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循環魔術の継承者──双極魔術第二集  作者: 青朱白玄
四章:ルーシャの条件
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二・いけるだろ

 いつだってヴァンはひとりで考え、自分で行動し、自力で解決してきた。

 と、いうのは大きな思い違いだ。

 そばにはいつもルーシャがいて、他にもパティとかホッグとか、レンダル、フリードリヒ、アガトナ……とにかくいろいろな人に助けられながら問題に当たってきたのだ。

 それが、現実。

 その現実が今、揺さぶられようとしているのにヴァンが気づくのは──ほんの少し後のことになる。


 ***


 朝、ライチの手料理を揃って食べている時だった。ヴァンは唐突にアベルの声が頭に響いたので驚き、危うく鶏の味を丹念になじませた煮汁の深皿を取り落としかけた。


(のうヴァンよ、小さな魔女はまだ寝ておるか?)

(うおう!? え!? アベル師……心話ですか。よく位置を正確に特定できましたね……)


 心話の呪文で話をするためには、相手の現在位置を正しく把握してから呪文をかける必要がある。通常は視界に入っている相手にしか使わない。


「なんだぁ? 落ち着きのねぇ……ヴァン、何慌ててんだ?」

「どうしたの? 先生」

「い、いや、何でもない……」


 ライチが非難がましい視線を向けてきたのだが、優先するべきはアベルとの会話と考え、それについては気づかないふりをした。


(む? お主は見張りの呪文を知らなんだか。一度かけておけば、持続している間は対象の居場所、健康状態、精神状態をいつでも知ることができる呪文じゃよ)

(ああ、あの呪文でしたか。全知で代用できると思ってろくに調べなかったんでした。パティに何か……あ、射出ですか)

(うむ。気が早い者たちがもう集まっておるぞ。パティも覚えるのじゃろう? 早う連れてくるとよい)

(連れていくのは……無理そうです。ルーシャのせいで、オレに恨みを持っていた人々はなおのこと、激怒しているでしょうし……)

(何じゃ、どうかしたのか?)

(ムゼッカとの決闘ですよ。よりにもよってルーシャはそれを貼り紙で宣伝したんです……しかも挑戦状ですよ、オレの名前を使って……)

(かっかっか。あれはそういうわけじゃったか。大した度胸じゃと思っとったが、今のお主は女々しいことこの上ないぞ。もっと堂々としておればいいんじゃよ)

(そう言われても、なぁ……)

(とにかく、待っておるぞ)


「パティ、アベル師と魔術師たちはもう射出の練習を始めてるみたいだ。食い終わったら行ってこいよ」

「えっと、あたしひとり?」

「いや、ルーシャが付いて行……」

「ごめんねパティ。あたしまだ眠くって……」

「……ホッグ、頼んでいいか?」

「へい。丸焼きだけ最後まで食べさせてもらえやしたら!」


(参ったな……ホッグと話しながら考えようと思っていたんだが……)


 ルーシャとの間に生まれた些細なわだかまりはまだ消えていない。少なくともヴァンの側では。

 思い悩んでいる間にもパティとホッグの食事は終わり、ふたりは出て行ってしまった。不機嫌そうに黙り込んだルーシャと、対照的に明るく振る舞うライチに二重の居心地の悪さを感じつつ、ヴァンもさっさと食事を切り上げた。


 ***


 寝台で寝転がりながら思考を巡らすヴァン。だが一向に考えはまとまらない。さまざまな雑念が邪魔をする。途中まで造った作品の方向性について悩む芸術家のような心情をヴァンは味わっていた──無論、ヴァンは芸術家ではないのでそのような経験はないのだが。

 ふと、部屋の外の声が耳に入る。


「ちょっくら出てくるぜぇ」

「いってらっしゃい。お昼には帰れる?」

「おう。すぐ帰ってくらぁ」


 ヴァンは素早く寝台から飛び起き、扉を開けた。遠ざかりつつある背中に呼びかける。


「ムゼッカ、どこに行くんだ?」

「ああ、ヤボ用だよヤボ用。んー? なんだヴァン、気になるか? そぉんなに気になるかぁ?」


 言葉の途中で立ち止まり、わざとらしく背を向けたまま答えたムゼッカの声には絡むような響きがあった。


「いや、そんなことは……」

「しょうがねえなあ、少しくらいヴァンの勝率を上げとかねえと、つまんねえだろうしな!」

「だから、無理に聞くつもりはな──」

「おめぇの石の剣を参考にしてな、オレも武器を造らせることにしたんだ。夕方には間に合わせにゃならんからちょいと脅し入れとく必要がある。詳細までは言えねえ。ま、楽しみにしてな!」

「……なんでそんなことを話すんだ?」


 ムゼッカが振り返る。その表情はふてぶてしく笑っていた。


「馬鹿野郎! ちょっとくらいおめぇが有利な条件でもねぇと、勝負がつまらなくなるじゃねえか!」

「よ、余裕だな……」

「当たりめえだろぉ、ただでさえ確実なオレ様の勝利が、この武器でより完全なものになるんだよ」

「そうかい。オレは、これからあんたに勝つための策を考える」

「ほぉう。で、それがどうした?」

「それがオレの武器ってことだ。必勝を期すための、な」

「わざわざ言いやがったか。いいだろう。泣かせてやるぜ。じゃあな!」


 扉を閉じ、ため息をひとつつくヴァン。唐突に背後から声をかけられる。


「馬鹿じゃないの。余計なこと言って。余裕もない癖に」


 心臓が跳ねる。今、一番声をかけられたくない相手──ルーシャだからだ。振り向くと、窓が開いてカーテンがやわらかな風に揺れている。

 今さら気づいたが、地底にも関わらず地上と同じような風が吹いている。


「ルーシャ……ええと……朝食に起きてきたこともそうだが、珍しいな。眠くないのか?」

「朝食はライチに叩き起こされたの! 今は眠いけど誰かさんたちがうるさくて眠れないんでしょ!」

「ああ、すまん……もう終わった……」


 謝りながらもヴァンは思った。この石壁では隣の音なんかほとんど聞き取れないだろうに……耳がいいのも考えものだな、などと。

 ルーシャは寝台に腰をかけて、じっと目前の壁を睨んでいる。


「……ああ、ルーシャ、眠れないんならちょうどいいや。少し話を──」

「駄目」

「え?」

「立ち聞きされてるから作戦会議は無理」


 ルーシャが見もせずに入口の扉を指差す。ヴァンはとっさに静心応魔を使う。扉の向こうに希薄なマナが感じられた。


「ライチ……また盗み聞きかよ?」

「あら、だってここは私の家だもの」

「そういう問題じゃないだろ……」


 いつの間にかルーシャは開いたままの窓に手をかけていた。そして言う。


「やっぱり寝てくる」

「そ、そうか……わかっ……」

「勝ってよね」


 唐突にそう言われ、ヴァンは言葉を失う。意図が読めずにいたこともあり、返事を返す前にルーシャは猫のような動きで外に出てしまった。その窓を閉めに行く。入ってくる風が静止する。

 なんとなく静心応魔を使うと、ルーシャの部屋に戻るルーシャのマナと、まだ扉の外にいるライチのマナが感じられた。癖になりつつあるため息をまたひとつ。


「ライチ、よほど重要なことでもない限り、オレは君と話していられないんだ、今はな。そういう用件があるか?」

「いいえ。ちょっとおしゃべりの相手が欲しかっただけだもの」

「ならいいな。オレも出かけてくる」

「え? どこへ行くんですか!?」


 ライチは扉越しの返事か、扉を開けて出てくるヴァンを待ったが、どちらのあても外れた。瞬間転移で逃げてしまったのだから当然である。


 ***


 地下大空洞の天井をぼんやりと見やる。上の方は白い靄がかかっているようでよく見えない。それに靄が発光しているから余計に眩しくて、目をいつまでも開けていられない。閉じるとまぶたの裏に、緩やかに流れる靄の軌跡が青い残像として残っていた。

 ヴァンが転移した先は真上、つまりムゼッカの家の屋根であった。そこに寝そべり、今度は全知で靄を調べてみる。

 構成しているのは濃密なマナの染みこんだ水蒸気。火のマナで熱と光を生み出し、それを水のマナが冷却し、風のマナが天井付近の高度に留まらせている。


(違うだろう。大空洞の明るさの仕組みを知るために来たわけじゃない。考えることがあるんだ。そうだ、考えないと……)


 ヴァンの性質は、ひと言で表すなら「思索」である。

 何かに遭遇したとき、まず反応するのは思考であり、具体的な対処を探るためにも考える。

 それは水属性のマナを持つ者の典型的な行動原理のひとつでもある。


(ルーシャは一体、何を考えてるんだ? 最初は明らかにオレがムゼッカに負けることを望んでいたはずなのに、勝ってよね、って言ったよな……どうなってる?)


 全知で調べたい誘惑に駆られるが、勝手にルーシャの記憶を覗くことは気がひけた。そもそも、もっと重要なことがあるではないか。考えを他へ向ける。


(問題は、ムゼッカと妖魔族だ。ムゼッカは一体何を隠してる? ……いや、これは勝ちさえすれば聞けるんだったな。次は……敵か。なぜ一気に攻めてこないのかが、アベル師の説明でもどうも腑に落ちない……攻め手が緩かったのは昔からだろう? 最近始めたという遺跡探索の時間稼ぎじゃあ説明しきれない……)


 隠し事をしているのは、恐らくムゼッカだけではないのだ。それぞれが隠している内容は、つながりはあっても別々のこと……。遺跡探索自体も問題だ。何を求めている? 偽竜はあっさり捨てて、目当ての品だけを狙っているのか?


(全知で調べておくか。これについちゃ、誰に遠慮する必要もないからな)


 まず全知で地上の第四要塞遺跡を探しておく。その高度を維持し、水平方向に探査範囲を広げる。探査対象は──


(妖魔が探索した遺跡……三カ所か。どれも要塞跡……妖魔族が持ちだしたものは? ……駄目か、この条件ではなぜか探れない。だが、とっかかりは掴んだな。要塞にあるものを探していたわけだ……要塞と戦争、当然、戦いに関わる道具なんだろうな)


 余裕ができたら、妖魔族の住処を訪ねてみるのも悪くないかも知れない。平和な訪問とはならないだろう。仲間を連れて行くのも難しい。


(まあ、それも後の話だ。そのときには忘れずに策士と鎧の作り手も調べてくる必要があるな。裏切り者の鎧……か。裏切ったのはサムソンと里の者たちだろうに……)


 ふと、根本的な疑問を忘れていたことに気づく。


(そもそも、なんでここは戦争をしているんだ? 隠れ里がただ攻められているというのは事実か? 過去に何があった? 全知……過去にこの大空洞で人間と妖魔族の間で起こったこと……まあ、駄目だな。絞り切れない量の知識か。頭に叩きこまれたら発狂しかねない)


 ふと、ルーシャの声が欲しくなった。恋しくなった、と表現すべきだろうか? だがヴァンはルーシャと恋を結びつけて考えることができない。それで漠然と思うのだ。


(この作業も、誰かと話しながらならだいぶ楽なんだがな……)


 風が頬を撫でたので、目を開けて身を起こす。優しい風だった。


(自然な風に、自然な明るさ……まあ、日没までは反映してくれないが。ここにあるすべては、恐らく魔術や虹魔法による人工的な環境なんだろうな。年代は、ざっと三百年以上前ってとこか──いけね。肝心なことを忘れていた)


 ヴァンはムゼッカが造らせると言っていた武器について思いを巡らす。そして、その予想も踏まえて、あの達人を殺さずに勝負に勝つ方法を模索する。昼が過ぎてもヴァンは考え続けていた。

 眠っていることに気がついて全知に時刻を尋ねる。午後の四時過ぎだった。余裕を持って戦いに望むためには、そろそろ腹に物を入れておいた方がいい。


「まあ、これでいけるだろ」


 ヴァンは転移で部屋へ戻った。


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