亡命//サーバールーム
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──亡命//サーバールーム
七海たちは管理施設の前に立つ。
管理施設はドーンの通りに並ぶきらびやかな建物とは大きく違っており、飾り気のない一種のブルータリズム的な建物であった。
「ここに侵入しなければならんわけだ」
「そうだ。一応ルートは調べてある。こっちだ」
七海が唸るのにアドラーが管理施設の駐車場の方に向かう。
彼女は七海に先だって駐車場に侵入すると、監視カメラの位置を確認しながら、ひっそりと監視カメラに近づく。
そして、十分に近づくと監視カメラに直接接続した。
「よし。無人警備システム内にワームを流し込んだ。暫くは対応ができなくなるだろう。あとは警戒すべきはウォッチャーの警備だけだ」
「いい感じだ。この調子で行こう」
無人警備システムを一時的に沈黙させた七海たちは、次は管理施設への侵入を試みる。当然ながら開かれている扉にはウォッチャーの警備がいるので通れない。
「ここならいけそうだな」
七海は施錠された扉を見つけ、身体能力強化で自身を強化すると扉の鍵を破壊して扉を開いた。
「ここからサーバールームまではどうやって?」
「中の警備はほとんど無人警備システムが担当していた。サーバールームまではそう困難な道のりにはならないだろう。だが、用心して私に続いてくれ」
「あいよ」
アドラーが言うのに七海が頷き、彼はアドラーに続いた。
アドラーは音を立てずに管理施設内を進み、七海も周囲を警戒しながら前進。彼らはサーバールームへと着実に接近する。
管理施設内は無人警備システム頼りというのは正しいらしく、ウォッチャーの警備は最小限だ。おかげで無人警備システムが一時的にダウンしている現状において、七海たちの障害は少ない。
「内部の警備はえらく人が少ないな」
「ここは軌道衛星都市だ。昔より技術が大幅に進歩したとは言えど、酸素や水、その他のリソースは限られている。だから、ウォッチャーも常設部隊をそこまで大きくはできないという都合があるんだ」
「ああ。宇宙ステーションで水や電気が大事なのと一緒か」
「そういうことだな」
七海たちはそうやって管理施設内を進み、ついにサーバールームに到達したが。
「施錠されている。電子ロックだ」
「クソ。ここに来て……」
サーバールームは頑丈な電子ロックで守られていた。流石の七海も強引に開けることはできないものだ。
「どうにか回線をショートさせて開けられないものかね」
「やってみよう。あくまで事故に見せかけないといけないが」
「やってみてくれ。俺は誰か来ないか見張ってる」
アドラーはサーバールーム周りの配線を調べ、七海はサーバールームにウォッチャーのコントラクターが来ないかを見張った。
「この回線を切り替えれば……」
アドラーが配電盤を開いて、中の配線をいじるとばちりと電気の弾ける音がする。「
「どうだ?」
「開いた。後は李麗華がネットワークに侵入できるようにバックドアを作るだけだ」
七海が尋ねるのにアドラーがそう言い、サーバールームに侵入。
サーバーのひとつに直接接続すると、アドラーはドーンのネットワークにバックドアを仕掛け始めた。
『よし、よーし! 上手くいったみたいだね。ウォッチャーの情報も入ってきたけど、まだ気づかれてないよー』
「これでまたひとつ難関突破だな」
『後は静かにそこから出るだけだよ。支援するね』
李麗華は早速ドーンのネットワークに侵入すると、ドーンの無人警備システムやウォッチャーの通信を掌握し始め、七海たちの支援を開始した。
七海たちは来た道を戻り、管理施設から脱出。
「じゃあ、改めて作戦会議と行こう」
ホテルに戻ってきてから七海がそう言う。
『こっちはドーンのネットワークからシンポジウムの警備状況を見てる。G-APPの展示場所も明らかになったよ。で、まずはシンポジウムの会場周辺について説明しよう』
李麗華がそう言うと七海たちに3Dのシンポジウム会場の映像が表示される。
『シンポジウムはこのドーン・エキシビションで開かれる。ドーンが建設される目的でもあった国際会議場で、運営しているのは企業連合』
そう李麗華が説明する中で、3D映像がズームし、大きなホールが表示された。
『ドーン・エキシビションのAホールにて主にシンポジウムは行われる。ハイデッガーもこのAホールで公演する予定』
「主にってことは別の場所でも何かあるのか?」
『イエス。Bホールでは立食式の懇親会が開かれる。美味しい料理を食べながら、企業の研究者たちが情報交換ってわけ。ただ、こっちにハイデッガーが参加するか同化分からない。参加しないかも』
「ふうむ。Aホールの警備状況は?」
『まずウォッチャーから1個小隊がAホール全体の警備。それから地球の民間軍事会社であるベータ・セキュリティから1個分隊がハイデッガーの警備に就く。ベータ・セキュリティの部隊は生体機械化兵だろうね』
「どうにかして分散させないと、ハイデッガーを引っ張てくるのは難しそうだな」
七海は李麗華が示した会場の警備を見て、そう頭を悩ませた。
「そこでG-APPを囮にするんだろう? G-APPの保管されている場所は?」
『G-APPは午後の部門で一定期間公開されるよ。場所はCホール。時間帯は14時から16時までってことになっている』
「ハイデッガーが講演するのは?」
『まさにこの時間帯』
「やはりG-APPはハイデッガーが準備した囮か」
ハイデッガーは自分とG-APPに警備を分散させることで、自分の企業亡命を実現しようとしている。これまでは推測であったが、これでほぼ確実となった。
「G-APPの方で警報を鳴らし、その隙にAホールで公演中のハイデッガーを拉致。あとはどうやってハイデッガーをドーンから連れ出すかだよな。騒動が起きたら行きに使った豪華なシャトルがまともに動くとは思えんし」
『そんなこともあろうかと小型シャトルを1機確保してある。前みたいなおんぼろじゃないやつね。今回はウォッチャーの戦闘艦と国連宇宙軍の戦闘艦を振り切らないといけないから』
「おお。準備がいいな。では、それで脱出としよう」
李麗華は脱出のためのシャトルを確保していた。ネットワークに接続できたことで、ドーンの連絡用シャトルを掌握できたのだ。
「時間ごとの計画を決めておこう。まずシンポジウム会場には偵察もかねてハイデッガーの公演前には入っておく。時間にして午前10時ぐらいからだな」
「そうだな。現地で見ないことには分からない情報もあるかもしれないし。それから午後14時まではどうやって暇をつぶしておく?」
「このIDでうろうろするのは避けたい。適当な場所を見つけて潜んでおきたいが、それはそれで怪しまれるだろうな……」
「懇親会の開かれているBホールで取り込み中って感じに振る舞うとか」
「現地で何もアイディアが浮かばなければそれでいこう」
現地の偵察を終えて、ハイデッガーの拉致に移るまでは、どうにかして怪しまれないように過ごす必要がある。
「作戦はこれぐらいだろう。で、明日にはいよいよ本番だ。今日はゆっくり休んでおくべきだな」
「そうだな。俺たち傭兵は体が資本だ」
アドラーが言うのに七海が同意。
「でも、まずは食事をして来ようぜ。腹ペコだよ」
「なら、ホテルのレストランで優雅なディナーと洒落込むか」
「いいね」
七海がアドラーの提案にサムズアップする。
『いいなー。あたしは今日もカップヌードルだよー』
「分かった、分かった。帰ったらみんなで飯食いに行こうぜ」
『楽しみにしてるよー!』
李麗華に向けて七海がそう言い、七海たちは部屋を出る。
それからホテルのレストランに向かうと、イタリアンなそのレストランでディナーとなった。マグロのカルパッチョからアサリと白ワインのパスタ、牛フィレ肉のタリアータなどなどのコース料理だ。
「このワイン、美味いな」
「合成品でなさそうだ。恐らくグラスでも600ノヴァくらいするやつだぞ」
「マジかよ。財布に余裕がないんだが……」
「大丈夫だ。このホテルの宿泊費に含まれているし、宿泊費はニューロラボが支払ってくれている」
「うひょう。ただ酒ってわけだ」
「だからと言って飲みすぎるなよ。明日の仕事に差し支える」
「分かってるって」
そう言いながらも七海は普通なら味わえない天然物のワインと料理をたらふく味わった。アドラーはバイオマス転換に必要な分だけ、摂取するにとどめている。
「こういう仕事は美味しいな。上流階級の気分が味わえる」
「その代わり犯行が発覚したらハチの巣で済めば御の字だぞ」
「それを除けば最高」
七海たちは本来この御馳走を味わうはずだった上流階級の人間を拉致して入れ替わっているのだ。言うまでもなく、誘拐もなりすましも犯罪である。
「そういやアドラー。あんたって味覚は備わっているのか?」
「ああ。オフにすることもできるが、基本的に味わうようにしている。人間と同じ体験をし、経験を共有することは、私が権利あるAIとして認められるために必要なことだと思っているからな」
七海が尋ね、アドラーがそう答える。
「権利あるAIってあのタクシーのビックルみたいなやつだよな?」
「そうだ。火星ではAIの権利が認められている。ビックルのようにタクシー会社の最高経営責任者になるなど、自らの意志で希望する仕事をする権利もある。とは言え、本当に人間と同等に扱われるケースはまれだが……」
「あんたはどうやって認められるつもりだ?」
「それは言っただろう。ビッグになって傭兵として名を上げることでだ」
「そうか。人生がかかってるんだな……」
「それはお前も同じじゃないのか」
「俺は別に地球に行けなくとも死ぬわけじゃないし」
アドラーに指摘され、七海がワインを片手に首を振る。
「地球が変わったと知ったからか?」
「……まあ、仮に地球に帰れたとしても、故郷の人は誰も生きてないだろうしな」
七海はそう呟くように言った。
「だが、ビッグになればこんな食事が毎日だってできるわけだし、まだまだやる気はあるぜ、相棒」
「そうでなくてはな」
それでも七海はそう言って笑い、アドラーも微笑んだ。
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