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一・分かりました

 日の出を告げる鐘と共に隠れ里の人々は動き出す。その音色に対抗しようとするかのように地底鶏がわめき始める。繰り返される日々の中で、戦という非常事態が今は日常となっている。だが、日常とは安定しているわけでもずっと続くわけでもない。気づいていようと、いまいと関係なく。


 ***


「ほおう。その旗を奴らは狙ってたわけか。ただの旗じゃねえんだろ?」

「結界旗というらしい。試していないが、マナを流すことで結界を生成するんだろう。要塞で使われていただけあって、おそらく創り出せる結界は大きさも強度も相当なものだ。もっとも、要求されるマナも相応に大きいはずだが」


 朝食の席である。ヴァンは油で揚げた骨付き肉に苦戦しながらムゼッカと話していた。地底鶏は肉付きこそいいが、骨から剥がすのに苦労する。


「そんなもん、奴ら何に使おうってんだ? そもそも使えんのか?」

「推測通りマナの量に応じた大きさと強度の結界を生成するなら使えないってことはないが、実用的とは言えないな。魔法使いが十人がかりで頑張ったって隠れ里を覆う範囲を一時間維持できればいい方だろう。妖魔族の考えなんて想像もつかないな」

「それでも取ってきたからには、お前さんなりの考えがあるんだろう?」

「まあね。いくつか試したいことがある」

「ごちそうさまー!」


 元気よく立ち上がったのはパティだ。傍らには鞄があり、昼の弁当と香草茶で温かくなっている。


「ねえ、先生も来ない?」

「射出の練習か? どうしたんだ突然?」

「全然できないんだもん。どこが悪いか教えてよ」

「少し欲張り過ぎたかもな。本来ならもう一段階下を覚えてから手をつける呪文だからな」

「そうなの?」

「ああ。けど、無理ってわけでもないと思うぞ。よし、行くか」

「爺いとせがれによろしくな」

「せがれ?」

「夕べ帰ってきたのよ。言いたくないけど、妙なやつだから気をつけてね」


 ルーシャが匙をくるくると弄びながら補足した。よく分からないが、その言葉を心に留めておくことにしてムゼッカの家を出た。


 ***


 地面に突き刺した人の身長ほどの杭に、妖魔族からはぎ取った鎧や着ていた服を引っ掛けたものが幾つか並んでいる。それが射出の呪文の的だった。中には裏切り者の鎧を着せられている杭もある。

 それらに向けてしきりに石ころや矢が飛んでいた。練習二日目だけに、勢いが明らかに足りなかったり的から大きく外れたりしているものがほとんどだ。

 なかなかうまく行かなくて腰を下ろそうとした若い魔術師が、ヴァンとパティに目を留めた。満面の笑みを浮かべて大声を張り上げる。


「おい、命知らずのヴァン・ディールが来たぞ!」


 歓声が上がった。口笛を鳴らす者や拍手をする者もいた。


「え? ああ……お、おう……」


 困惑気味のヴァンの手をパティが嬉々として引っ張り、アベルの元まで連れて行った。


「ほっほ。大変な人気ぶりじゃの」

「おはようございます、アベル師」

「おはよう、おじいちゃん!」

「ふたりとも、おはよう。ヴァンよ、お主がここに来るとは予想せなんだ。指導を引き受けてくれるのなら嬉しいのじゃが?」

「いえ、今日はパティの修行を見に来たのと、ひとつお願いがあって来たんです」

「む? どんなことじゃ?」

「できるだけ無傷の裏切り者の鎧をひとつ、お借りしたく思いまして」


 言いつつ杭に掛けられているいくつかの鎧を見る。どれも大小の傷で酷い有様だった。


「なんじゃ、そんなことか。すぐに持ってこさせるゆえ、ゆっくり見ていくがよかろう」

「すみません」

「先生、始めていい?」

「ああ、いいぜ」


 見ればパティは足元に卵ほどの大きさの石をひとつだけ置き、それにワンドを向けている。


「石はひとつでいいのか?」

「だって、どうせ飛ばないもん」


 大きな声で呪文を唱える。音声による詠唱そのものには問題はないようだったが、石はわずかに揺れただけだった。


「パティ、詠唱にマナを通わせるんだ。石までほとんど呪文が届いていないぞ」

「はい!」


 次の詠唱で石は転がってくれた。


「良くなってるぞ。次はマナを伸ばして石に触っている感じでやってみるんだ」

「はい!」


 石の転がる距離は少しずつ伸びていったので、余分の石が必要になった。十個ほど転がしてはヴァンが呪文で引き寄せる。だが一向に飛んでくれなかった。


「先生、無理だよ~。ぜんぜん飛んでくれないよ~」


 さすがのパティも疲れてきたようだった。


「まあ、呪文ひとつ習得するのがそんなに簡単だったら、世の中には魔術師が溢れているさ」


 と、そこに声がかけられた。男の声なのだが、どこか頼りなく、中性的にも聞こえる。


「ねえ、さっきから見てて思ったんだけどね……」


 声の主を見ると、黒に近い茶色の髪を長く伸ばした青年だった。その細い指が地面の石を指す。


「どうして石を見ているの?」

「え?」


 青年は指を上げて的のかかしに向けた。


「飛ばしたい方向を見もしないから、石はどこに飛んだらいいのか分からないんだよ」


 しばらく沈黙が続いたあと、パティは小さく頷いて再挑戦した。今度はマナを石に届かせてから、目をかかしに向けて。

 呪文の完成と共に、石は視線の先めがけてよろよろと飛び、その手前に落下した。


「やったぁ! 飛んだよ! ありがとうシュタイン!」

「パティが優秀なんだよ」


 目を細めて手を叩くシュタイン。ヴァンはすぐに思い当たった。


「そうか、あんたがアベル師の息子さんか」

「まあね。なんだか申し訳ないね、先生の前で出すぎた真似をしたかな?」

「いや、助かったぜ。目の付け所がいい」

「離れて見てたから、たまたま気づいただけだよ」

「パティ、もう少しがんばれるか?」

「うん!」


 じゃあ僕はこれで、というようなことを言い残すとシュタインは離れていった。目で追うとその先にアベルの姿がある。気づいた老魔術師は柔和な笑顔で歳の離れた息子に声をかけた。ヴァンは視線をパティの練習風景に移した。

 ひとつきっかけを掴んだだけでパティは驚くべき上達を見せ、訓練が終わる昼には誰よりも正確で力強い射出ができるようになっていた。杭は石の威力で一度は倒れてしまった。


「先生、どれくらいの勢いが出るようになればいいの?」

「強ければ強いほどいいが、当たった奴を気絶させるくらいで十分だろう。今日の成果は上々だ。よくやったな」

「シュタインのおかげだね!」

「そうだな……」


 ふとシュタインの姿を探す。アベルと何やら話しているようだ。ふたりの足元にはヴァンが頼んだ裏切り者の鎧が置かれている。

 ヴァンはそれを受け取って礼を言い、足早にムゼッカの家へ帰ることにした。その際、ヴァンはアベルに頼みごとをひとつしたのだが……。


 ***


「なんだ? せがれの方を連れてきたのか?」

「えーと、僕が連れてこられたのはなんでなのか知りたいんだけど……」


 ムゼッカの家のヴァン達に貸された部屋で、ムゼッカとシュタイン、それにパティとライチまで注視する中での作業。ちなみにホッグは壁際で焼き菓子の袋を漁っては口に運んでいて、ルーシャはいない。


「あそこにいる魔術師の中であんたが一番、マナを持っていたからさ。これからする実験ではマナをかなり使うことになるが、魔術師を何人も連れ込んだら部屋の中じゃ狭すぎるだろ? あんたならひとりですむからな」

「ヴァンって実は人が悪い?」

「あんたを評価してんだぜ? シュタイン」


 ヴァンは作業を中断してシュタインに真剣な目を向けた。シュタインはその視線に目を泳がせつつ、問いなおす。


「で……これから何をやろうってわけ?」

「先日、妖魔族の襲撃があったことは聞いてるか? オレたちもたまたまそこに居合わせた。というかわざわざ乱入したんだが……そのとき、例の鎧を着た妖魔が、結界に鎧を当てて消すってなことをやってのけたんだよ」

「へぇ。よく思いついたもんだね」

「あるいは、前もってそれができることを知らされていたのかもな。で、オレの考えている作戦にその用法が、どの程度、有効かを知りたいんだ」

「回りくどいね。作戦って何さ?」

「今さら隠してもしょうがないか。準備もそろそろできたしな」


 ヴァンは準備した物を見せた。結界旗とそれを固定する台、そこから伸びる二本の銀線の先に拳に収まる大きさの紫水晶の玉。


「んー、やっぱり客室じゃ手狭だな。外でやるのはいろんな視線が嫌だし……」


 ヴァンの呟きにムゼッカが指を鳴らした。


「そういうことなら地下の修練場を使やぁいい。見られる心配もないし、広いからな」

「今はルーシャがいるんじゃ? 訓練中だろ?」

「隅っこで続けさせるさ。集中の邪魔になるくらいでちょうどいいだろ。嬢ちゃんはなかなか適性はあるようだが、追い込まれんと本気を出しにくい性格と見たぜ。早いとこ風を掴まえてくれんことにゃ先に進めねぇからな」


 ***


 その日の夕食、ルーシャはすこぶる不機嫌だった。第一声からヴァンに噛みつく。


「すっごい邪魔だったんだからね!」

「そうか。こっちは何の問題もなかったぜ。実験は順調に終わった」

「あのねぇ……あんたの実験なんて知らないわよ。修行中に近くでざわざわされて、あたしが迷惑だったって言ってるの!」

「怒るなよルーシャ。そっちだって風とやらを掴まえられたんだろ?」

「まあそうだけど……」


 パティが興味津々で口を挟む。


「ルーシャさん、風ってどんな感じなんですか?」

「うーん、思ってたより重くてしっかりしてる感じがした。って、言葉にしにくいんだけど……想像してたのはもっとさらっとした軽いものだったから……うん、そんな感じ」

「師匠たるムゼッカ様に言わせてもらうなら、重く感じるのは嬢ちゃんがまだ風を扱うことに慣れてねえからだな。まあ、感じ取る段階だから無理もねぇが。しっかり掴めたってのはいいな。扱うときにふわふわしてたんじゃ、指の隙間から逃げられちまうだろ」

「風のマナとはちょっと違うのかな? 先生、なんで?」

「同じものなんだが、触り方が変われば感触も違うってとこだろうな。パティやオレはいわば外側からマナを感じてるんだ。静心応魔ってのはそういう技術だからな。ルーシャやムゼッカは体の中のマナを風として感じ取ろうとする。そこんとこじゃないか?」


 杖の音が聞こえてきて、皆がそちらを見た。なんと反対側からアベルが現れて挨拶をしたので、パティとライチは思わず声を上げた。


「まったく、娘っ子どもを驚かして、何をしてぇんだよ爺い!」

「いや、すまんすまん。つい悪戯心でのう。座っていいかの?」


 座が少しだけ形を変える。ライチが料理と飲み物を手渡す。シュタイン以外にとっては見慣れてしまった光景だった。


「父さん、魚の骨、取ろうか?」

「おお、そうしてくれるかシュタイン。ときにヴァンよ、実験の結果は早速聞かせてもらえるのかの?」

「ええ。結論から言わせていただくなら……」


 ヴァンは一呼吸置いてアベルを正面から見据え、告げた。


「裏切り者の鎧の限界が分かりました」


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