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循環魔術の継承者──双極魔術第二集  作者: 青朱白玄
三章:訪ねる者の多い家
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三・いたわりやがれ

 身を潜めているその妖魔は人間そっくりだった。そのうえで、気配を完全に絶っていた。魔術師の言葉で言えば、マナを徹底して隠していたのだ。そして透視の呪文で先の戦闘のすべてを仔細に観察していたのである。石の家の平たい屋根の上から。ちなみに性別は、外見をあてにしていいなら女。


(よもや本当に失敗するとは……ナガルフォン殿が私に追跡させたのは大正解だったわけですね……)


 メイリアは、さて、と考えこむ。

 あの三人が揃っていては厄介だった。一番弱いナイフ使い女ですら、奇策を使って実力以上の強さを発揮する。ではどうするべきか?


(使い古された手ではありますが、寝静まってからの奇襲……増援を妨害する仕掛けを使い、なるべく短時間でけりをつける、といったところでしょうか……)


 ***


 生き残った襲撃者は弓使いと斧の戦士だった。ルーシャは手早く縛り上げてしまったが、これにムゼッカが異を唱える。


「どうせ殺すんだぜ? 尋問だろうが拷問だろうが、こいつらは何も話さねえよ」

「話さないなら、それなりのやりようがありますよ」

「魔術か?」

「……しまった。全知が通じない……人間じゃないから知識を読み取れないのか……」


 全知の呪文はヴァンが無制限に使えるある種の得意技だ。固定化である。その効果は知りたいと思ったことを知るというもの。ただし、知るためには幾つもの条件があり、問いかけ方を間違えると正しく知識を引き出せないことが多々ある。

 今回は条件以前の問題だ。全知が働きかけるのは人の記憶。しかし妖魔は人ではないので何も読み取れない、ということなのだが……

 半分はヴァンのはったりである。


「どうするの? 他の呪文を試す?」

「うーん……いい案を思いつくまで考えてみる」

「ヴァンよぉ、必要なのはどっちだ?」

「弓の方です」


 返事の代わりにムゼッカのナイフが閃いて首を掻き切る。血しぶきの勢いからして致命傷なのは明らかだった。ルーシャが口元を手で覆った。


「え? どうして? 何も殺さなくても……」

「脱走すっかもしんねぇだろぉ? どんな報せにせよ、持ち帰らせるわけにはいかねえ。一番確かなのは殺っちまうことってわけさ」

「ルーシャ……戦争ってのは遊びじゃない。綺麗ごとをいつも貫けるとは言えないのが戦場なんだよ……」


 納得には程遠い表情だが、ルーシャは反論もしなかった。十五歳という年齢にしては、いろいろな経験をしすぎていたからだ。


「んー、ここで睨めっこされんのもちょっとなぁ。悪いが牢でやってくれねえか?」

「分かりました。牢はどっちですか? 方向だけ教えてもらえればあとは適当に尋ねながら行きますので……」

「いや、ライチに案内させる。お前さん、信用されてねえだろ?」


 ***


 ライチに頼んでムゼッカの家を出ると、外があまりに明るいので軽く驚く。説明はされていたのだが、実際に夕食を済ませた後で明るい屋外を歩くというのが、感覚的に受け入れがたかったのだ。

 牢まで案内されながら全知を使う。


(全知……こいつの名前を知りたい)

「ミレティアス」


 問いかけへの答えはヴァンの新たな知識となって思い出される。そう、対象の位置を正しく把握しての使用なら、人間に限らず無生物からですら様々な事実を引き出せるのがもうひとつの効果なのだ。これは、対象がそのことを記憶しているかどうかも関係ない。


(ミレティアスの今回の使命は?)

「敵将の暗殺」

(オレたちがいることは知らなかったのか……なぜあの時期を選んだ?)

「敵将が勝利後に泥酔するのは周知の事実。その機会として適すると軍師が判断なされた」

(軍師とは?)

「策士ナガルフォン」

(ナガルフォンについて詳細を知りたい)

「問いが不適切」

(……こいつが知ってることでも、この調べ方じゃこいつに関係のない事柄は引き出せないか……だが、策士の存在は証明されたな……これまで策士から受けた命令を知りたい、略式で)


 その回答は膨大な知識として高速で記憶させられ、思い出された。分かったことは、ナガルフォンが指揮権を持つこと、その元で軍隊組織化が進められたことだった。ミレティアス自身は肝心の遺跡探索には参加していないようだ。


「ヴァンさん? ヴァンさん!」

「え? ああ、どうした?」

「牢に着きましたよ」

「そうか。悪いがライチ、話を通してくれるか? 里の近くを嗅ぎまわっていたのを捕獲したと」

「何かなさるんじゃなかったんですか?」

「いや、もう終わった。すぐに処分してくれて構わない」

「はぁ……」


 ライチが牢番に説明しているうちに、全知でアベルの位置を探し、心話を使う。


(アベル師、ヴァンです。心話にて失礼します)

(む? どうかしたかの?)

(ムゼッカが襲撃を受けました。オレたちが手を貸して退けましたが、捕虜から分かったことをお知らせします)

(ヴァンよ、そやつは何か喋ったのか? だとしたらそれは嘘じゃぞ)

(いえ、全知で調べて得た知識です。それなりに信頼できます)

(ほう……聞かせて欲しい)


 簡単に説明する。それでいて、重要な部分はすべて含める。


(策士ナガルフォンか。よく調べてくれたのう。どんな奴か分からんのは残念じゃが、一連の命令の出所がそやつなら性格の端々が覗けるというものじゃて)

(はい。大局の判断からの指示、細かな部分への配慮ゆえの命令……相当な切れ者とうかがい知れます。策士の二つ名は伊達じゃありませんね)

(報告に感謝するぞよ。お主はどう動くつもりじゃ?)

(具体的に動くのはもう少し先になりそうです。もっと状況を飲み込まないといけない気がしまして)

(そうか……無茶するでないぞ)

(はい)


 ***


 ライチと共に帰るとそのまま石の剣の制作のため部屋に戻る。パティはまだホッグと読み書きの練習をしていた。


「パティ、まだ寝ないのか?」

「こっちで寝るかも」

「あんまり怖がってもしょうがないぜ。ルーシャも無闇に八つ当たりしたりはしないさ」

「うん……でももう少しいるよ」


 石の剣の一本目を慎重に仕上げていく。これまで造ったことのない種類の武器だったので調整に苦労したが、及第点を与えられるだけのものができたと感じていた。二本目は気楽なものだった。手順を正確に思い出し、些細な過ちをしないよう注意しながらではあったが、かかった時間は比較にならなかった。

 試してはいないが、全知はこの武器が期待通りの働きをすると保証した。


「……先生、なんか変だよ」

「何がだ?」

「上の方にマナを感じるような気がして、でも探ると何もなくて、今、小妖精の月を使ってみたらね、なんか、虫みたいな薄いマナがやっぱりあるの。何これ?」

「……ちっ!! 二段仕込みだったんだ、しかも気づいたのがばれた。動き出すぞ……」


 唐突に目の前に現れたのは特徴のない女……人間に見えた。


「その鋭さに感服しますよ、人間のふたり。ですが、邪魔はさせません」


 言いながら袋の中身を鷲掴みにしてばらまいた。それは金貨ほどの大きさをした青い宝石に見えたが……すぐにその姿が電光に包まれた。

 そしてあたりかまわず電撃を飛ばし始める。狙いも無茶苦茶だが数が十五以上いるので、対処の結界を張るので手一杯だった。

 パティとホッグの姿を二重の結界が包み込んだ。魔法と実体、それぞれに対応する防御結界だ。そしてばらまいた張本人は現れたときと同様、忽然と消えていた。


「パティ、ホッグ、結界が解除されるまで動けないが我慢してくれ」


 迷わず扉を開けてムゼッカの部屋へ向かう。その途中にまた奴がいて空飛ぶ雷の塊をばらまいていた。ルーシャがそれを見て進むのをためらっている。


「ルーシャ、こいつらの攻撃はナイフで弾き返せる。壁を背にして戦ってくれ」

「無茶言わないで! 数が多すぎる……一掃しちゃってよ!」

「やってはみるが……」

「どうぞやってみてください」


 言って、またその姿が消える。


「ムゼッカ! 敵です! 魔術の使い手です!」

「オレの心配はいらねえよ。この程度ならすぐ片付く」

「妙な戦い方をする奴です! この手の敵は侮れませんよ!」


 しばらく迷ったが、三つの呪文を順に使った。

 蝕魔虫召喚によって爪ほどの大きさの甲虫が多数、部屋に現れた。雷撃にはせいぜい三発しか耐えないが、触れただけで雷の魔法生物が消滅することを確認した。

 第二の呪文はルーシャに。逐次治癒の呪文は傷を受けたときにすぐに癒しの効果が現れるというもの。

 そして、第三の呪文でムゼッカの部屋へ瞬間転移した。


 ***


 ムゼッカは苦戦していた。これまでに戦ったことのない種類の敵だった。姿が消えたと思うと、直後に死角から小剣を突いてくる。

 初撃を軽傷で済ませることができたのは、ヴァンの忠告を聞いて彼の技である揺り草を使っていたからだ。感覚を研ぎ澄まし、些細な空気の動きに合わせて反射的に回避行動を取る技だ。それでも手傷を負った。しかも──


「毒とは周到だねぇ」

「名にし負う闘将に、手土産なしは失礼でありましょう」


 ヴァンは解毒と防毒の呪文をムゼッカにかけた。毒は消えたようだがムゼッカは毒に苦しんでいる演技を続けている。

 ムゼッカが歩を踏み出した。その一歩が限界を超えた加速を生み、暗殺者を貫くのだが……達人は消えた敵の残像を抜け、壁を蹴って宙を舞い、足が上の状態で真下に出現した暗殺者の頭頂部を狙った。またも消え、今度はヴァンの目前に現れる。


「短距離転移の固定化か!」

「正解……便利なんですよ、これ」


 固定化とは魔術の特定の呪文を、詠唱もマナの消費もなしに使用できるようにする儀式のことだ。指を動かすように短距離転移を繰り返す敵は、速いという言葉では言い表せなかった。

 首を裂かれるが、先日の戦いから持続している薬の効果で傷はすぐに癒え、毒も消える。心臓への突きは途中で止まり、致命傷を肩代わりする護符が砕け散った。


(どうすりゃいい……こんな奴相手に……!!)


 全知を使ってルーシャのいる場所の様子を探る。

 ほぼ掃討は終わっているようだった。迷ったが、ルーシャの機転に頼ることにして彼女を呪文で召喚する。


「わ! ちょっとヴァン、ひと言ないと驚くでしょ!」


 直後に物理遮断結界でルーシャを覆う。予想通り、敵はルーシャの心臓を狙うために至近距離に転移した。金属音と共に小剣が弾かれる。


「結界ですか……こんなものは……」


 どす黒い色を想起させる声を発し、呪文を詠唱する暗殺者。この結界が防げない攻撃呪文を使うつもりだ。詠唱しているのは衝撃槍なのでそこまでに間違いはない。問題はその後だ。

 ヴァンが無詠唱で魔法阻害結界を張ることは予想しているだろう。ではどんな手を打ってくる? と、考えをここで放棄する。

 材料が少なすぎ、敵が取りうる選択肢が多すぎるからだ。どんなことにも対処しうる対策を選ぶ。

 まずルーシャに魔法阻害結界、強力な白色の槍──衝撃槍がそれに阻まれる。次に狙われたのは背後から心臓を狙ったムゼッカだった。さらにその背後から短剣を投げられた。背に目があるような動きでその攻撃をかわすムゼッカ。

 腰帯から指よりやや長い針を三本引き抜き、一本を振り向きざまに投げる。

 ここでヴァンはあることに気づいた。すぐに瞬間転移で屋根の上に飛ぶ。消えた暗殺者の次の狙いがヴァンだったのはただの偶然だった。


 ヴァンは透視を使った。全方位のさほど遠くない距離までが障害物を透過して見えるようになる。ムゼッカの戦況は再び苦しくなっていった。体力に不安というのは本当のようだ。しかも今日だけで三戦目だ。

 全知で暗殺者のマナの属性が地であることを確かめると、風の友を大量召喚した。召喚先はムゼッカたちの部屋だ。

 ムゼッカの視界に、白い小さな竜巻のようなものが無数に現れた。突如としてだ。警戒する、これも敵の術かも知れないと。それを否定したのはルーシャだった。


「おじさん、これはヴァンがやったことだから、気にしないで戦って! ぶつかっても大丈夫だから!」


 次いでルーシャも結界が消えて自由になる。その頃には避けるのが非常に困難な程に風の友が増えており、部屋を時計回りにゆっくり回り始めていた。

 ルーシャは上半身を前に倒しながら右足を後ろに振り上げた。そこに出現した暗殺者は虚を突かれてまともに蹴りを受ける。そして風の友と接触し……血飛沫が舞った。


(ぐっ! こいつらには無害で、私にだけ攻撃性を持つわけですか……属性ですね……面倒な)


 暗殺者は転移で飛んだ。屋根の上へと。


「へぇ、距離を取ったか。てっきり一撃で仕留めに来ると思ったが……」

「見事な策です。ですが、諦めるほどではありません」

「どうするんだ? お前の目当てはあの人の死だろう?」

「荒っぽいことをするのですよ」


 唱えた呪文は光球爆砕、基準となる一点から光の破片を爆発的に飛散させ、攻撃する範囲攻撃呪文だ。ヴァンは詠唱中に音豹駆の見えない高速攻撃呪文を放つ。しかしそれすらも消えて回避され、次の瞬間、ヴァンの肉体を刺そうとした小剣……それが根元から折れた。折れる寸前に、小剣を通じて呪文が流れこんでいた。

 ヴァンの肉体を攻撃一回分だけ鋼のようにして防いだのが鋼身の呪文、間接的に触れた対象に呪文をかけたのが仕込み呪。そして、ヴァンが仕込み呪でかけた呪文は──

 瞬間転移の気配を感じて固定化してある短距離転移を使おうとしたメイリアは、それが不可能であることにすぐに気づいた。呪文を指定して封じられたのだ。仕込み呪でかけた呪文封じの効果だった。同時にムゼッカたちの部屋へ戻される──ヴァンの瞬間転移に巻き込まれて。


 戻された瞬間、身を捻って風の友の隙間をくぐり抜けることを余儀なくされる。しかしヴァンは風の友をあえて密集させて暗殺者の全身を切り刻んだ。風の友は次々と弾けて消え、とうとういなくなった。


「転移は封じました。仕留めましょう」

「手こずらせてくれたなぁ、おい」


 ムゼッカとルーシャが揃って近づいていく。暗殺者は新たな小剣を構えた。もう片方の手には短剣。全身血まみれになりながらも戦いの意志を捨てないのは、誇りか、あるいは後に引けないのか……。

 部屋は大した広さもなく、三人が接触するのはすぐだった。ルーシャはムゼッカの動きをそっくり鏡写しに真似た。防戦一方になるメイリア。ムゼッカは感心しつつ、幾つか彼独自の攻撃を試みてみた。完璧な再現とはいかぬまでも、理にかない、効果も見込める攻撃をルーシャは見せた。

 なまじ全く同じ動きなら対処もしやすかったかもしれない。微妙にずれた動きは彼女の体に次々と傷を増やしていき、ついに致命傷へ至った。


「く……!! ここまで……ですか……」


 完全にメイリアは動くのをやめた。


「ほんっと、なんなのよ、こいつ……」

「奥の手って感じだったな。確実にムゼッカを仕留めに来たんだろ」

「ったく、少しは老人をいたわりやがれ!」


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