亡命//招待客
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──亡命//招待客
七海たちが李麗華のマンションを訪れたのは、アドラーが彼女に連絡してから大体30分後のことだった。
「どうもハイデッガー博士は自分の亡命のために、一応準備はしたらしい」
「教授だよ。ハイデッガー博士じゃなくてハイデッガー教授」
「そうなのか? まあ、特に変わらんだろ」
七海が切り出すのに李麗華がそう指摘。
「で、だ。肝心なのはハイデッガーが自分の引き抜きを成功させるために、シンポジウム会場に囮を持ち込んでくれるってことだよ。やつはG-APPっていう電子ドラッグをシンポジウム会場に持ってくる予定だ」
「情報屋が言うには複数の強奪計画が進行中らしい。敵はハイデッガーの引き抜きだけでなく、G-APPの強奪阻止のためにも戦力を展開させる必要がある」
七海とアドラーがそれぞれそう報告。
「なるほどね。じゃあ、あたしたちもG-APPの強奪に偽装しようか?」
「G-APPを狙う振りをしてってことか?」
「そうそう。わざとG-APP周りで警報を鳴らして、そっちに注意が向いた隙にハイデッガーをさっさと拉致するってわけ」
李麗華はG-APP周辺でトラブルを起こし、警備の目を引くことを提案した。
「それはいいのだが、問題はそのもっと前だ。どうやってシンポジウム会場であるドーンに侵入するか。まずはそれだろう?」
そんな李麗華の提案に対して、アドラーは渋い顔をしてそう指摘した。
「ウォッチャーの身分で侵入すると地球の人間であるハイデッガーに近づきにくいよね。となると、招待されている企業や研究機関のIDに偽装するか……」
「単に偽造しても向こうでIDが被ったらやばいぜ」
「そうなんだよね。前の博物館侵入のときとは話が違うっていうかー」
七海が言うように本来招待されている人間と現地でばったりとなったら、IDを偽装したことがばれてしまう。そうなるのは最悪だろう。
「ならば、招待されている人間になり替わるというのは?」
「ん? というと?」
「招待客を2名、拉致してシンポジウムに参加できないようにする。そして、私と七海はその人間のIDを使い、成りすましてシンポジウム会場に入る」
「ああ。それなら現地でばったりってことはないな。だけど、全然関係ない人を拉致するわけか……」
「七海。今さらだぞ。我々はもう既に犯罪者だ」
「そりゃそうだけど」
仕事のためとは言えど無関係の人間を拉致したりすることには抵抗を覚える七海であった。
「その方針で行くなら、まずはシンポジウムに参加する人間の中で警備の薄そうなやつを探さないとね。で、段取りは招待客リストの入手の次に目標についての情報を集め、それから拉致の実行だ」
「腹くくるしかないな。拉致する方針で行こう」
李麗華が具体的な作戦を述べ、七海がついに同意した。
「招待客のリストをすぐに調べてみる」
「私も手伝おう。シンポジウムの主催は企業連合であり、その傘下の火星科学アカデミーだ。それなりの氷で歓迎されるだろうからな」
「オーケー。助かるよ、アドラー」
李麗華にアドラーがそう申し出て、彼女たちが招待客リストを探すことに。
「俺はすることがないな」
「今のうちにマトリクスに潜って慣れておいたらどうだ? 仕事ではなく、個人的に潜ってみることで」
「そうだな。試してみるよ」
アドラーに言われて七海が頷く。七海はまだマトリクス経由で情報を手に入れたりすれど、本格的にダイブしてはいなかった。
「では、後でねー」
「おう。気をつけてな」
李麗華たちは一度七海に別れを告げて、マトリクスにダイブ。
「へえ。マトリクスではそんなアバターなんだね、アドラー」
「ああ。別に構わないだろう」
アドラーは昔のSF作品に出て来る女性ハッカーのアバターを纏っている。
「それでは仕掛けを始めようか。目標は──」
「火星科学アカデミー」
火星科学アカデミーは火星の学術機関だ。
火星の科学技術発展のために設立され、それは事実所の火星の支配者である企業連合に強い影響を受けている今も変わらない。
火星において有力かつ優秀な科学者たちが所属し、教育と研究に当たっている。
今回のハイデッガーが参加するシンポジウムの主催者もこの火星科学アカデミーだ。
「流石に氷は厳重だな。しかし、招待客リストすら公開しないとは。相変わらずの秘密主義な組織だ」
「迂闊に公開するとそれこそあたしたちみたいなのが悪用しちゃうからねえ」
「それもそうだな」
李麗華が仕方ないと言うのにアドラーも肩をすくめて同意した。
「さて。では、どこから手を付ける?」
「まずは氷の解析からかな。ブラックアイスが含まれていると警戒レベルを上げなきゃいけない」
ブラックアイス。侵入者を防ぐ氷の中でも、侵入者に対して攻撃的な手段に出る氷のことである。最悪の場合、脳を焼き切られることすらも覚悟しなければならない致死的な防衛手段だ。
「偽装した通信を送って氷の反応を見るか?」
「オーソドックスなやり方ではあるね。けど、相手は政府機関に等しい連中だし、用心してやらないと。あたしがいいものを持っているから使おう」
「いいもの?」
「とびっきりのウィルス」
アドラーが尋ね、李麗華がにやりと笑ってファイルを取り出す。
「H1de&3eekってウィルスだけど知ってる?」
「いや。聞いたことがない」
「まあ、比較的新しいウィルスだからね。こいつは突入前の下調べをしてくれる便利なウィルスで、よほど慎重に調べない限りはウィルスだってこともばれない。目標のトラフィックと氷を分析し、追跡されない形で送ってくれる」
「ほう。便利そうだな。まさに今、必要なものだ」
「でしょ? これを使って様子を見てみよう」
そう言って李麗華はH1de&3eekというウィルスを複数のネットワークを経由した上で、火星科学アカデミーのネットワークに侵入させた。
H1de&3eekは一般のトラフィックに成りすましてネットワークに侵入し、火星科学アカデミーのネットワークに施された氷が行うトラフィックを分析。その情報を遠方のネットワークを経由して李麗華に送信してくる。
最終的にH1de&3eekは氷によって削除されたが、これによって完全にではないものの火星科学アカデミーの氷が分析できた。
「よーし、よし。やっぱりブラックアイスは使用されているみたいだ。それから氷は基本的に生物模倣系」
「免疫のように自己、非自己を識別して、異物を排除するやつか。最近のは生物模倣系はかなり高度だが、どうやる?」
「あたしたちは別に火星科学アカデミーのネットワークを乗っ取ろうとかいうわけでもないし、氷を制御しているAIを黙らせたら、あとはさっさっと。どう?」
「それしかなさそうだな」
「では、氷砕きを準備するよー」
アドラーは同意し、李麗華は目標の氷を黙らせるための氷砕きを準備した。
「氷砕きの種類はMoLeIVか」
「ちょっと改良が加えてあるけどね。まだこのタイプの氷砕きに対応してない氷は多い。賭けてみよう」
「了解。バックアップする。何かあればお前が脳を焼き切られる前に脱出させる」
「頼むよ」
アドラーはバックアップの態勢に就き、李麗華はネットワークへの突入に備える。火星科学アカデミーのネットワークは未だ氷によって厳重に守られ、近寄るものを拒んでいる。
「さあて。仕掛けを始めようか!」
李麗華が火星科学アカデミーのネットワークに接近。氷が早速反応を示し始め、李麗華はひりついた空気をマトリクスの中で感じた。ブラックアイスが自分を狙っているのを感じさせる空気だ。
「MoLeIV投入」
そこで李麗華は火星科学アカデミーのネットワークに向けて氷砕きを投入。発動した氷砕きが、まずは氷を制御するAIへの攻撃を始めた。
氷を制御するAIは限定AIでそこまで高度なAIではない。それに対して李麗華のMoLeIVはAIを沈黙させるために特化したコードが組み込まれている。限定AIが解決できないパラドクストラップなどを含んだコードだ。
「氷のAIは沈黙、と」
だが、まだまだ安心はできない。
「管理者AIが気づく前にデータをいただいて逃げないと」
氷の状況は定期的にシステムを整理する管理者AIによって監視されている。今は氷のAIは処理中と確認されているだろうが、それが長引けばエラーを疑われてスキャンが実行される。
その前に李麗華は情報を盗み取って逃げる必要があった。
「検索エージェント展開! さっさと情報を抜き取ってとんずらだー!」
李麗華はすぐさま検索エージェントを展開させて、シンポジウムの招待客リストを探す。検索エージェントはネットワークの中を駆け抜けると該当する情報を次々に李麗華に転送してくる。
「よしよし。目標のデータをゲットだ。さっさと逃げよう」
と、李麗華が脱出する数ナノ秒前に管理者AIが氷の動作不良を検知。ただちにスキャンが開始される。
「おっとと! ログアウト実行!」
氷に捕まる前に李麗華は脱出。
「リストは手に入ったか?」
「ばっちり」
待っていたアドラーが尋ねるのに李麗華はファイルを手に笑みを浮かべて見せた。危険な仕掛けをやり遂げたハッカーの笑みだ。
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