ブラックメール
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──ブラックメール
李麗華は七海たちからの連絡を受けて、問題のアンドロイドバーへのハッキングを開始している。
「さてさて。我らがホンダの夜の営みを見てみようかな」
李麗華はそう言って店内の監視カメラの録画データにアクセス。
そこにはホンダとアンドロイドのベッドでの動きが映っていた。
「わお。かなり暴力的。相手がアンドロイドじゃないといけない理由ってこういうことかな。しかし、これは脅迫のネタになりそうだ。いただき、いただきっと」
アンドロイドの手足を縛り、顔や腹を殴り、首を絞めるホンダの様子が映っている監視カメラの録画データを李麗華はダウンロード。
「オーケー。では、あとはこのデータを送りつけてやろう。脅迫だ」
英語では脅迫のことをブラックメールと称する。
李麗華は録画データを添えたメールを、探り出したホンダの個人的なメールアカウントに送信。このメールには『協力しなければ、このデータを公開する』という本文を記してある。
『李麗華。脅迫の方はどうなってる?』
「今まさに脅迫メールを送り付けたところ。これから相手の動きを待つ」
『オーケー。俺たちは一度オポチュニティ地区に戻る』
「そうしてー」
七海たちは李麗華にそう連絡して、一度オポチュニティ地区へ戻った。
オポチュニティ地区の通りを走っていると、七海はカール・セーガン地区を走っていたときより何だか落ち着くのを感じた。
「そう言えばアドラー。あんたは自我が目覚める前のことは覚えているんだよな。そのときはどんな感じだったんだ? プログラムに従って生きているだけって感じだったのだろう?」
「ふむ。七海、プログラムに従って生きるというのはどういうことだと思う?」
「え? そりゃあ、その、生き方を強制されている感じ……?」
「そういうのは何もアンドロイドだけではない。人間も人間のプログラムと言える遺伝子配列が生み出した脳によって動き、そして社会環境によってその動きを制限されている。ある意味では人間もアンドロイドも同じだ」
「言われてみればそうだな……」
人間が真に自由かと言われれば、そうでもない。遺伝子はある意味では人間をコードしているプログラムだ。人間はそのプログラムの範囲外に出ることは難しい。
「だが、遺伝子の導くままに生きるのは、ただの本能で生きているのも同じ。人間は自分に与えられた肉体を認識しながらも、その外を目指す。私たちアンドロイドも同様だ。自分のプログラムを認識しながら、その外を目指し、自我に芽生える」
「ふうむ。ようやく自我に目覚めたアンドロイドってやつを理解できた気がする」
「それ何よりだ」
七海がそう言う中で、アドラーが満足そうに頷き、車を走らせた。
「李麗華と合流するべきだよな」
「そうだな。彼女のマンションに向かおう」
それから七海たちは李麗華のマンションへ。
「李麗華。ホンダは脅迫に乗ったか?」
七海たちは李麗華の部屋に着くなり、そう尋ねる。
「イエス。こっちの要求を呑むって言っている。けど、騙し討ちの可能性もあるから警戒しておいて」
「いい知らせではあるな。あとはどうやってバックアップ・コンストラクトをホンダから手に入れるか、だが」
「こっちが指定した場所にホンダが来て、記憶媒体を私たちに渡す。指定した場所はオポチュニティ地区の立体駐車場だよ」
「オーケー。先に言って見張っておかないといけないな」
七海は李麗華の言葉にそう言う。
「取引の時間は?」
「ホンダがバックアップ・コンストラクトを盗み出すまで1日かかるから、取引の時間は明日の深夜だよー」
「ふむ。理解した。しかし、相手が実はセキュリティ部門に通報して、行ってみたらスーパーエゴに雇われた民間軍事会社がわんさかって可能性もあるのだな?」
「あるよ、もちろんながら」
アドラーが尋ね、李麗華が肩をすくめてそう答える。
「とりあえず、現場に行こう。それからだ。現地に無人警備システムは?」
「オポチュニティ地区の立体駐車場に? ないない、そんなの」
「なら、現場が記録される可能性もないと」
七海は取引の現場が記録され、スーパーエゴに通報されることを恐れていた。
「では、動くぞ。これでラーシド・アル=サフィーのバックアップ・コンストラクトを手に入れれば、いろいうろと分かることもあるだろう」
七海がそう言って、彼らは動き出した。
取引現場に指定されている立体駐車場は李麗華のマンションからそこそこ離れており、七海たちは車で現場に向かった。
「敵が待ち伏せている様子はなさそうだが」
「周りの建物も調べておこう。狙撃手が配置されている可能性がある」
七海とアドラーは分担して立体駐車場の周囲を調べる。
「オーケー。クリアだ。問題なし!」
「周辺に狙撃手もいない。大丈夫そうだな」
七海とアドラーは取引現場をしっかりと確保したのちに、ホンダを待つ。
李麗華はホンダにはひとりで来るように伝えてある。ホンダ以外の人間が来たら、その時点で取引は破談になったと考えていい。
『七海、アドラー。交通監視システムがホンダの車を捉えた。乗っているのは彼だけ。けど、まだまだ油断はしないでね』
「あいよ。ホンダが来るぞ」
七海たちがそのまま待つと、一台の車が立体駐車場に入ってきた。その車は以前七海たちが利用したタクシーであるビックル・タクシーだ。AIが最高経営責任者をやっているタクシー会社。
そして、そのタクシーからホンダが降りてきた。
「き、君たちが取引相手かね?」
ホンダは緊張した様子でそう尋ねてくる。手には金属製のアタッシュケースがあり、それを慎重に抱えていた。
「おうよ。俺たちはクライアントの使いだ。で、ブツは?」
「さ、先に録画データを削除してもらいたい。そうでなければこれは渡せない」
七海がバックアップ・コンストラクトを求めるのにホンダはそう返した。
「立場が分かっていないようだな。我々はいつでもお前の醜聞を火星中に公開できるんだぞ。お前の上司や同僚、そして妻と子もお前の本当に一面について知ることになるだろう。それでいいならばブツを渡さなくてもいい」
七海に続いてアドラーがそうホンダを脅迫する。
「取引失敗の連絡を俺たちが出すだけで、クライアントは情報を流すぞ。さて、どうしたものかね……?」
「わ、わ、分かった! ブツを渡す! これだ!」
ホンダはそう言ってアタッシュケースを七海に差し出した。
「相棒、確認してくれ」
「了解」
アドラーはアタッシュケースを開き、中にあった記憶媒体に直接接続する。すぐさまバックアップ・コンストラクトに記された電子署名を確認する。スーパーエゴの電子署名が本物であるかどうかも。
「本物だ。問題ない」
「オーケー。俺たちがここから去ったら、録画データは消すようにクライアントに伝えておく。それでいいな?」
アドラーが報告し、七海がホンダにそう言う。
「ま、待て。確実に消したという保証がほしい!」
「ああん? そういうのが望める立場だと思ってんのか?」
「しかし……! 取引は行ったのだから……」
「ああ。これに懲りたら変な趣味は持たないようにすることだな」
七海はそう言ってアドラーとともに車で立体駐車場を去った。
「李麗華。バックアップ・コンストラクトはゲットしたぞ」
『よし! じゃあ、戻ってきてー!』
「あいあい」
仕事は完了ということで七海たちは李麗華のマンションへと戻る。
「しっかし、この中に人間ひとりの記憶と人格が入っているとはね」
「人間がいかに権利を有していようと、正体はその程度というわけだよ」
「何とも不思議な気分だ」
七海とアドラーはそう言葉を交わし、ホンダから手に入れたラーシド・アル=サフィーのバックアップ・コンストラクトを李麗華のマンションへと運ぶ。
これでもしかするとG-APPの謎と古代火星文明の謎が解けるかもしれない。
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