空に願いを//ワクチン
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──空に願いを//ワクチン
火星に向かう“ザ・プラネット”の船内に七海たちはいる。
「俺を助けるなら聞かせてくれ。アドラーは助かるのか?」
「ボクが構造の破綻は防いだ。彼女は無事だよ。そもそもボクがどういう存在なのかを思い出してみなよ。死霊術はボクの専門分野だ」
「だったな。じゃあ、さっさとアドラーを復帰させてくれ。俺たちはこの“ザ・プラネット”が火星に到達するのを防がにゃならんのだ」
ゲヘナが自慢げにいうのに七海がそう急かす。
「彼女を今復帰させたところで、何の意味もないよ。この船にはでたらめに放たれた死霊術のスペルが蔓延していて、またシステムに接続すれば感染する」
「じゃあ、どうしろってんだ? 火星に到着するまで口開けて待ってろってのか?」
「火星にいる協力者と連絡を取りたい。この船がマトリクスに接続される、その前に」
七海が苛立って尋ね、ゲヘナはそう答える。
「李麗華と白鯨に連絡を?」
「そう。この船はどうせ止められない。この船に蔓延している死霊術の呪いも、どのような形であれ火星に到達する。だから、この船をどうこうするのは諦めた方がいい」
「だから、李麗華たちとワクチンを作る、と」
「そう。ボクの知識があれば、それは可能だと思うから」
火星への“ザ・プラネット”の突入阻止を放棄し、突入が起きたあとのことに全力を注ぐ。それがゲヘナの示したプランだった。
「クソ。じゃあ、どうにかして“ザ・プラネット”よりも早く火星のマトリクスに接続するのか。方法は、方法は……。ああ、シェルだ!」
七海はそこで思い当たるものがあった。ここまでやってきたときに使用したシェル。それならば通信機能は軍用のそれであり、“ザ・プラネット”の通信システムより速く火星のマトリクスに接続し、李麗華たちと接触できる。
「一度シェルを格納してる場所に戻るぞ。話はそれからだ。アドラーを起こしてくれ」
「分かった。また後でマトリクスにて会おう!」
そして、ゲヘナが消え、アドラーの意識が復活した。
「七海……。クソ、何が起きた?」
「アドラー。話は後だ。シェルを止めた場所まで向かうぞ!」
「脱出するのか?」
「違う。通信するためだ。急げ!」
七海はアドラーを起こし、そしてシェルに向けて走る。
無数の警備ドローンと戦闘用アンドロイドが押し寄せるのを排除しながら七海たちはひたすらに“ザ・プラネット”の船内を駆け抜ける。
「あった。シェルだ。アドラー、これで李麗華と白鯨に接続してくれ!」
「分かった。任せておけ」
アドラーはシェルに乗り込み、七海も副操縦席に乗り込んだ。
それからシェルは火星統合軍の軍事通信衛星を使ってマトリクスに接続。さらにそこから李麗華と白鯨に接触する。
「繋がったぞ、七海。これからどうする?」
「オーケー。出てきてくれ、ゲヘナ!」
七海もシェルを通じてマトリクスにダイブし、そこでゲヘナを呼ぶ。
「繋がったようだな」
「おい、七海! こいつは誰だ……?」
ゲヘナがマトリクス上に現れるのにアドラーが動揺する。
「救世主さ、アドラー。李麗華、白鯨。専門家を連れてきたぞ!」
七海はにやりと笑ってそう言い、李麗華と白鯨の下に向かう。
「七海? “ザ・プラネット”は足止めできてるの?」
ここで戻ってきた七海たちに李麗華と白鯨が怪訝そうな顔をする。
「船はシステムまで汚染されて止めようとすれば感染する。かといってぶっ壊すわけにもいかないしな。というわけで、先にさっさとワクチンを作っちまおうって作戦に変更だ。頼りになる人間も加わったしな」
そこで七海がゲヘナの方を見る。
「ボクはゲヘナ。この冥界に暮らす死霊術師だ。世界を救ってくれた勇者七海将人を助けるために行動している。だから、君たちに手を貸すよ」
ゲヘナもそれを受けて自己紹介する。
「冥界とはどういう意味?」
「この火星は異世界の死者が行きつく場所らしい。俺が飛ばされたのも、そもそもは倒した魔王の呪いであって、本来はちゃんと地球に到着するはずだったんだ」
「火星が死者の国ということ? 古代火星文明ってのは死者の文明?」
李麗華はもの凄く悩んでいる様子だ。
「まあ、今はそれはいいからワクチンを作ろう。死霊術師であるゲヘナが協力してくれるから、同じ死霊術には対抗できるはずだ」
「専門家というわけか。いいだろう。現段階で我々が作ったワクチンはこれだ」
七海の言葉を受けて白鯨がワクチンとなるプログラムを提示した。
「ほとんど氷を意識して作ってる。外部からの攻撃に対処する形でね。これをどう改良すれば、魔術を使った電子ドラッグにしてウィルスに対抗できるか、あなたになら分かるの、ゲヘナ?」
李麗華はそう説明してゲヘナの方を見る。
「うん。氷としては機能するだけろうけど、これでは完全に死霊術による呪いを防げない。少し手を加える必要があるね」
そうゲヘナが言うと彼女の前にいくつもの魔法陣が浮かび、それが複雑に重なり合いながら、李麗華と白鯨たちが作ったワクチンに吸い込まれて行く。
「これは……」
「対抗魔術という君たちでいうところの魔術に対する氷を組み込んでいる。ボクも既に火星に近づいているウィルスは見たけど、あの程度の魔術にならば十分に対抗できる威力になるはずだよ」
「オーケー。これでどうにかなるんだよな?」
「恐らくは。一度試してみたいけど、ウィルスのサンプルが必要になる」
七海が安堵したように尋ねるのに、ゲヘナはそう言った。
「サンプルならばここにあるよ。グラムを襲ったウィルスだけど」
そう言って李麗華がウィルスのサンプルを取り出した。活性しないように保存されたウィルスがマトリクス上で蠢く。
「疑似脳神経もここに準備した。影響を見るとしよう」
「じゃあ、行くよ。氷をセットして!」
白鯨は攻撃対象になる人間の脳神経を模した構造物を取り出し、李麗華がゲヘナにそう言って氷をセットさせる。
「じゃあ、行くよ!」
そして、ウィルスが疑似脳神経に向けて放たれた。
李麗華、白鯨、そしてゲヘナが作った氷は必死にウィルスの攻撃耐え続け、そして──。
「ウィルスの消滅を確認!」
ウィルスは氷によって削除された。
「行ける。行けるぞ! これならワクチンとして機能する!」
「すぐに火星の全ての主要システムに配置し、市民への配布も始めよう」
七海が歓声を上げ、白鯨が冷静にワクチンが機能するように配備を始める。
火星の主要なAIを含むシステムにすぐにワクチンが届き、さらには市民に向けて緊急アップデートという形でワクチンの配布が始まった。
「これでもう一安心だよな? もうビビることはないよな?」
「あとは“ザ・プラネット”から逃げるだけだ」
「あー。そうだった。国連宇宙軍の護衛をすり抜けて脱出、か」
「そうなる。急ごう」
七海たちがすぐに動き出す。脱出のために。
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