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循環魔術の継承者──双極魔術第二集  作者: 青朱白玄
四章:ルーシャの条件
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一・やってやるさ

 達人は心底疲れたといった風情で寝台に腰掛けうなだれた。

 ルーシャは手早く髪を解くと、ナイフを放り上げるような仕草と共に消した。

 ヴァンは全知でライチの居場所を調べた。遠い家にいることが分かった。


「ライチ嬢は──」

「ルーシャとか──」

「ねえ、おじさ──」


 三人の声が重なり、苦笑がそれに続いた。


「ムゼッカからどうぞ」

「ライチはキ・ハの婆さんの家に預けた。こんな事態を考えてな。襲撃があった日はいつもそうしてるんだ。で、嬢ちゃんの話は何だ?」

「おじさんは……おじさんの話は?」


 奇妙な返答を受けてしばしムゼッカはルーシャの顔を見つめていたが、そのまま話を続けた。


「あー、オレは、嬢ちゃんに幾つか聞きたいことがあってな。ルーシャでいいか?」

「え? はあ……」

「ルーシャは、業師だよな? それにしちゃ、我が強い戦い方をすると思ってな。嬢ちゃん、どんな師匠から業師の戦い方を教わったんだ?」

「戦闘術は……えっと……あたし、あまりいい生徒じゃなかったから……」

「んー? なんだ、師匠が何人もいたクチか、オレみてえに?」

「うん……」

「んで、しまいにゃ我流か。それなら分かる」


 ムゼッカはさもありなんといった感じでひとつ頷いた。ルーシャは目を逸らしてばつの悪い表情を見せている。


「ルーシャ」

「……はい?」

「強くなりたいか?」

「え……」

「オレも若ぶっちゃいるが、先のねぇ爺いにゃ違いねえ。そんな爺いでもよ、自分が築き上げたものを残してえって欲もあるんだ。ルーシャさえ迷惑でなけりゃ、オレの辻風、盗んでみねえか?」

「……おじさん、ひとつだけ条件を出してもいい?」

「条件? 言ってみな」

「明日でいいから、ヴァンと勝負して」

「お、おい!」


 慌てたのはヴァンである。無理もないが、まさかここで自分の名前が出るとは想像もしなかったのだ。


「ふうむ。面白えじゃねえか。賭けでもすんのか?」

「ううん、ただ本気で勝負をして欲しいだけ」

「お、オレの気持ちは無視かよ?」

「文句でもある?」


 ここに来てようやく分かってきた気がした。要は当てつけなのだろう。それにしても……


(頭が痛い提案だぜ、まったく……)


「どうしたヴァン? 怖じけづいたとは言わねえだろ? 言っとくが、手加減なんぞしたら本気で殺すぜ」

「……オレ、致命傷はあと三回まで護符で避けれるんで、これがひとつでも壊れたら負けってことで」

「わざと負けるつもりでしょ?」

「んなわけあるか! どれだけ高いと思ってるんだよ! 死を回避する護符だぞ!?」

「じゃあもったいないから外して戦うことね」

「……分かったよ」

「楽しくなってきたぜ」


 ムゼッカはそれはそれは愉快そうだった。どんなに変わり種でも武の人なんだなと、心から思い知らされたヴァンだった。


「なあ」


 唐突に小声をかけたのはムゼッカだった。ふたりは黙って続きを待った。


「今日はもう遅ぇから寝るぜ。死体はヴァン、頼むわ」

「おじさん、大丈夫?」

「敵さんが休ませてくれねえから疲れただけだ。寝れば治る」

「ルーシャ、行こう。ムゼッカ、また明日にでも」

「おう」


 ムゼッカは戦いのときの迫力がまるでない疲れ果てた様子で、寝台の毛布に潜り込んだ。ヴァンたちの方を向かないようにして横になる。ヴァンはすでに気づいていたが、ひとまずは死体の処理だ。


 ***


 死体を手前の部屋まで運ぶと、ヴァンは生き残った触魔虫七匹を誘導してホッグとパティの待つ部屋へ入った。わざと魔法生物に自分を狙わせながら触魔虫が雷の本体にぶつかるのを待つ。一匹だけ残ったので吸精掌の呪文を使ってから雷を捕まえると、一瞬ですべてのマナを吸収され尽くした魔法生物は、小気味よい音を立てて壊れた。静心応魔で生き残りがいないことを確認してから、パティたちの結界を解く。


「あー、立ってるの疲れた~」

「お、おいらも……」


 力なく寝台に倒れこむふたり。


「悪い、もう少し大きめに結界張って、座れるようにすりゃよかったな」

「無理だよ~。あんな怖いのに囲まれて座ってられないよ~」

「さすがに今日はこれ以上の襲撃はないはずだ。とはいえ、一応警戒策は講じておくがな。パティ、そろそろ部屋に戻ったらどうだ?」

「そうだね。……あ!」

「どうした?」


 返事を待たずして答えは分かった。

 玄関の戸を開けてムゼッカを呼びながら入ってくる男たちの声が聞こえたからだ。


「ここはずいぶんと来客が多い家だな……」


 ***


 訪ねてきたのはキ・ハとライチ、それに若い戦士たちと虹使いたち数名、残る三人は偵察兵と見えた。総勢二十二名だ。ルーシャたちはすでに寝ているので、ムゼッカに付き添う形でヴァンだけそこに加わっている。刺客の死体はキ・ハの連れてきた若者が運びだしてくれた。


「婆さん、見てやがったんだろぉ? どうしてすぐに応援を寄越さなかったんだ? 大変だったんだぜ?」

「大変だったというのが重要ね。あなたが苦戦するような相手に、この子たちのような普通の精鋭を送り込んでも人質が増えるようなものだわ。あるいは犠牲かしら。第一線を退いて久しいあたしでも同じ」


 ヴァンは疑問をぶつけてみた。


「キーハ、見ていた、というのはどういうことですか?」

「静心応魔で見ていたの。ああ、外の魔術師なら知らなくて当然ね。虹使いはね、静心応魔の感知領域を、自分から離れた場所に移せるの」

「ええ!? ……これまで何度か虹使いと行動を共にしましたが、誰もそんなことは言っていませんでした……」

「言いにくいはずよ。まるで覗き見みたいじゃない?」

「それもそうですね……」

「なあヴァン、おめえもいつまでそんなお上品な言葉遣いしてんだ? 仲間と話すみてえに、普段通りに喋っていいんだぜ。おめえは客人だしな。なあ、キーハ?」

「そうね。若者は歳相応に生意気なくらいがちょうどいいわ」

「……じゃあ悪いけど素で喋ることにする。あの襲撃者、人間そっくりだったが、妖魔族だよな? あの、消えたり出たり忙しかった奴」

「ああ。たまにいるんだ。人の血が混じっているんだかそういう種族なんだか分からねえけどな」

「ねえふたりとも、静心応魔では分かりにくかったのだけれど、あの敵は何をしていたの? 出たり消えたりってどういうこと?」

「短距離転移って呪文を固定化してたんだ。詠唱もマナの消費もなしで好きなだけ瞬間移動できるように」

「そんでもって武器もそれなりに使いやがるんだ。うっとうしい奴だったぜ。二度とあんなのとは闘りたくねえな!」

「あら? ムゼッカならもう戦い方を考えているんじゃなくて? 同じ手は二度と通じない闘神殿」

「まあな。つーかキーハ、闘神はよせって言ってんだろぉ!」

「ふたりとも疲れたでしょうから簡単に言うわ。ここに護衛戦力と見張りを配置します。寝室にも寝ずの番を置くけど気にしないでちょうだい。これ以上の襲撃はないと思わせることこそが、敵の狙いかも知れないですからね」

「まあ、しょうがねえやな。オレは寝るぜ」


 ふらふらと立ち上がると背を向けたまま手を振り、ムゼッカは寝室へ戻った。ヴァンはその後ろ姿をしばし見送った。


「ヴァン、何か考えごと?」

「え? ええと……ムゼッカの体調について何か知らないか?」


 キ・ハはヴァンを試すように見つめてきた。ごまかすように目をそむけて言い訳めいたことを呟くヴァンの様子を見て、ため息をつく。


「気づいたのね。ええ。あの人はもう長くないわ。重い病でね」

「……虹魔法には病気を治す呪文もあったよな?」

「試してみたわ。あたしにも無理だった。酷い話よね。長生きして欲しい人ほど早く死んでいく……」


 返す言葉がなかった。それでも問いを重ねねばならない。ことはムゼッカひとりの問題ではすまないのだ。なぜなら──


「キーハの見立てじゃどれくらいだ?」

「もって一年、早ければ一週間でも驚かないわ」

「そうなったらどうするんだ、隠れ里は?」


 老婆は深くため息をつき、しばらくの間、瞑目していた。十秒ほど待ったろうか。再び細い目が開く。


「どうにもならないでしょう。敵に気づかれない内にここを捨てることになるわ。サムソンは反対するでしょうけどね」

「でも、地上に出たとしてそれからどうする? 当てはあるのか?」

「どうするのかしらね。そのときにならないと分からない……いえ、調べておくべきよね。もっと早くにそうしておくべきだった」

「人里離れた場所に集落でも作るのか? 地上の国に見つかったら……」

「それは問題ね。あたしたちを追いだそうとするかしら? それとも軍事力として取り込みたがるかしら?」

「それでいいのかよ?」

「四の五の言ってられないでしょう。ヴァン、いらない心配はせずに、もうお休みなさい。あなたも疲れたでしょう」


 ヴァンは黙って立ち上がり、少し迷った末、目を逸らして呟いた。


「明日、ムゼッカと勝負をすることになっちまってさ」

「まあ。それは見ものね。誰が言い出したの?」

「ルーシャが。当てつけでね。まったく、かったるい話だぜ」

「どうするの? 勝ちを取りに行く? それともわざと負ける?」

「手加減したら殺されるらしいからなあ。勝つしかないらしい」

「大変ね。応援するわ」

「はは……ま、やってみる。じゃあ……」

「ゆっくりお休みなさい」

「ああ。キーハも無理しないでくれよ」

「ええ」


 ***


 明るい夜は更けてゆき、ヴァンが目覚めるとそこにあったのは──騒がしい朝だった。


「ヴァン・ディール!」

「万能魔術師!」

「出てきやがれ! 身の程知らずのヴァン・ディール!」


 家の外から大勢の声が聞こえてくる。ホッグとヴァンは顔を見合わせた。


「出た方が、いいんでやすかね?」

「……隠れても仕方なさそうだからなあ」


 手早くローブを着ると、ヴァンはそのまま外へ出てみた。二十人ほどの若者たちがヴァンの名を連呼していた。姿を見た若者たちは拍手をするやら声を張り上げるやら……とにかくうるさくてしょうがない。


「あー、呼ばれたから出てきたんだが……何なんだ一体?」


 若者のひとり──額を真横に斬られた傷跡がある少年が答えた。


「オレたちは、身の程知らずのヴァン・ディールを応援するぜ!」

「……は?」

「とぼけんなよ! 張り紙、見たぜ! ──万能魔術師ヴァン・ディールはここに宣言する。里の英傑ムゼッカと決闘し、必ず勝利を納めてみせることを── くぁ~~~!! 痺れるじゃんか!」

「いつ闘るんだ? 待ち切れないんだよ!」


 戸惑うヴァンに構うことなく盛り上がっている。


(……ああ、ルーシャか。ここまでやるのかよ……)


「闘いの時刻はムゼッカと話し合って決める。それから、オレは万能魔術師なんかじゃない。そんなものどこにもいないんだよ」

「絶対勝ってくれよ! あんたに馬乳酒ひと月分、賭けたんだからよ!」


(賭けまでかよ……)


 娯楽が少ないのであろうが、発案はルーシャに間違いないと確信した。そこへ気配もなくムゼッカが現れた。


「おう、この罰当たりども! 残念だったなあ。ヴァンの野郎はこのオレさまが血だるまで平伏させてやるんだ。賭けなんざ知ったことか! 勝負は日没の空見が鐘を鳴らすのを合図にする。せいぜい応援してやんな、無駄だがなぁ!」

「ムゼッカさま~、今回だけは負けてくれよ~」


 情けない声に皆が大笑いする。ムゼッカはヴァンを促して家の中に戻っていった。


 ***


「なあ、ヴァンよ」

「ん?」

「オレたちも賭けようぜ。何でもいいからよ」

「はぁ……何でも、いいんだよな?」

「おう」

「だったら……あんたがここを訪れた理由、留まり続ける理由を知りたい」

「なんでぇ、そんなことでいいのか?」

「ムゼッカ、あんたがさり気なくその話題を避けてるのに気づいたんだよ。そんなこと、じゃすまないんだろ?」


 その言葉を聞き、短い沈黙を返す。ヴァンとホッグにあてがわれた客間の前で立ち止まり、振り返る。諦めにも似た笑いを浮かべて。


「へ。憎らしい野郎だよ、おめぇは。いいぜ、おめぇが勝ったらぜんぶ話してやらあ。でもよ、全知とか言ったか? そいつで調べた方が早いんじゃねぇか?」

「聞いて教えてもらえることを勝手に全知で調べるのは気が引けるってのがひとつ。もうひとつの理由は、全知じゃ隠そうとしてることを引き出せないんだよ」


 無論、これも後半はただの言い訳にすぎない。


「なるほどな。で、オレが勝ったらだが……」

「あー、オレから何か欲しいって場合、悪いけど聞けないことがあるんだ」

「いや、オレがもらうんじゃなくな。もらうのはヴァン、お前さんだ」

「は?」

「ライチを女房にしろ。これがオレの条件だ」

「な……何言って……! だいたいライチの気持ちだってあ……」

「よろしくね、ヴァンさん! 旦那さまの方がいいかな?」


 気配を殺す術は祖父譲りなのか、あるいはヴァンが動揺しすぎていたのか……前方にいるライチに気づけなかったことに衝撃を受ける。


「ひひひ、おめぇから何か取るわけじゃねえから、断らねえよな? 断りやがったらもっとえげつねえ条件だって考えてあんだぜぇ?」

「わ、分かった! あああ、勝てばいいって話だろうが! やってやるさ!」


 ヴァンは知らなかった。

 盗み聞きしていたルーシャが、意地の悪い笑いを一変させて完全に凍りついていたことを……。


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