2.
草まじりの小道をざくざくと歩く。
肩では白いもこもこがふわふわと踏ん張っている。
踏ん張っているらしい。よろよろふわふわな感じだけれど。
神を名乗った白い男は、その後再びぱたりと倒れて白いふわもことなった。
力尽きたらしいのだが、眠そうな顔で、それでも頑張っているらしい。
消えないように。
なんとなく言いたいことは分かる様な気がするけど、この状態で言葉を話す事はできないらしい。
人里の情報を話してもらえないので、もう突撃するしかない。
という訳で、人里の門番らしき姿が見えて来た。
町、ではなく村。かもしれない。
うん。村だな。
槍を持つ、軽装兵士な感じの茶髪の男が目を見開いてこちらを見ている。
「え、人・・・
外から人が来た!?」
この日、村はちょっとした騒ぎとなった。
10年ぶりに、村の外から人間が現われた為に。
「いやー、驚いたな!
まだ外に人間がいたとはな。」
門番さんはどうやら純朴な性質の人らしく、とりあえず村に入れてくれた。
「外も外からきたんですけどね・・・」
なんせ世界の外ですから。
「10年前、隣町が消えた後は外から人が来ることはなかったからなぁ。
昔はもっと大きな街があって、遠いが、王都もあったんだってさ。俺はそもそもいった事ないけどね。
この10年は森に狩か採取にいく村人しか人通りがなかったから、ほんと驚いたよ。」
どうやらこの村の資源は近隣の森や川が主なものらしい。
のどかな村だが、結構人はいるらしく、200人に満たないが畑も牧畜も行われている為、割と生活は長きにわたり変わらぬ日常が営まれているようだ。
それでも、世界が消えるにつれて、外からの人や物流がなくなり、なんとなく、なんとなく世界が終わっていく事だけがわかっているようだ。
理由はわからない。
それでも、世界の消失とはそういったものなのだろうか。
存在自体が消えるにつれて、それは人の意識からも削られていく。
いったいどうして世界は消失するのだろう。
白い男は「忘れられた神」と言った。
「神」?
世界を創った者がこの世界の神ならば、そういう事だろうか。
我が故郷日本では「神」は多いからなぁ。
小さな頃に、初詣やらお宮参りやら、季節のイベントでとりあえずいろんな神様がいる事を漠然と知る事となり、
冠婚葬祭でお寺やら教会やらが登場し、海外産の神様が存在追加され、
昨今は漫画小説、その他諸々のメディアで多種多様な表現の神様の名前が蔓延し。
今さらちょっと神様話しが増えた所で、特に感慨がないのが俺(日本人)の特徴だと思っている。
「お、あれは何だ?祠っぽいな。」
石造りの小さな祠が、村道の脇道の奥に見えている。
黄色い小さな花がひとつ、祠に備えられている。
「へぇ。日当たりもいいし、いい場所だな。なんだか綺麗だ。
なぁ、えーとラフィラザート?さま?長いな。ラフィでいい?」
肩の白いもこもこに話しかけてみる。
ゆらゆらしている。言葉はもちろん返ってこない。
「まぁいいか」
門番さんの話では、村はずれに住むスポット爺さんが村の歴史に詳しいそうで、その道中にある訳だが、ちょっと寄り道してみた。
これが何かはわからないが、道脇にあるのだから道祖神的なものかもしれん。
俺は道祖神は拝んでおく派だ!
木立の合間に咲いている白い小さな花を一本摘んで、黄色い花の隣りに供えておく。
ぱん!と手を合わせてちょっと拝んでおく。
道の神様は旅の神様、日本に帰れますように!
この時、木立の向こうから見つめている小さな視線には気付かなかった。
さくり、と草をふむ音に気付いたのは、村道に戻る道すがら。
見回せば、木立の陰に小柄な体を潜ませている子供が一人、いや見えてるので潜んでいると言っていいのかわからんけど。
ちらりと顔を出してこちらを伺っては引っ込むを数度繰り返している。
見えてないふりをすべきかどうか迷っているうちに目が合ってしまった。
「っ!」
いや、驚かれても。
見えてますから。
「えっと。こんにちは?」
おそらく村の子なのだろう。とりあえず挨拶してみましたが。
「・・・」
木立の間から出て来る様子はない。
ではとりあえず行こう。と村道を進もうとしたところで声がかかった。
「待ちなさいよっ!
あんた誰?
なんでラーの祠にご挨拶してたの?
あの祠はなんなの?!」
「え。
ラーの祠?」
あの祠には名前があるらしい。
「ラーの村にあるから、ラーの祠。って呼んでるけど。」
女の子は隠れるのはやめたらしい。
さくさくと軽い足音と共に、近付いて来た。
「何の祠かは知らないけど、花が供えてあったからなぁ。
旅の道中にご利益あればいいなと思って。
ここはラーの村っていうんだね。」
「あんたは旅人?って事?
はじめて見たわ。村の外にも昔は人がいたって聞いた事はあったけど。」
この子は10歳前後って所だろうか。
隣町が10年前に消えたって、門番さんが言ってたから、物心ついた頃にはもう村しかなかったんだろうな。
「ここはラーの村よ。
スポットさんは、昔はもっと長い名前で、祠ももっと大きかったって言ってた。
誰もあそこに行かなくなって、気付いた時にはあんなに小さくなってたんだって。」
「誰も?
でも花が。あ、君が供えたの?」
「あ、あれは。
スポットさんが供えてたの、に。足を悪くしてから行けなくなっちゃったから。
かわりにと思って。」
「そのスポットさんに会いに行くところなんだよね。俺たち。」
「俺たち?」
「そう。今はこんなふわふわだが、、」
肩口の白い物体を摘んでみせた。
あれ、摘んで良かったのかこれ。神とか言ってた気がするけど。
「なに、それ」
女の子が目をまんまるにして、ぽかんと見ている。
「神様の残骸うっ」
ぼすんと口元にふわもこアタックが来た。
残骸という言葉にちょっと傷付いたらしい。
ごめんなさい。
「かみさまって何?
そういえば、スポットさんもそんな事言ってたことがあるわ」
んん?
スポットじいさんは物知りな予感!
しかし、神様自体が忘れられている?
これは、つまり。
いやわからん。
「とりあえず、スポットさんとやらのところへ行こう」
歩き出した後を女の子がついて来る。
「君も行くの?えーと」
「あたしはニナンよ。」
「俺は広、ヒロシだよ。よろしく」
「よろしく、ヒロシ」
こうして、早々にに旅の道連れができた。
まぁ、スポットさん宅はもうすぐそこに見えているのだけれど。
スポット爺さんは、真っ白な眉毛がフサフサに目にかかった陽気な爺さんだった。
ふぉっふぉっと笑いながら話してくれる。
木の杖を持ったまま、右足を伸ばして椅子に座っている。
「あぁ、この足がすっかりいうこと聞かなくなってなぁ。
ラー様の祠に花を供えてくれったって?
ありがとなぁ。ニナン。あ、あんたもな。ヒロシ?
多分なぁ。神様を忘れたから、世界も消えるんじゃねぇかなぁとワシは思っとるよ。
まぁ、そんな事言うのもワシだけだし、
神様の名前もわからんしな。」
ニナンが相変わらずまんまる目玉で聞いている。
「かみさまって、何なの?」
「何なんだろうなぁ。
ワシがうんと小さい頃、あの祠のある場所には、教会っていう建物があってなぁ。
すんげー年寄りの爺さんが住んでて、村のじじばばは大抵あそこにたむろってたもんよ。
教会の爺さんは、世界を創ったのが神様だって言ってたっけ。
あの爺さんを覚えているのはもうワシくらいじゃろ。
とっくにみぃんな死んじまったからな!」
ふぉっふぉっと笑いながら話すスポット爺さんによると、
どうやら、神にまつわる教会がかつてあり、神父らしきものも居たようだ。
村や町では創生の神が祀られて、折々の祭りなどもあり人々の生活に神の存在は根付いていた。
それが、いつからか教会に人がいなくなり、教会は崩れ去り、それらの残骸として残った小さな祠が消えてなくなっていくに連れ、世界は消えていったと言う。
「世界にはもうこの村しかない。
祠も最後のひとつじゃろ。
ワシが供えられるものなんざ、まだその辺に咲いている花くらいのもんだ。
ワシが忘れたら、まぁその内死んだらか。
あの祠も崩れて、村もなくなるんかなぁ。」
「あの、村にはまだ人がいるでしょ?
みんなであの祠を大事にしたらいいんじゃない?」
「言うても、もうみんな、祠の事を気にかけるものはおらんし、憶えとるもんもないかなぁ。
ワシの息子も娘ももうおらんようになって、ここ数年、家で焼いたパンを分けてくれるニナンが花を供えてくれてたのは驚きじゃわ」
「だって、スポットさんがお供えにいけないなぁって、あの時しょんぼりしてたから」
「あぁ、とうとう足が言う事聞かなくなった時なぁ。
ありがとうなぁ。」
もしも、神と神の名を忘れた事が世界の消失の原因ならば。
人に思い出してもらえば
もう一度、憶えてもらえば
世界の消失は止まるのだろうか。
「ラー様の祠はなぁ、わりとどこにでもあったんじゃよ。
そういや、森にもあったよなぁ。」
「ラー様?」
びくんっと肩口の白いのが跳ねた。
つらつらと考えている間も、スポットさんとニナンの会話は続いていた様だ。
んん?何に反応してるんだ、このふわもこは。
そわそわしてるな?
「ラーの村のラーと同じ?」
「多分なぁ。
ラー様が最初に創った村はここだって、昔聞いた事があるよなぁ。だからラー、あー、あぁ、ラフィーザ!
昔、元々そういう名前だったなぁ、この辺り!
そんで、ラーの村っていつからか呼ばれてたってなぁ」
「ラフィーザ」
ニナンのつぶやく様な声がぽつりと響いた。
肩口の白いふわもこがほんのりと熱くなった気がした。