7.
走る。走る。走る。
ヒロシです。
走ってます。
前を走るは、褐色の肌と銀にたなびく髪が美しいお姉さん。
スーパーモデルかよ!と、初見で突っ込んだ俺は至って普通の反応をしたと思う!
後ろから追いかけて来るは、森の熊さん。
と呼ぶには狂暴な大型動物。熊っぽい形状だが、耳長いし牙長いし、ギッラギラな目を光らせて四つ脚走行中だ!
「カカロさん!あれは!動物なんですよねぇ!?」
めっちゃ怖いよ!
「シスター・カカロゥと呼べ!
そもそも、そんな軽装で大森林を歩いているお前がおかしいのだ、ヒロシとやら!」
足をかけた木を蹴りながら、ガンガン前方に跳び走るお姉さんは、村を出てから出会った第一街人だ。
フィンダール教会のシスターですって!
颯爽と走る長身美人は、革の胸当てと手甲、ベルトには色々な道具がぶら下がっているが、全く重さを感じさせない爆走を見せている。
腰に下げているふたつのショートソードがかっこいい。双剣使いという事か。
シスターとは!?
これが冒険者か!と思ったらシスター!
シスターとは!?
村を出る時、隣街、つまりフィンダールの街の方角を聞いてまっすぐ進んだのだ。道無き道を真っ直ぐに。
いつの間にか森でした!
やばそうな獣に遭いました!
死んだふりなんかしないよ!脊髄反射で逃げたよ!!
追ってきたぁ!
もうだめだぁ!
と思った所に横から飛び蹴り一発で現れた綺麗なお姉さん!!
それがカカロさんこと、シスター・カカロゥでした!
「も、もう、息が」
結構走りましたので、そろそろ転がってしまいそうです。
俺、頑張った。頑張って走った。よね。。。
「何を寝惚けているか!もう少しで中継地だ!森の獣は生きてその場に入れん!
そこまで走れ!」
森が切れて、ぽっかりと空いた丸い広場の中央に石柱が立っている。
俺はその広場に言葉通りに転がり込んだ。
目蓋に刺さる光をぼんやりと感じる。遠くで鳥の鳴き声がしている。
あぁ、土と木と緑の匂い。
森で寝転がった事なんて、今まであったかなぁ。
「起きろ!ヒロシとやら!」
はっ!
ガバッと上半身を起こして見回した。
熊なし!お姉さん良し!ふわもこ!肩にくっついてる!良し!
「危ない所を助けて頂き、ありがとうございます」
お姉さんに向かってぺこりと頭を下げた。お礼、大事。
「む、うむ。礼ができるのだな。相応の教育を受けている様だが、どこから迷い込んだのだ。この様な子供が。」
どこから、と問われれば
「異世界です。」
子供、と言えば子供ですが
「ヒロシ、16歳です」
「は!?16歳??成人年齢なのか!?」
そっちですか!異世界はスルー!?
この世は16歳から成人なんですね!ひとつまた新たな知識をありがとうございます!
「カカロさんはなぜ森に?」
「シスター・カカロゥと呼べ。
私は森から帰らぬモリンザール様を探しに来たのだ。
フィンダール様が言うには、森の工房に行くと言って出掛けたらしいのだが、まだ戻らぬと。
消失を免れる為に使えるものがあるやも、との事だったのだが、結局フィンダールは一度は消失に呑まれたと。。。
私にはわからぬが、フィンダール様がそう言うならそうなのだろう。」
モリンザール様とは。
知らない名前が出てきました。
「モリンザール様はフィンダール様の分け身だ。
もともとご自身の一部だが、創世神の1の眷属たる大地と循環を司るフィンダール様は、あまり動き回る方ではないので、調整を司る力をモリンザール様として存在させた。
なぜ知らんのだ。ヒロシ、そなた、神のかけらを連れているのだ。創世神の使徒であろう?」
んん!?
また知らない言葉が登場した!!
創世神の使徒!?
何それちょっとかっこい、あ、ラフィさん!そうなの!?
プス〜んって感じの鼻ちょうちん出してるよこの白いふわもこ!?
俺が必死で走ってたのに、おま、寝てたの!?
プスっと指でついてやった。うりうり。起きないんかーい!
「お、おい、失礼を働くな。その、見た目はあれだが神気を纏っているので確かに神のかけらだぞ。
フィンダール教会の第一侍従である私が言うのだ。間違いない。」
「カカロさん」
「シスター・カカロゥと、まぁいいか。なんだ。」
「情報の擦り合わせが必要です。
この白いふわもこは力が足りず、あまり話もできないのです。」
「そ、そうか。
うむ、創世神の使徒が世界に降りておられるなら、それは僥倖である。
まずはフィンダール様の元にお連れしよう。」
え、普通に会えるんですか。
フィンダール様って。
白き大月は、創世神ラフィザラートが編んだ世界である印である。
大月に連なる7つの月は、創世神の力を分け与えた眷属達の印であり、印を結ばれた世界を司る。
大月に一番近くにある印は、眷属の1、フィンダール。
大地を司り、大いなる護りの力の元に季節を循環させる。
滞りなき循環の為に事象の調整を行う故に、護りも破壊も最大の力をもつ眷属である。
座して世界を守るフィンダールに代わり、世界のいかなる場所へでも疾く駆けて必要な調整を行うモリンザールに身を分けた。
故に、護りの力はフィンダールが持ち、武力の全てはモリンザールが持つと言われている。
「なるほど、世界管理の主任フィンダール様、そして最強戦力モリンザール様と言うわけか。」
「なぜそうなる。いや、間違ってはいないが。。」
カカロさんに講義を受けつつ、森を抜ける為に歩く。
「森の工房というのは、フィンダール教会の支部という事?」
「いや、この大森林に人間が住むのも建物を建てるのも無理だ。
この森に工房を作ったのは、6の眷属ワッカ様だ。
ワッカ様は道具や工作を司る眷属神であり、世界各地に工房をお持ちでな。各地を転々としながら旅をしていると言われているが、私はお会いした事はない。」
眷属も色々という訳ですね。
眷属の2はイグニアル、火と光を司る。
続くダーシンとアーミンは双子神、水と風を司る。
眷属の5、ルメルは知識を、
眷属の6、ワッカは道具と工作を司る。
7の眷属であるノスは闇と影を司り、基本的にいつも寝てるそうだ。
本来、夜を領域として活動して昼に眠るはずが、昼は眩しくてよく眠れない為、夜に安眠を求める事となって結局ずっと寝ている、というのは有名な逸話だとか。
え、不遇。。。?不具合出てますよ、ラフィさーん!あっよく寝てますね。今!
ノスさんに出会うことがあったら、優しくしたくなる逸話だな。。。
「ほら、見えたぞ。
フィンダールの街だ。」
森を抜け、見下ろす勾配の先に高い城壁に囲まれた様な街が見える。
「え、立派。。。
ラーの村は、木の柵がちょっとあるくらいだったのに」
「そうか、ラーの村から来たのだな。
あの村は悠久の聖域だ。創世神の加護強き場所は人にも獣にも害する事は出来ぬよ。
そもそも、邪心あるものは村に辿り着けないからな。
私は何度か行った事があるのだぞ。」
ちょっと得意げなお姉さん、可愛いっす。
おっと、うん。なんだかすごい場所なんですね。あの長閑な村は。
正しく聖地巡礼の場所だと。
カカロさんの顔パスで立派な門をくぐり、石造りの町並みを進む。
「え、立派。。。」
高い塔に隣接した石造りの重厚な建物、装備をつけた人々が力強く行き交っている。
これは、あれか、冒険者ギルドってこういう
「ここがフィンダール教会だ」
教会ですかー!
この世界の教会について、ちょっと説明頂きたいなぁ!?
装飾入りの重い鉄扉を抜けて、思ったより明るい広間を抜けて階段を上がる。
さらに扉をいくつか抜けて歩くうちに、どうやら大分奥まで来ている気がする。
人の気配がどんどん遠ざかり、なぜか軽く開いた厚い石の扉から入った部屋の奥、さらに奥へ続く階段がある。
「私はここまでだ。
この階段を登り、真っ直ぐに奥へ進め。フィンダール様がお待ちだ。
入門の時に報せを出しておいたから、ヒロシが来るのを待っていてくださるだろう。」
カカロさんは一緒に行かないらしい。
「わかった。ありがとう。」
階段の先、カーテンの重なるその先へ、俺は足を進めた。