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循環魔術の継承者──双極魔術第二集  作者: 青朱白玄
二章:罠に落とされ着いた場所
3/22

一・ま、いっか

 雲の気持ちはだいぶ落ち着いてきたが、泣くのはまだやめなかった。気にかけてもらえるのが嬉しかったからだ。


 ***


 馬車は水たまりを踏んで跳ねさせながら村に入った。ひとつきりであろう食堂の前に停まる。四頭の馬たちはいななく元気もなく震えている。


「ほい降りた降りたぁ、少し早いが昼飯にしてくれぇ。おっと、あんたたちはここでお別れだったな」

「ああ。世話になった」

「……金額に間違いなし、と。ニーズに来るときはまた乗ってくれ」


 エレンは心細げな声を出した。


「パティ……」


 そしてパティの右手を両手で包みこむ。パティは慰めるように返した。


「エレン、すぐに追いつくから。だから寮の話はお願いね」

「うん。きっとだよ」

「なあ、悪いがこの手紙を学長さんに渡しといてくれるか?」

「分かりました。じゃあ、少しの間さよならです」


 エレンは手を離すと小さく振ってみせた。パティが同じようにして応えた。ヴァンたちも思い思いの仕草で別れを告げた。


「さて、ここからは何時間か歩きだ。疲れたら休むから言ってくれ」


 ***


 村から西方向には岩石ばかりの荒地が広がっていて、四人は岩に手をついたりして転ばないように進む必要があった。濡れて滑りやすくなっている岩はそれを余計に困難にし、パティとホッグは何度も転びかけてはヴァンたちに支えられて難を逃れていた。

 やがて少しは平らな土の盆地に出ると、今度はぬかるみに足を取られないよう気をつけながら歩くことになった。さらに進むと白く霞む視界に少しずつ森が見えてきた。ヴァンは迷わず入っていく。

 そうして休憩を挟みつつ歩くこと数時間、木々が消えたかと思うと古い石造りの廃墟群が見えてきた。廃墟といっても朽ちたり壊れたりといった箇所は少ない。古代の素朴な建築技術は魔法の併用もあり、簡単には形が崩れない建物を作ることに長けていたのだ。

 この遺跡群の中に、目的の要塞跡がある。

 進むにつれ、少しずつ建築物が密集し始める。このあたりはもう、古代の街の中と呼べるだろう。

 そして霧雨に白む視界に城の朧げな影が見え始めた頃。


「ここだ。第四要塞遺跡……中に動くものがいるな。巨大昆虫の類か」


 ここまで無言だったルーシャが疑問を投げかけた。


「ヴァン、四つの要塞跡とやらを見て思ったんだけどさ、本当にこれって要塞だったの? 二階建ての守りが堅そうな施設がぽつんとあるだけで、胸壁みたいなものもないじゃない?」

「胸壁は魔法で作ってたんだよ。強力な結界。強力ではあっても耐久力は無限じゃないから、わざと結界を作り出す要塞は結界の外に置いた。攻められることになるが、防衛側も積極的に攻撃に回れるってわけだ」

「へぇ」

「さて、疲れてなかったらさっさと入るぞ。中の危険はあらかた排除されてるらしいしな。パティ、明かりを頼む」


 言ってワンドを取り出し、呪文を待つ。パティは完璧な発音で明かりの呪文を使い、十分な光量の白い光を先端に灯した。


 ***


 遺跡はさまざまな侵入者排除の仕掛けの痕跡が残る、迷路状の建築物になっていたが、やはり探索済みだけあって何の障害もなく奥まで辿りつけた。

 途中一度だけ、羽根を広げた長さが約二メートルの巨大な蛾が近づいてきたが、ヴァンの氷の戒めの呪文で球状の氷に閉じ込められた。

 羽ばたきをやめた羽虫は当然、落下する。幸いなことに氷塊は落下の衝撃で嫌な音を立ててひびだらけになり、中の様子は見えなくなった。



 最奥の部屋は隠し部屋になっていたようで、そこに台座が三つ、大中小と並んでいた。


「ここに偽竜が置かれてたんだ……妙だな。強力な魔法の仕掛けが無力化されている。連中にできたとは思えない……仕掛けをいじったのは例の遺跡潜りじゃないな」

「どういうこと?」

「遺跡潜りがここに入ったとき、魔法の守りはすでに働いていなかったんだ。誰かが偽竜をすぐにでも取れる状態にしておいて、そのまま手も触れずに帰ったってことだ。しかし何のためにそんなことをする?」


 ヴァンが考え込んでいると、ルーシャとパティが同時に何かに気づいたように身動きを止めた。注意を集中させている。

 やや遅れてそれに気づく。


「ん、どうした、ふたりとも?」

「ヴァン、誰かが助けを求めてる。急ぎましょう」

「走って逃げてるよ。こっちに近づいてくる。追いかけてるのはふたり」


 部屋を飛び出したルーシャの後を慌てて追う。ルーシャは鋭敏な聴力で異変を察知したようだが、パティはどうやら生身でマナを感知する技術──静心応魔を常に使い続けているようだった。


「先生、右の通路。こっちにまっすぐ近づいてくる」


 パティの誘導に従って通路を進む。それにしても、静心応魔をここまでものにするとはヴァンも予想していなかった。


 そして通路を抜けた部屋で、赤茶けた短めの髪の少女が息を乱して飛び込んできた。そのすぐ後から現れたのは二体の異形の人型生物……妖魔族だ。片方はその弱さで知られるゴブリン、もう片方は黒い全身鎧に身を包んでいるため正体が分からなかった。


「た、助けて! 殺される!」


 ヴァンとルーシャは少女を通り過ぎて妖魔族と相対した。

 妖魔族の片割れ……金属鎧を全身にまとった男が片言で話しかけてきた。


「むすめ、わたす。いやなら、ころす」

「どっちも無理な相談だ。パティ、練習台にしていいぞ」


 ヴァンは手始めに雷球を使った。当然ながら無詠唱である。ヴァンは特別な理由がない限り、呪文は無詠唱で使用する。

 妖魔族たちは一緒くたに球状の結界に閉じ込められ、次いで結界内に青白い火花が散り始め、火花はすぐに長く尾を引く雷となって暴れまわった。雷はどんどん数を増していき、やがて内部が何も見えないほどの青白い球体となる。それらが消えるのは唐突だった。

 軽装で弓を持っていたゴブリンの方は完全に焼け死んでいたのだが、鎧兜の方は……


「火傷ひとつないだと!?」


 皮膚が露出している部分は兜の目の隙間くらいだったが、そこから見える範囲では火傷が見当たらなかった。ありえないはずだった。

 金属鎧の重さを思わせない速度でヴァンに肉薄し、斧を振り下ろしてくる。その斧を避けつつ、過剰加重の呪文で体と鎧の重さを激増させてやろうとした。

 驚愕した。呪文が完全に無効化されたからだ。


(過剰加重は反発されてもある程度の効果を発揮する呪文……てことは、何か仕掛けがあるな……)


 パティの光の矢が着弾しかけたとき、鎧の表面で呪文が空気に溶けるように霧散するのが見えた。


(全知……魔法がかけられたときに起こる現象、範囲は鎧兜の妖魔)

「知識取得に失敗。何らかの障害が発生。原因不明」

(なに?)


 その間にルーシャが鎧兜の背後に回りこみ、関節部分からナイフを刺そうとした。しかし鎧兜は絶え間なく動き続けて狙いを乱しつつ、ルーシャに斧の連撃を返してきた。

 距離を取るしかないルーシャ。すると鎧兜は背を向けて遁走に移った。

 パティの三本同時の光の矢がその後姿に命中したが、またも完全に鎧で防がれたように見えた。魔法に鎧は効果がないのが普通なのに、だ。これではまるで逆だ。


「ありがとうございます。何とお礼を言ったらよいか……」

「みんなはここに居てくれ。今度は槍でやってみる。すぐ捕まえて戻ってくるさ。まだ身体賦活は有効なままだしな」


 礼を言う少女を半ば無視して追撃に移ろうとするヴァンだったが、思いがけず強い力で腕を掴まれた。

 掴んでいるのは逃げてきた少女だった。


「助けていただいておいて失礼ではありますが……関わらないでください。今のことは忘れて、速やかにここを出てください」


 ヴァンは少女をいきなり抱き上げた。


「変更だ。全員で追う。パティ、マナは感じ取れるか?」

「うん。少しゆっくりになって早足くらいで離れてくよ」

「分岐があったら正しい方向を教えてくれ」

「ちょっと、私の話を聞いて……」

「聞くよ。だが、追いかけながらだ」


 すぐに揃って駆け出した。


「あんた、名前は? ああ、オレはヴァン」

「ライチ……命が懸かってるんです。言うとおりにしてください」

「ライチ、あんた遺跡に住んでるのか? とてもじゃないが遺跡潜りには見えない格好だ」

「……」


 ライチの格好は村娘のそれに近い。ただ、革鎧と小剣で武装している点が違うが、それとてせいぜい護身用。それに──


「マナの量から見て、魔法使いでもなさそうだしな」

「先生、まっすぐ。立ち止まってるよ。なんでだろ?」

「待っているのか? 逃げておいて待つのは十中八九、罠だろうな。近づくのはオレひとりだ。みんなは声の届く距離で待っててくれよ。ライチ、あんた何か知らないか?」

「……」

「黙りか。まあいいさ、聞く相手は他にもいる」


 広めの部屋に出た。部屋の奥に鎧兜が見える。ヴァンはライチを降ろす。それから一気に距離を詰めつつワンドを一振りすると、それは二メートル強の槍に変じた。

 槍を突き出そうとしたそのとき、壁についていた鎧兜の右腕がわずかに動いた──そこには可動式の取っ手があった。それが何かはすぐに分かった。部屋のほとんど全域の床が勢いをつけて回転しつつ急速に沈み込んで、落とし穴が現れたからだ。


 悲鳴を上げるパティとホッグ。部屋に数歩踏み入ったところで待っていたのだ。同じく落下中のルーシャは声を出さずヴァンに視線だけ送った。頷くと落下減速を通常詠唱して全員にかけた。

 落ちる速度が緩む。上から悲鳴が聞こえてきた……距離を急速に縮めながら。今度は無詠唱で同じ呪文を、落ちてきたライチにかけた。


「ヴァン! どうして降りるの? 飛んで戻るんじゃないの?」

「下を見てみろよルーシャ」


 かなりの深さ……いや、高さだった。ヴァンたちはもはや遺跡の建造物から出て、広い空間を落ちていた。地下の大空洞だ。それが視認できるのは、まるで昼間の屋外のように明るいからだった。

 遥か下には岩で円形に大きく囲われた領域があり、その中にはやはり石造りの多くの建物があった。集落だ。

 そしてそこでは今──殺し合いが行われていた。妖魔族らしき無数の群れが攻め込んでいる。対するは人間だが、数は半分以下。


「ヴァン! どうしてゆっくりなの? 飛んで助けに行かないの?」

「あのな……少しは状況を整理する時間が欲しいんだよ。少しでいいから。なあライチ、あの集落、お前さんのとこかい?」

「……はい」

「この侵攻は初めてじゃないだろう? 戦い慣れてる。倒すためじゃなく死なないための戦い方だ。これまでどうやって退けてきた?」

「……あなたたちには関係ないことですよ?」

「関係ないことに手出し口出しするからおせっかいって言われるんだよ」

「……祖父が敵の統率者を退ければ、兵士たちは逃げていくのが常です」

「……それらしき姿は見えないな。よし、ひとつ戦術級お見舞いしてやるか」


 戦術級攻撃呪文とは、戦争で使うのを主眼においた、長射程、広範囲の攻撃呪文を指す。威力も高いが、マナも大量に消耗する。


「限定殺陣……対象は妖魔族のみ……」


 ヴァンの詠唱に応えて目標地域が半球状の巨大結界に包まれる。

 次の瞬間、結界内の地面からは無数の氷の槍と岩石が飛び出し、上からはやはり無数の炎の球と雷が降り注いだ。

 それらは正確に人間を避けて妖魔族だけを殺傷していく。この呪文の最大の特徴は範囲内の攻撃する対象を条件によって限定できることにある。その種の戦術級呪文はいくつか存在したが、ヴァンはマナの消費量は大きいものの、四大すべての属性を使って攻撃するこの呪文だけを習得していた。

 サファイアがまたひとつ灰になった。呪文が収まると残るのはほぼ人間だけ……のはずだったのだが──

 平然と動いている黒い影が複数あった。


「く! 同じ鎧か……しかし、戦術級まで無効化するのか?」


 巻き込んだ敵は百体強、そのうち二十六体もが何事もなかったかのように戦いを続行している。その身を覆っているのは見覚えのあり過ぎる黒い全身鎧……。


「……まずいな。雑魚を一掃したら鎧の連中が動きやすくなったらしい。オレはこれから連中のど真ん中に飛ぶ。一緒に来るのは誰だ?」


 ルーシャとパティが行くと言い出すと、ホッグとライチも続けて名乗り出た。


「ライチとホッグとパティはひと塊でいること。パティは直視できない強い明かりを一瞬だけ灯して敵の視界を奪うことだけしてくれ。ときどきでいい。みんなパティのいる方は向くなよ! ホッグはライチの護衛。パティを狙ってきたら放っておけ。守護獣が出てかえって有利になる」

「へい!」

「はい!」

「ルーシャはオレの近くから離れないこと」

「あんたと違って、あたしならあいつらと戦えると思うけど?」

「じゃあなおさら一緒だ。オレの背中を守ってくれ」

「ま、いっか」


 瞬間転移した先は当然村の広場。鎧姿の割合が増えてしまったところだった。


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