地は少なく、そこには当然すでに暮らしている種族がある。

運良く、他の部族のいない土地を見つけるか・・・一時的な共存を考えるか、だ。

 この森に他部族があるのかどうか、それは男達の探索次第である。


 明るい表情で解散していく人々を見送り、ネイルは一人小さくため息をついた。

皆には希望が必要だから。目指す道を指し示した。

しかし、現実はそう簡単ではない。

明日は日が昇るのと同時に探索に出る。安全か、危険か。食べ物はあるのか。


「ネイル」


最後まで残っていた女が駆け寄ってきたが、ネイルは目も合わさずに包の奥へと籠っていった。


「ネイル、待って」


女はネイルの後を追い、引き下がろうとはしない。


「明日の探索、ネイルも行くの?」

「・・・ああ」


 誰もが目を奪われる妖艶な美貌の美女の、煌めく紅の瞳に見つめられても尚、ネイルは冷めた様子で短い返事だけを返した。


「気をつけてね。・・ネイルだから大丈夫だろうけれど」

「ああ」


 ネルボは蠱惑的な体を見せつけるようなスリットの深い衣装を身に着けている。

腰までの流れるような桃色の髪は美しいウェーブを描く。

彼女は、民1番・・・いや、この世に彼女より蠱惑的な美貌の女はないであろうとさえ思わせる美女だ。

 ネルボは幼い頃からネイルに想いを寄せているが、その想いが報われる気配は一向にない。しかし、ネイルは部族の長であり、自分は部族1番の女なのだから、ネイルの花嫁になるのは自分なのだと、信じて疑わなかった。

 実際、部族1番の女は暗黙の了解で長のものであり、ネルボに言い寄る男は部族の中にいるはずもなかった。

短い返事以外の返答を返す気がないネイルに一礼すると、ネルボは長の包を後にした。


「ネルボ。ネイルと仲良くできたか?」


 急に後ろから声をかけられ振り向くと、ネイルの唯一の友人である青年がイヤらしい笑みを浮かべていた。


「・・・うるさいわね。カナン」

「おおよそ、何を言っても「ああ」とかって流されて出てきたんだろ?」


 美しい双眸で、ぎろりと睨んだネルボを見て、カナンは笑いをかみ殺し、ネルボと入れ違いに長の包に入っていった。

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