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循環魔術の継承者──双極魔術第二集  作者: 青朱白玄
四章:ルーシャの条件
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三・手こずらせてくれる

 巨岩をくり抜いて造られた宮殿。中には熱を持たぬ魔法の光を灯すランプがそこここに置かれていて、十分な明るさを供していた。熱を伴わぬ光なので、宮殿内はよく冷えたぶどう酒蔵のようだった。

 だが氷のマナを友とするナガルフォンにとっては、何の問題もないどころか、快適な環境でさえある。


「メイリア君はまだ帰りませんか……困ったものです。彼女なら確実に闘将の息の根を止められるはずだったのですがね……」


 優美な言い回しがよく似合う美丈夫である。人間の目からすれば額から生えた二本のねじくれた角は異形であったが、それすらも美貌の一部と認識させるほどに、彼の整った顔立ちとすらりと細長い肢体は蠱惑的であった。

 身にまとっているのはゆったりとした青白く長い衣……人間の衣装でいえば、ドレスが最も近い。それが似合っていた。手には錫杖を持っている。その先端には漆黒のオパールが嵌めこまれており、ひと目で魔法の品と推測できた。


「困ったもの、か。それですむのか? 人妖族はこの戦そのものに長いこと反対し続けていて、お前の弟子の口車でようやく協力を取り付けたんだろう? それが戦死したとあっては、これ以上の協力は望めぬどころか、内部に亀裂を抱えかねんぞ」


 ナガルフォンの足元から酒盃を煽りながらそう言ったのも、また異形の女だった。まず目が行くのはその腕と脚だ。両の腕は細い体に不似合いに太く、鍛えあげられた筋肉に覆われていた。脚も同様である。そしてその肌の色は赤く、黄色の筋がいくつも縦横に走っている。

 赤虎族しゃっこぞくである。言葉遣いからも分かる通り彼女はナガルフォンの配下ではない。むしろ監視役という方が正確だ。しかし監視はとうに諦めていた。この策士は望みさえすれば彼女の目の前で気付かれずに十名の部下に別々の密命を与えうるのだ。


「協力が得られなくなるのは問題ありません。一番欲しかった手駒はメイリア君でしたからね。揉めるつもりなら優先的に内外から圧力をかけ鎮圧しましょう。私が失ったのは実質、メイリア君という優秀な駒ひとつなのですよ。いや、惜しいことではありますがね」

「駒か。やはりお前は好かん」

「好かれることなど物心ついた頃には諦めておりましたので、私を傷つけようと思うなら別の言葉をお使いになる方がよろしいかと。やはり問題になるのは、間抜けが誘い込んでくれたあの魔術師たちでしょうねえ……つくづく余計なことをしてくれる」

「その間抜けだが、また殺すのか?」

「利用価値がなくなれば、ですね」

「フン! とりあえず、次はどうすんだ?」

「待ちつつ、策を練りましょう。人間たちはこちらの苦労など、考えてもいないのでしょうね。力を使いすぎずに制圧する難しさ。いやはや、面倒な譜面ですよ……」


 ***


 ヴァンと仲間たちが近づいてみると、広場は人ごみで溢れかえっていた。泣いている赤ん坊が母親にあやされている。老婆たちはぶつくさ話しながら無理に前に進もうとしている。賭けを取り仕切る者たちと物売りたちが声を張り上げているが、喧騒にかき消されて何を言っているのか聞こえない。

 途中まで人ごみをかき分けて進んでいたが、いつ途切れるとも知れないので痺れを切らし、ヴァンはひとりだけ飛翔の呪文で上空に舞い上がった。歓声が上がる地上を見下ろせば、呆れたことに広場の中心付近に申し訳程度の空白地帯があるのみ。直径にして五メートルそこそこか。

 その中心部に降り立つ。そこにはすでにムゼッカの姿があった。


「やっと来たな」

「来たはいいんだが、この狭い隙間で戦えってのか? オレに不利すぎるだろ。なんとか動ける範囲を広げてくれよ」

「オレにも無理な相談だ。大声で訴えたらどうだ?」

「まったく……そもそも声が届かないだろ。魔術で無理を通すぜ」


 ヴァンはまず薄く光る物理遮断結界と、それに重ねるように魔法遮断結界を空白地帯の中に張った。そして結界内にさらに新しい結界……歪曲結界を張った。

 ぐんと、結界の内部が引き伸ばされる。五メートルほどの空白は今や百メートル近い広場になっていた。外部から見ると見たい位置だけが拡大されて見える仕組みだ。それ以外の部分は小さくなったように見える。


「後は歓声で聞こえない鐘の音についてだが、アベル師に頼んで鐘と同時に落雷の呪文を使ってもらうことになってる。それまであと一時間弱か。のんびり待とうぜ」

「手際がいいじゃねぇか。それにいろいろと吹っ切れたと見える。ま、そうでなくちゃつまらねぇ。楽しませてくれよ」

「そんな余裕があればこそ……。どうなるかなんざ分かんねえよ」


 ヴァンは広くなった戦舞台の片隅で地面に寝転んだ。だから上空の異変にいち早く気づいた。寝そべるヴァンと立って腕を組んでいるムゼッカの姿が空中に映し出されているのだ。


「あれは……投影の呪文か? 一体誰が……?」

(ほっほっほ。儂じゃ)


 唐突に心話で話しかけられて心臓が跳ねる。


「アベル師! な、なんですかあれは!?」

(戦いが皆によく見えるように、ちと余計なことをしてみた。皆が見ておる。思う存分戦うがよいぞ)

「はぁ……」

「爺いだな。面白ぇこと考えやがるな。……よし、なあヴァン、声を響かせるような魔法はあるか? あるならオレの声をでかくしてくれ」

「……分かったよ。かけたぜ」


 言って耳を抑える。

 予想通り、拡声の呪文の効果を確かめもせずにムゼッカは叫んだ。それは雷鳴かと思うほどの轟音になって周囲を文字通り振動させた。


「おめえら、よく集まってくれたなぁ! っと、でかかったか? 悪りぃ悪りぃ、加減が分かんなくてよ。さて、これからの勝負について少しばかり説明しとこうと思うんだ。貼り紙を見た連中は知ってるだろうが、命知らずにもこの魔術師ヴァンは、里の英雄ムゼッカ様を挑発し、勝負を申し込んできた!」

「ムゼッカ様~~~!」

「ヴァン・ディール! 惚れるぜ~!」


 大歓声を浴びてムゼッカはますます調子に乗ってきた。


「そこでムゼッカ様は、この万能魔術師とやらに賭けを持ちかけた。ヴァンが勝ったら、ここで叶う望みならなんでもひとつ叶える。だが負けたら……」

「話が違うだろ!」


 当然だが、上半身を起こしてのヴァンの訴えはムゼッカにすら届かない。


「ライチと夫婦めおとになるってぇ条件だ。どっちも切実な願いだ。オレたちはこれから──全力で闘うことを約束しよう」


 悲鳴混じりの大歓声が里を満たす。どうやらライチを密かに想っている若者は少なくないらしい。


「そういうわけだから、賭ける方を取り替えるなら今のうちだぜ。あと一時間もせずに空見が帰ってくるだろう。アベル爺いの雷が鐘の音を伝えたら勝負は始まる。それまで楽にしてな!」


 不遜な態度で地面に寝そべり直し、ヴァンはこれからの戦いを頭の中で何度も想定してみた。

 初手のいくつかの可能性からありうる展開、危機的状況への対処から勝利の仕方まで、あらゆる角度から検証する。

 絶対とは言えないが、考えられる限りの状況は考えぬいた。そして巨石柱……地上へ連なる長い大階段のある巨岩の柱から人間が降りてくるのを全知で調べつつ待つ。

 ほどなくして空見が巨石柱を降りてきて、里に入り鐘楼に登った。じりじりする時間の中で心臓の高鳴りを感じる。


(いよいよだな。あと三段……登り切った。一息ついて、鐘楼の縄に手をかけて、鐘の音が届けば、アベル師の雷撃だ。ムゼッカを捕捉。転移の準備はよし……鐘が鳴らされた!)


 ***


 少し遅れて、派手な稲妻が結界に落ち、その表面を滑り降りた。ヴァンはムゼッカが突っ込んできたら即座に瞬間転移するつもりだったが、ムゼッカはゆっくり歩み寄ってきて小石をひとつ拾い、こちらに投げつけてきた。

 ヴァンは全身をバネのようにして跳ね起き、その石を掴みとった。

 凄絶な笑みを見せるムゼッカに不敵な笑みを返す。

 これだけでも観客の歓声が増していた。


(ここからだぜ。今からそんなに盛り上がってていいのかよ?)


 ヴァンも体の奥底から興奮が沸き上がってくるのを感じていた。

 ムゼッカがそれまでと変わらぬ歩調から一気に急加速し、距離を詰めてきた。

 転移で背後を取る。その距離およそ二十二メートル。

 背を向けたムゼッカの右手から光る筋が伸びていた。その先端の矢じりのような鉄塊が、ヴァンの眼前を通過しつつ弧を描いてムゼッカの元へと帰っていく。


(昨日のあいつの戦術を使うことはやはり読まれていたか。で、あれが予告してた武器ってわけだ。鋼線の先に刃か。射程限界は約二十メートル)


 ワンドを出し、ひと振りして槍に変えてから牽制に光の矢を放つ。ただしその数は三十を優に超える。計算しつくされた時間差と軌道で放たれる光の矢。ムゼッカはその軌道の隙間を走り抜けてきた。わざと残した隙間の出口付近に、透明化した擬水妖ぎすいようを置いていたのだが、あっさり看破されて飛び越えられる。もう一度転移で距離を取る。


(擬水妖に包まれてくれたらいろいろと楽だったんだがなあ。ま、予想はしてたけどな)


 擬水妖の透明化を解除し、飛散させて闘技場一面に多数の小さな水たまりを作る。当然ムゼッカはこれに警戒する──と思ったら思い切りそれを踏み、撥ねさせて走ってきた。


(マナを乱されたらもう操れないことを知っていたのか? それともただの偶然か?)


 考えている場合ではなかった。踏まれなかったすべての水たまりを変質させ、十八体の水の友を創りだす。風の友と同じ最下位の精霊である。そしてそれを密集させた地点に転移し、またもムゼッカの視界の外へ。

 眼前の水の友がまとめて三体、はじけてただの氷と水に変化させられた。ムゼッカの遠距離武器である。


(や、やりづらい……!)


 的確にこちらの戦術の弱点を突いてくる。ヘインの圧倒的な体術、膂力、直感に対し、ムゼッカは飛び抜けているのが状況把握と対処の的確さだった。

 ムゼッカが長い針をまとめて投げつけてきた。正確に八体の水の友を狙っている。すべての針に支配の呪文を試みる。三本の針をうまく呪文で捕まえた。

 その三本を水の友をかする軌道で旋回させ、ムゼッカを自動で襲わせようとしたとき……顔面めがけて真っ直ぐ飛来する第九の針を発見する。他の針の陰で死角を作られていたのだ。とっさに左手でかばうしかなかった。深々と刺さる針。全知で調べるが、毒の類は使われていないらしい。となると……。


(見失った! まずい、来るぞ!)


 背後から飛んできた鋼線つきの刃が、針の刺さっている左手に絡みついた。一瞬だけ血飛沫が飛ぶが、水の友を破壊したときの影響で冷却されているため、たちまち手に張り付き出血も止まる。引っ張られ、体勢を崩す。痛みのために耐えて踏みとどまることができないのだ。さらに体勢の崩れは呼吸の乱れにつながり、無詠唱の呪文を唱えることすら一瞬、困難になる。

 その一瞬で、ムゼッカはすぐ背後にいた。


「辻風、木枯らし」


 呟きながら両手のひらを背中の肺のあたりに当てられた瞬間、体内のマナがかき乱された。


「げほっ! が……はっ、……は、ぐあっ!」


 効果は呼吸困難となって現れた。そのまま倒れるが、ムゼッカは悠然と立ったまま、追撃の構えも見せない。鋼線も木枯らしを使う寸前に手放したままだ。


(もう……勝った気でいるのかよ!)


 ヴァンは風爆の呪文をムゼッカとの間で炸裂させた。一瞬にして圧縮された空気が爆発を起こし、衝撃波を伴って周囲のものを吹き飛ばす──すなわち、ヴァンとムゼッカと水の友を。

 ムゼッカも虚を突かれた様子で少し飛ばされてたたらを踏んでいる。そこを支配しておいた針に襲わせるが、これは避けられた。

 自分も爆風で飛ばされ這いつくばったままで起影独立と感心逸らしを使う。


「てめえの幻を作ったわけだ。悪いがすぐに壊しちまうぜ」


 ムゼッカは言うが早いか分身の首を斬りつけていた。分身が音もなく消える、次の瞬間──

 轟音と共にムゼッカの上に黒い稲妻が降ってきた。


「よ……余裕……なかったが……これ……で……決着……だ……」


 ムゼッカは虎ほどの大きさの黒い獣に押し倒されていた。首の後をしっかりと噛まれているが出血はない。だが、重心を抑えこまれて身動きがとれないのは明白だった。ナイフを逆手に持ち替えて黒双牙の首を狙おうとした。関心逸らしが解除されるのも構わず槍で貧弱な武器を弾き飛ばす。立ち上がると、ムゼッカは次のナイフを出すことを諦めたようだった。呼吸が落ち着くまでじっくり待ってから起影独立を解除し、説明する。


「そいつは黒双牙こくそうが。扱いにくい雷獣だ。オレがひとつ命令すりゃ、あんたの首をへし折るぜ?」

「ケッ、両方とも幻とはな……やられたぜ。オレの負けだ」

「終わりだな。じゃあ少し待ってくれよ」


 ヴァンは二十メートルほど走って離れると、黒双牙に命令の解除を伝えた。その瞬間、黒双牙はヴァンに稲妻の速さで襲いかかった。再び黒雷が落ちる。二体目の黒双牙に一体目を攻撃させたのだ。

 そのままさらに少し距離を取り、槍鼠やりねずみの呪文を使う。黒双牙たちの周囲五メートルほどの地面から無数の岩石の槍が空中へ飛び出し、一斉に中心めがけて殺到した。組み合って戦っている黒双牙たちの息の根を止めるに十分な威力の範囲魔法だった。


「手こずらせてくれるぜ……」


 ヴァンは拍手と歓声で一際高く盛り上がった観衆に、右拳を突き上げて応えながら独りごちた。


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