仕掛けの準備
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──仕掛けの準備
「七海。君はARデバイスは持ってない?」
「持ってない。ARデバイスってなんだ?」
作戦を決めようという段階で李麗華が尋ねるのに、七海が首を傾げる。
「拡張現実デバイス。これ、使ってないからあげるよ。いろいろと便利だから使ってみて」
「おお。ありがとう」
李麗華からコンタクトレンズケースのようなものを受け取り、七海はそれを開ける。外観から想像できたようにコンタクトレンズのようなデバイスが入っており、七海はそれを目に取り付けた。
『STANDBY』
そのような文字がまずは視界に浮かぶ。
『AR-ViSiON』
そして、七海の視界に様々な文字や映像が浮かび上がり始めた。
「おおー! すげえーっ! これ、もうSFじゃん!」
「ははは。ARデバイスでそこまで喜ぶ人、初めて見たよ。じゃあ、作戦について相談しようか。目的のデータがあるインフィニティの施設は、ここ」
李麗華が喜ぶ七海を見て笑いながら端末を操作すると、七海の視界上に立体的な地図が表示された。その地図がズームインしていき、ある施設が映し出されたところでズームが停止した。
「インフィニティが運営するレイ・ブラッドベリ地区の火星歴史博物館。ここの地下にサーバーは存在する。君たちにはここに潜り込んでほしい」
「歴史博物館? 妙なところにデータがあるんだな」
「そうだよ。あたしがほしい情報も火星の歴史にまつわるものだからね」
「へえ。意外な仕事の目標だ」
いろいろな候補を予想していたが、歴史の情報と告げられたのは七海にとって完全に予想外であった。
「ま、手に入れたら君たちにも見せてあげるから。問題はどうやってこの博物館の地下に潜り込むのかということだね」
「博物館そのものには一般人でも入れるだろうが、話からしてサーバーがあるのは立ち入りが制限された区画だろう。具体的な位置は分かっているのか?」
「分かっている。火星考古学研究棟の地下は君が言ったように一般人はシャットアウトされている。当然ながら警備も厳重だよ。警備の担当は我らが悪名高い民間軍事会社ウォッチャー・インターナショナル」
「ウォッチャーか。面倒だな」
李麗華が告げるのにアドラーが渋い表情を浮かべて見せた。
ウォッチャー・インターナショナルはアドラーが脱走した民間軍事会社であり、火星では最大規模の民間軍事会社だ。
「けど、そこはあたしに作戦がある。実を言うと数日前からウォッチャーのネットワークに侵入してるんだ。マトリクス上からね」
「ほう。となると、それで偽造IDなり何なりを作ることができれば……」
「ばれずに静かに忍び込めるってわけさ!」
アドラーの推測に李麗華がサムズアップ。
「それはいいな。楽勝じゃねーか」
「まあ、不確定要素はあるから完璧な計画ともいえないけれど、それでもメガコーポに正面から喧嘩を売るわけじゃない。仕事が成功する可能性は、あたしが見る限り結構高いよ」
七海が喜ぶのに李麗華も笑み。
「問題はその不確定要素だな。もし、ウォッチャーとやり合うことなった場合のことを考えおこう。敵の警備戦力はどの程度だ?」
「えっとね。それが結構な戦力がいるんだ。恐らくは1個中隊規模の歩兵と装甲車、それから数機のシェルが確認できてる」
「不味いな」
李麗華の言葉にアドラーが不安そうに顎をさすった。
「シェルってなんだ?」
「ん。こういうやつだよ。歩行型戦闘車両とも呼ばれている」
七海が聞きなれない言葉に首を傾げるのに李麗華が資料をARに表示。
そこには二脚や四脚を有するロボットの映像。サイズ的には人が乗れるものであり、全長は3、4メートルほどと記され、大気圏外でも活動可能とあった。
「すげえ。マジもんのロボット兵器じゃん。こんなのまであるのか……」
「シェルも作業用の民生品とかもあるけど、今回のウォッチャーが装備しているのはアレス・システムズ製のばりばりの戦闘用シェルでヴァルキリーってやつ。まともに相手にするのは不味いね」
「確かに生身で挑むのは不味そうだ」
七海もいろいろとロボットアニメを見て育ったが、生身の歩兵に倒されるロボットと言うのは相当な雑魚だけだと記憶している。
「敵との交戦は可能な限り避ける。それが重要だな」
「隠密大事にってね。だけど、ちょっとばかり問題があるんだ」
「ふむ?」
「恐らくこの無線端末でバックドアを作成した時点で、インフィニティは侵入に気づくだろうってことだよ。インフィニティのサイバーセキュリティが軍のそれよりも強固なところがあるくらいだから」
李麗華がそう説明した。
「じゃあ、そいつを取り付けたらすたこらさっさと逃げないとな」
「それがね。言いにくいんだけど、あたしがほしいデータを全てダウンロードし終えるまでに結構な時間が必要なんだ」
「具体的には?」
「30分から1時間。それだけかかっちゃう」
「はあ。つまり、その間は無線端末が外されないように守る必要があるわけか」
「そ。お願いできる?」
李麗華がそう言って気まずそうに笑い、七海たちに頼み込む。
「オーケー、オーケー。任せときな。やってやるよ」
「私もだ。何とかして見せよう」
七海とアドラーはそれでも怯むことなく、サムズアップして請け負って見せる。
「ありがとー! サンキュー! 謝謝! それじゃあ、そっちに私が調べた火星歴史博物館の情報を送っておくね。警備なんかについても記してあるから、上手く利用して可能な限り隠密を保って」
李麗華は満面の笑みでそう言い、七海たちに博物館の情報を送信。
博物館の見取り図から無人警備システムまで、様々な情報が記されたものが七海とアドラーの端末に送信された。
「私の方で情報は分析しておく。警備の穴を見つけられるだろう」
「頼むぜ、相棒。それからやるべきことはいろいろあるよな。IDを偽装できても、この格好で侵入したらばれちまうから、その点をどうにかしねーと」
「そうだな。制服などの装備を手に入れないといけない」
七海たちの“さらりまん”ファッションな恰好では、いくらIDをウォッチャー・インターナショナルのそれに偽装しようと、部外者であることがばれてしまう。
「それについてはあたしに考えがあるよ。ウォッチャーの装備を納入している業者があるんだけど、そこから拝借しようって考えてる」
「民間軍事会社から装備を強奪するより現実的だな」
「でしょ? その会社の情報を送っておくから、お好きなやり方で強奪しておいて。けど、なるべくなら仕事の本番前にウォッチャーが警戒しないやり方をおすすめするよ」
「ううむ。そう言われると難しそうだな。無理やり押し入って強奪すれば、装備狙いの強盗が起きたって、ウォッチャーがとやらに警戒される」
「そこで、ひとつ提案。あたしが輸送業者のIDを偽造できるから、それっぽい車両さえあれば、運ぶ振りをして持ちされるかもしれない。どうする?」
「いいね。それでいこう」
李麗華の提案に七海が頷く。
「アドラー。車両をゲットするにはどこにいけばいい?」
「カージャックが手っ取り早いな。それかジャンクヤードで廃車を買って仕立て直すかだ。どっちがいい?」
「ワルになるんだ。カージャックで行こうぜ」
「了解だ」
七海が即決し、アドラーが同意。
「じゃあ、俺たちはまずウォッチャーの装備を手に入れてくる」
「オーケー。頑張ってねー」
李麗華はそう言って七海たちを送り出したのだった。
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