フィクサー
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──フィクサー
七海たちは食事を終えると、次は衣類を買いに向かった。
「衣類ならここだな。服は服屋で買う」
「へえ。いろいろ近未来的なファッションもあるじゃん」
アドラーに案内されてきた服屋には蛍光カラーのワンポイントやラインが入ったジャケットなどなど、近未来を連想させる服が多数取り揃えてあった。
「だが、私はスーツにしておく。その上からジャケットだな。動きやすく、背景に紛れることができる」
「俺もスーツにしよう。近未来的なファッションにも憧れるけどさ、どうにも着こなせる気がしないよ」
しかし、アドラーにも七海にもファッションセンスが欠如していた。
彼らは揃って安物でラフなスーツを購入し、アドラーは黒に緑の蛍光色のラインが入ったジャケットを選んだ。スーツはパンツスーツで、ジャケットなどで銃やプレートキャリアは隠蔽できる。
七海の方は黒に赤い蛍光色のラインが入った、膝ぐらいまで丈があるコートを選択。
世間ではこれを“さらりまん”ファッションと呼ぶそうだ。雨の日でも、夜中でも会社に向かう企業戦士を皮肉っての名であるとも。
「これ滅茶苦茶高いけど、何が違うんだ?」
「ああ。光学迷彩機能と防弾繊維、自己修復機能が組み込まれているからだ。私の財布では今は買えないぞ」
「へえ。憧れるなあ……」
七海が店頭に並んでいる同じようなデザインなのに桁が2桁ぐらい違うコートを羨望の目で眺める。
「さて、服は調達できたから、次は棺桶ホテルに向かおう。この近くにもあるはずだ」
「了解。行こうぜ」
アドラーと七海は着替えると、棺桶ホテルを目指して歩き出す。
「公共交通機関とかはないのかね」
「ここも中心地にはあるぞ。だが、ここは治安が終わっているから、バスはカージャックされ、鉄道は脱線させられ、メトロはゴミで埋まる」
「マジで終わってる」
世紀末の様相であるオポチュニティ地区に七海はため息。
「ここが棺桶ホテルだ。私たちの今の資金力ならば2週間は過ごせる」
「上等だな」
世紀末なオポチュニティ地区にしては、割と綺麗な建物。少なくとも安物ながら表向きはビジネスホテルに見えないことはない。それがオポチュニティ地区の中心地付近にある棺桶ホテルであった。
七海たちは暫くここで過ごすことになるだろう。金が入るまでは。
「とりあえず2泊して、その間に仕事を探そう」
「そのさ、俺たちは犯罪で成り上がるわけだよな?」
「ああ。その点に不満でもできたか?」
「そういうわけじゃないけど、犯罪で稼ぐって具体的にどうやるんだ?」
七海は昔から刑事ドラマや犯罪をテーマにした映画を見たことがあった。銀行強盗であったり、麻薬ビジネスであったりと様々な犯罪を、フィクションながら見てきた。
しかし、彼自身は自分がどうやって犯罪でビッグになるのか、イメージがなく、参考になりそうな知識もなかった。
「その点はフィクサーを頼ることになるだろう」
「フィクサーって物事を裏から操る人間って感じの仕事だよな」
「そう、連中は犯罪組織や企業にとって利益になり、我々としても稼げて、名の売れる仕事を斡旋してくれる。少なくとも信頼関係が構築できれば、だが」
アドラーは七海の質問に少しばかり確証性がなさそうに告げた。
「じゃあ、次はそのフィクサーと接触しないとな。だが、今日はもう疲れたよ。少しでいいから眠たい。いいか?」
「ああ。私が見張っておく。ゆっくり休むといい」
「すまん。それでは、おやすみ」
七海は辛うじて棺桶という名の個室に入ると意識を手放した。
それから3時間後に七海は目を覚ました。まだここが危険な場所であるという認識と彼の長年のサバイバルの勘が、眠りを浅いものにしてしまったようだ。
「おはよう、アドラー」
「朗報だぞ、七海」
ふわあと欠伸をしながら七海が表にいたアドラーに声をかけるのに、アドラーがそう言ってにやりと笑っていた。
「どしたん?」
「フィクサーの方から私たちに連絡があった。仕事を任せたいそうだ」
「おお。それはいいニュースだな」
フィクサーから依頼を受けて金を稼ごうと相談していた七海とアドラーにとって、フィクサーの方からやってきてくれるというのはありがたい話だ。
「けど、どこで俺たちの名を知ったんだろうか?」
「分からない。聞けばいいだろう」
「まさかとは思うけど罠ってことは? ほら、死体漁りが報復を狙っているとかさ」
「それはないだろう。私も名を聞いたことのあるフィクサーで、死体漁りなどとは関わらないはずの人間だ」
「へえ。知ってる人なのか」
アドラーの答えに七海が意外そうな顔をする。
「スカーフェイス。主に犯罪組織の依頼を回してくるフィクサーだそうだ」
アドラーからフィクサーの名が語られた。
「では、そのスカーフェイスさんに早速会いに行くか?」
「向こうが指定した時間は4時間後にオポチュニティ地区のバーだ。少し時間をつぶしてから向かおう」
「アイアイ、マム」
七海たちは少しばかり時間をつぶしながら、予定の時間を待った。
そして、時間になると七海たちはオポチュニティ地区の中心街から少し外れた場所にあるバーを訪れた。バーの名は“キュリオシティ”と言った。
そして、バーの入り口には用心棒らしき戦闘用アンドロイドが立っている。アドラーのように人間を完全には模しておらず、金属製の皮膚とセンサーが剥き出しなった武骨なロボットだ。
「なあ、スカーフェイスって人に呼ばれてきたんだが」
「生体認証を実施。お名前は?」
「七海。七海将人」
「生体認証完了。どうぞお通りください」
「ありがとな」
七海とアドラーは生体認証を受けたのちに、店内に通された。
「さて、どこにいるんだ?」
バーは外観より広く、そして雑多な人々で溢れており、特定のスタイルというのは存在しない。異世界帰りの七海や脱走アンドロイドであるアドラーでも浮いているという感じではなかった。
「こっちだ。指定された座席がある」
「あいよ」
アドラーの案内で七海はキュリオシティの中のボックス席に向かう。
「来たか、新入り」
ボックス席で七海たちを待っていたのは、その名の通り顔に傷があるラテン系の大柄な男だった。その男の顔には右頬から目を通り、眉までばっさりと切られたような傷跡が残っていた。生々しさのある傷跡だ。
格好は野球帽に蛍光色のジャケット、モスグリーンのタンクトップにジーンズというもので、それに加えてシルバーとゴールドのアクセサリーを少々という具合。
「あんたがスカーフェイスさん?」
「そうだ。座りな」
その男──スカーフェイスにそう言われて、まずは七海が安っぽい加工のソファーに腰かける。アドラーも少し周囲を警戒したのちに座った。
「そっちのお嬢ちゃんとは話したな。仕事をやりたいと聞いている。そっちの兄ちゃんも同意見か?」
「ああ。俺も仕事がやりたい。だが、まずはどうして俺たちに声をかけたのか聞いてもいいか?」
「シンプルに腕が立つと睨んだからだ。死体漁りやグレートホワイトの連中とやり合っていたのを見せてもらったが、今日日ここまで腕のいいフリーの傭兵はいないとみている」
「見てたのか?」
「情報屋からドローンの映像を買った。ばっちり見させてもらったよ」
スカーフェイスは七海が驚くのにあっさりとそう返した。
「腕がよく、どの組織にも所属していない傭兵は貴重だ。俺はそういう人間にこそ仕事を頼みたい。しかしながら、本当に重要な仕事はまずお互いを信頼しあってからだ」
「ああ。そうだな。信頼は重要だ。私たちはまず何をすれば?」
「とても簡単な仕事を任せる。その仕事の成果次第で、次にどんな仕事を任せるかを決める。いいか?」
「分かった」
スカーフェイスの提案にアドラーと七海が頷く。
「で、まずは酒を入れよう。ここはバーだ。好きなのを頼め。奢ってやる」
それから彼は仕事の話に移る前にそう提案。
「んん。じゃあ俺はジョニー・ザ・ブレイクってのを」
「私はズブロッカをストレートで」
七海はバーでカクテルなど頼んだことがなかったので適当に頼み、アドラーはバイオマス転換炉で高エネルギーになるアルコール度数が高い酒を頼んだ。
酒はすぐに運ばれてきて、七海たちの前にグラスが置かれる。
七海が頼んだジョニー・ザ・ブレイクは透き通ったブラウンのカクテルで、口にするとリンゴのフレバーが濃く漂うが、その反面なかなかにアルコールがきついものだった。喉がアルコールで焼ける感触がする。
「では、仕事の話に戻るぞ。任せたい仕事は強奪だ。ある犯罪組織が依頼主の手に渡るはずだった積み荷を奪っている。それを奪還するのが、仕事の内容だ」
「詳細を」
「そっちの端末にデータを送信する」
スカーフェイスはそう言ってアドラーの端末に仕事の資料を送った。
「ふむ。レッドスターからの強奪か。最初の仕事にしてはなかなかの難易度だな」
「そのギャングから何を持って帰ればいいんだ?」
「軍用インプラント。試験段階の高度軍用強化脳のインプラントだそうだ」
「ふむ」
七海にはさっぱり分からない単語の羅列である。
「この仕事の期限は?」
「7日後。だが、早ければ早いほどお前たちの評価は上がる」
「分かった。話はこれだけだな」
「あとひとつ」
アドラーの確認にスカーフェイスがそう言う。
「フィクサーと傭兵の関係はいろいろだが、俺はなるべく誠実でありたいと思っている。俺は傭兵を裏切るようなことは嫌っているからな。その代わり、お前たち傭兵にもフィクサーである俺を裏切ってほしくはない。覚えておいてくれ」
スカーフェイスは慎重にそう言い、七海たちを送り出した。
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