主君が忠臣に生命の大切さを説く方法
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
此度において妾こと愛新覚羅麗蘭第一王女が中華王朝の王城である紫禁城の内廷にて召見した臣は、直にまみえるのは初めてなれど、並々ならぬ武勲を立てた功臣でもある。
何しろ件の臣下は妾の影武者の役割を全うする事で巴図魯の称号を受け、此度においては長崎での日中友好式典に参列した和碩親王殿下の命を凶賊から救ったのじゃからな。
それが此度に至るまで叶わなかったのは、各種の公務に追われる次期天子としての妾自身の多忙さと、件の巴図魯が友好国とは言え他国の現役公安職でもあるからという複雑な事情があったからじゃ。
巴図魯が帰国する和碩親王殿下に護衛として同行してくれたのは、妾としても実に好都合であった。
「吹田千里少佐、変わらず壮健のようで誠に重畳であるぞ。貴公が紫禁城に参内するこの日を、どれ程に待ち望んだであろうな…」
故に妾としても、こうして万感の思いが込み上げてくるのじゃよ。
何しろ叙勲式の時は、在日大使館と紫禁城とを繋ぐビデオ会議のモニター越しでしか接見出来なかったのじゃから。
そしてそれは、先方もまた同様だったらしい。
「おお、殿下…我が君、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下!」
妾と瓜二つの顔と背格好で示される、一分の隙も無い洗練された拱手の礼。
それは現代日本に生きる十代後半の少女とはとても思えず、むしろ中華の歴代王朝に忠義を尽くした数多の武人達を思わせる程に板についた物であった。
「さて、吹田千里少佐よ。貴公は影武者として妾の生命を救っただけでなく、此度の長崎における日中友好式典では永祥和碩親王殿下の護衛と賊徒の殲滅に貢献してくれた。正式な叙勲は後日に大使館で行うとして、此度は略式ではあるが貴公を労わせて頂こう。」
「勿体なき御言葉で御座います、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下。この吹田千里、恐悦至極に御座います。」
こうして声をかけねば何時までも拝跪の姿勢を取り続けてしまいそうな程の折り目正しさと敬愛の念は、臣下として実に心強くて頼もしい。
それ故に妾としては、些か気掛かりな事も無きにしも非ずじゃった。
「ところで吹田千里少佐よ。貴公が妾の影武者として凶賊を殲滅した時の武勇の話を、妾に直接聞かせて給れ。勿論、差し支えない範囲で構わぬのじゃが…」
「仰せの通りに致します、麗蘭第一王女殿下。殿下の暗殺阻止と凶賊・紅露共栄軍の殲滅との一挙両得を目的とする『EMプロジェクト』を遂行すべく、殿下と瓜二つの容姿を持つ私は影武者の任務を拝命致しました…」
そうして吹田千里少佐の語る影武者作戦の概要は、ニュース番組やネット記事といった報道で見聞きするのとは比べ物にならぬ程の凄味に満ちた物であった。
故意に拉致される事による敵拠点の発見に、倒した敵兵から武器弾薬を強奪しての孤軍奮闘。
その凄惨にして壮絶な戦い振りは確かに目を見張るべき物ではあるが、それと同時に妾の危惧が見事に的中してしまった事にも絶句せざるを得なかったのじゃ。
要するに彼女は、烈士として魂が完成されてしまっているのだ。
それが大義の為ならば、己の生命など躊躇なく手札として切れる程に。
「春秋戦国時代の烈士である豫譲は『士は己を知る者の為に死す』という言葉を残しました。私も日本の公安職として、そして愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の臣下として、大義の為ならば命を賭して大任を果たす所存に御座います。」
その眼差しには一片の曇りもない。
そして、その微笑にもまた二心を含んだ所は全く感じられなかった。
「己が死をも恐れぬ貴公の忠節振りは我が国と日本の誇りであるぞ、吹田千里少佐。かの趙雲は『良き将はまたと得難い。』と劉玄徳に言わしめた勇猛な忠臣であるが、貴公のような忠義者に主君と仰がれるのは実に光栄な事じゃ。」
確かに主君としては、そのような臣下を得られた事を喜ぶべきなのだろう。
だからこそ、これだけは言っておかねばならなかった。
「だがくれぐれも、『死する覚悟を持って勇敢に戦う事』と『己の生命を軽々しく擲つ事』とは別物であると忘れないで貰いたい。古人曰く、『民はこれ国の本、本固くして国寧し』じゃ。『書経』の『夏書・五子之歌』にもあるように、国家という一つの大きな固まりは、それを構成する人間があってこそ初めて成立するのじゃ。謂わば文武百官に民達といった人間は国家を構成する幾つもの小さな欠片であり、決して一人たりとも粗略に扱う事は罷りならぬ。無論、己の命もじゃ。その事を卿も心に留めてくれ給れ。」
もしも妾と彼女との間柄が対等の親友であったならば、「御願いだから私の為にも生きて帰ってきて。」と率直に伝えたかも知れぬ。
だが次期天子である第一王女と準貴族の巴図魯という間柄ならば、それに相応しい伝え方が存在する。
些かもどかしくはあるが、それが己の地位や役割に対する責任という物じゃな。
「大恩ある殿下の至仁の御言葉、臣下として感慨無量にて御座います。殿下の臣下である私もまた中華王朝を構成する欠片の一つであり、その生命を粗略に扱うは殿下への不忠となる。改めて、肝に銘じる所存に御座います。」
「うむ、然りじゃ。卿が武勲を立てつつ自身の生命を尊重する事が、そのまま妾や我が国への忠義となる。これからも息災にな。」
されど妾と彼女との間で交わされた思いは確かに通じ合い、そこには親愛と共感という情念が間違いなく存在していたのじゃ。
願わくば、またこの紫禁城で語り合いたいものよのう。




