最初の一歩
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──最初の一歩
七海とアドラーはスカーフェイスに連絡を取ると、スカーフェイスから指定された場所へと向かう。それはオポチュニティ地区の外れにある、廃工場だった。
何の工場だったかは不明だが、汚染物質に警告するよう表示がある。
「一応騙し討ちには警戒しておいてくれ」
「あいよ。任せときな」
アドラーにそう頼まれ、七海はいつでも“加具土命”とイグニスを召喚できるようにした。スカーフェイスは裏切らないと言っていたが、それをそのまま信じるようでは、この世界で成り上がるなど夢もまた夢。
七海たちは廃工場の開かれたゲートを潜る。するとドローンが飛んできて、センサーで七海とアドラーをスキャンした。
しかし、問題はなかったのか、ドローンは再び哨戒飛行に入る。
七海たちはそれを受けて、廃工場内を指定された場所に向けて進んだ。
「来たな」
スカーフェイスは護衛だろう男をふたり連れて、七海たちは待っていた。
「お土産は?」
「ここに」
アドラーが持っていたアタッシュケースをスカーフェイスに見せる。
スカーフェイスはそれをスキャンして、仕事における目的のお土産であることを確認し、満足したように頷く。
「よくやった。テストは合格だ。まずは報酬を受け取れ」
スカーフェイスはそう言うとアドラーに報酬を送金した。
「いくら貰った?」
「2000ノヴァ」
「まあまあだな」
七海が尋ねるのにアドラーが答える。
「で、合格したからにはこれから仕事を回してくれるのか?」
「ああ。信頼できる人間だと分かったからな」
「よし」
七海はビッグになって地球に帰還する第一歩になったと満足。
「それに、だ。レッドスターが全滅したことに喜んでいるクライアントもいる。そういう人間からの仕事も斡旋してやれる」
「それはいい知らせだ」
「だろう? レッドスターを邪魔に思っていた人間は少なくないからな」
レッドスターはどうやらアドラーにネットワークを掌握された結果、ひとり残らず脳みそを焼き切られてしまったようである。
「次の仕事が決まれば連絡する。待ってろ」
「あいよ。じゃあ、また今度な」
七海たちはスカーフェイスに別れを告げて、オポチュニティ地区に繰り出した。
「仕事が安定するまでは棺桶ホテル暮らしだな」
「それはそうと、初めての仕事の成功を祝わないか、七海?」
「おっ! いいね。祝おうぜ」
アドラーが提案するのに七海が笑み。
「どこで祝う?」
「キュリオシティで飲もう。どうだ?」
「オーケー!」
そうして七海たちはキュリオシティに向かう。
キュリオシティは昼間にもかかわらず人が多く、相変わらず雑然とした感じであった。七海とアドラーはカウンター席に腰かけ、バーテンダーがやってくる。
「何にします?」
「初めての仕事の成功を祝って飲むんだ。いい酒はあるかい?」
「ええ。カクテルならマーズ・パスファインダーがおすすめですよ。合成品じゃない天然の酒を使ってますから」
「じゃあ、そいつをふたつ頼む!」
七海はバーテンダーにそう注文し、バーテンダーがカクテルを作り始める。
「七海。私はまだお前がどういう経歴の持ち主だったかを把握してない。できれば話してくれないか?」
「ああ。でも信じないと思うぜ?」
「お前は私の相棒だ。お前の言うことなら信じるよ」
「そっか。じゃあ、聞いてくれ」
七海は自分が2020年に異世界に召喚されたこと。それから5年かけて魔王バロールを倒したこと。そして、地球に戻ったはずが70年も未来の火星に送られたことをじっくりと語った。
「つまり、お前の使う不思議な能力は試作品のサイバーウェアなどではなく、魔術だということなのか?」
「そうだよ。魔剣“加具土命”も、炎の精霊イグニスも、身体能力強化も、全て俺の覚えている魔術だ」
「ふむ。興味深い」
アドラーはそう言って話の間に出されたマーズ・パスファインダーのグラスを傾ける。マーズ・パスファインダーは透明感のある赤色のカクテルで、色の通りスパイシーさのあるカクテルだった。
「なあ、やっぱり信じられないだろう?」
「どうしてだ? 私は信じたぞ。この世にはまだ解明できていないことが多くある。そのひとつがお前の不思議な能力で、お前はそれを論理的に説明できた。私はそれを疑うつもりはない」
「そっか、そっか。あんたは本当にいいやつだよ、アドラー。俺もあんたのことは絶対に信じていくからな」
「そうだな、相棒」
七海が感動したようにそう言い、アドラーが七海のグラスに自分のグラスをカランと音を鳴らして軽くぶつけたのだった。
「でさ、これからのことだけど計画を立てよう」
「ああ。段階的に進めていく必要があるからな」
七海はそう言い、アドラーがも同意した。
彼らはこれからビッグになるわけだが、そのためには段階を踏む必要がある。いきなりひとつの仕事だけで有名な傭兵になって、何もかもが手に入るわけではないのだ。
「最初はハッカーを味方に入れることを目標にしたい。俺は必要な手術を受けていないし、あんたもハッキングはそこまでみたいだからな」
「同意する。本格的な電子戦がやれる人間がいないと、この先困る場面があるだろう」
「問題はどこでハッカーを仲間にするかだな」
アドラーが七海の意見に同意し、七海はそう考え込む。
「スカーフェイスに後で聞いてみよう。フィクサーであれば、知っているハッカーのひとりやふたりはいるだろう。ただそれが信用できる人間となるかは不明だが」
「今の俺たちはスカーフェイス以外に頼れる人間いないからな」
アドラーの慎重な言葉に七海は肩をすくめた。
「それから俺もBCI手術を受けたい。電子的な処理をアドラーだけに任せてると負担が大きいだろうし、万が一ってときに何もできなくなる恐れがある」
「ふむ。確かにそうだが、そのためには金が要るな」
「ああ。それにあんたが言っていた氷とかいうものも準備しないと、便利なるどころか脳みそを焼き切られちまう。だから、先にハッカーを仲間にして、そこら辺をしっかり固めておきたい」
「それがいいな。私の氷は高度軍用だが、暗号によってブラックボックス化しており、これをコピーして与えるわけにはいかない」
「ネットに繋げるのば便利だが、脳みそは大事にしたいからな」
これまでアドラーが敵をハッキングして、敵を撃破してきたのを見ただけあって、七海もBCI手術のリスクは理解しているつもりだ。
「それからある程度稼いだら棺桶ホテル暮らしはやめて、家を手に入れようぜ。賃貸でもいいからさ」
「安い物件ならそれこそテンノヴァ・ルームズのような物件になるだろうが、セキュリティを考えるならば、もっと上のグレードの家を手に入れたいな」
「そうそう。ハッカーを仲間にし、BCI手術を受け、家を手に入れる。俺が提案するのはまずはこれらだ」
「異論はない。仕事をこなしてビッグになろう」
「ああ。改めて俺らに乾杯! ビッグになろうぜ!」
七海はそう言ってアドラーとグラスを重ね、ほどほどに飲むとキュリオシティから棺桶ホテルへと戻ったのだった。
彼らは今は希望に満ちている。
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