紙芝居
数時間後。
私は巽に手渡された紙束を見て驚いた。
「タッくん、そういえば、子どもの頃からこういうの得意だったわね」
パラパラと紙束をめくる。
表に小綺麗に描いた挿絵が、裏に物語の朗読原稿が書いてある。
「グリム童話の『水晶の玉』って話だけどね。結末はすこし変えてある。下読みしておいてよ」
私が目を通している間に、巽はそのへんにいた街の子どもたちと、流民の子どもたちを集めてきて、騎士団宿舎の裏庭にひろげたゴザの上に座らせている。
「むかしむかし、あるところに、魔法使いのおばあさんと3人の息子がおりました……」
私が紙芝居を始めると、子どもたちは目を輝かせて、魔法使いからひとり逃げ出した三男の冒険譚に聞き入っている。
「ダーン。鷲の体当たりで空から落とされた火の鳥は、大きな音を立てて魔法の卵を水に落とします。鯨の起こした大きな波で魔法の卵は三男の近くに打ち上げられました」
鷲に変えられた長男と鯨に変えられた次男とが、三男が火の鳥から魔法の卵を取り返すのを手伝う、クライマックスのシーンだ。
「三男は卵を拾います。普通のニワトリの卵と、大きさはさして変わりません。親指と人差し指の間に挟んで拾った卵を太陽に透かしてみると、真ん中の黄身のところがキラキラと光っています。本物の水晶の卵です」
私は卵の長さくらいに離した親指と人差し指を空にかかげ、卵を透かして太陽の方を見る演技をしてみせる。
ローザとヘルブラオの兄妹はポケットから何か取り出して、私の真似をする。
なくなった卵だ。
「三男がこの水晶の卵を魔法使いの前にかざすと、王女様にかけられた魔法は解けました。長男と次男の魔法も解けました。そして全員、しあわせにくらしましたとさ」
私が紙芝居の最後の一枚を読み終えるのと、井戸の近くにいた食堂のコックのオーロラさんが卵を持った子どもたちを見咎めて「あ、泥棒」と口にするのとはほぼ同時だった。
すかさず優梨がオーロラさんに睡眠の魔法を掛ける。
「まかせといて、卵を見たこと、記憶阻害魔法で忘れてもらうから」
眠ったままのオーロラさんに優梨が魔法をかけて、やさしく揺するけど、オーロラさんはすぐには目を覚まさない。
その間に巽が素早くローザとヘルブラオの手から卵を取り上げ、二人をオーロラさんから見えない方へと連れて行ってくれた。ふたりに、自分のものでないものを勝手に持っていったらダメだ、って諭すのも、打ち合わせ通り巽の役目。