赤ずきん
お母さんはいつも私を子供扱いする。
いつもそう。今日もそう。
とても役に立ちそうにない赤い防空ずきん。
敵の爆弾が落ちてきたらどうするの――
そう笑みを浮かべながら、お母さんは私の頭にそれをかぶせた。
うざい。黙れ。
お父さんが戦争にいってるからって、男を家に引き込むな。
ああ、おばあさんが心配だわ――
嘘。それは私を家から離れさす為の言い訳。
ちょっと見てきてくれない――
そんなこと言って、実際見てきてもどうだったの一言もないじゃない。
おばあさんは一人暮らしだから、お前がいくと喜ぶわ――
だから、なるべく長く帰ってくるなって言いたいんでしょ?
なら、私だって寄り道の一つぐらいさせてもらうわ。でもどうしよう。男とはこの間別れたし。友達は皆頭悪いから本当は嫌いだし。
まあいいか。遠くの町に落とされる爆弾。あれの火花が奇麗なのよね。今日もどうせ派手に落とされるでしょうし、見物しながらいくとするわ。
赤いずきんがあなたを守ってくれるわ――
何処までも適当なことを言って、お母さんは私を見送った。
ああ、ムカつく。一人で道を歩いているだけで、何であの憲兵とやらは私を引き止めるの。
それに何でジロジロと見るのよ。そんなに怪しい? 危なっかしい?
いや違うか。いやらしいのよ。視線が完全に胸元にきてるもの。
ううん。何処もかしこも変な目で見るのよ。
今こいつの頭の中で私はどんな姿や格好をさせられているのか分かったもんじゃないわ。
少なくともこの間まで男にしてやったようなことは、あんたにはまっぴらご免よ。あれだってそんなもんだって聞いてたからしてただけだしね。
何処にいくのかね――
山の中のおばあちゃんのところです。
町は爆撃を受けている――
知ってます。ここは大丈夫でしょ?
それが敵の爆撃機が一機、高射砲にやられて近くに墜落した――
こうしゃほうとかよく分かんない。その手に持ってる鉄砲の凄いの?
敵がパラシュートで脱出したという話もある――
だから何?
敵が生きて近くにいるかもしれない。敵を見かけたら、我々に通報しろ。奴らは狼だ。この銃で射殺してやる――
あんたの視線の方がよっぽど狼よ。
おばあちゃんは耄碌している。
だから家に入り込んだ狼を、役場の職員か何かと思い込んでいる。
狼は興奮していた。何か喚き散らしている。狼だから何を言っているのかよく分からない。
なんてね。役場の職員に間違えられる狼なんている訳ない。
これが狼? 遠くの町に爆弾を落としている狼? お父さんが遠くの島で戦っている狼?
全然普通じゃない。確かに見慣れない服着てるし、何しゃべってるのか分からないし、髪の色も目の色も違うけど。
狼さん――
どうせ言葉通じないし、私はそんな風に呼びかけてみた。
狼さんはひどく驚いたようだ。おばあちゃんに突きつけていた銃を慌てて私に向けた。
ゾクゾクする。
銃を向けられているから?
ううん。狼さんの瞳の奥で光った光に見覚えがあるからだ。
ほら、当たった。
狼さんはおばあちゃんを突き離してしまうと、私の腕を強引に掴まえて隣室に引き入れようとした。
床に叩きつけるように転がされたのは、ちょっと興ざめ。痛かったんだもの。それにここでするとなると、背中とか痛いだろうな。
狼さんは興奮のし過ぎで私の心配事に気が回らないようだ。
困ったな。言葉通じないし。目が血走ってるし。何よりまだ銃を突きつけてるし。
だけど上着を剥ぎ取るように全部脱がしてしまうと、息を呑んで狼さんの動きが止まる。
私は狼さんの目を覗き込んだ。深く吐息も吐いてやる。
狼さんはやっと落ち着いたのか、冷たい銃を脇に置いた。
狼さんはあっという間に私を食べちゃうと眠ってしまった。
私が服を拾い集めようと手を伸ばした時、窓の外で何かが揺れた。
それは憲兵の影だった。憲兵は窓を打ち破るや、驚いて目を覚ました狼さんを有無を言わさず撃ち殺してしまった。
憲兵は何も言わずに私に振り向いた。目が血走ってる。
分かった。こいつ最初からつけていたんだ。終わるまで覗いていたんだ。
私は嫌悪に思わず手にとったそれを頭から被った。
憲兵が私の上に馬乗りになった。その勢いに私の両手が投げ出される。
私の手に何かが触れた。冷たい何かだ。
憲兵が私の頭のそれに手をかけた。
私は狼さんの冷たいそれをぐっと握る。
つけてないと、お母さんに怒られるの――
私は狼さんの銃の引き金を引いた。
珍しくお母さんが言った通りだったかな。
赤いずきんは少しだけ――少しだけ返り血から私を守ってくれた。