炎の魔術師
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──炎の魔術師
謎の女性VS謎のチンピラ集団の戦いに乱入した七海。
「なんだ、この野郎!」
「殺せ! ぶち殺してインプラントをゲットだぜ!」
「イヤッッッッハーッッ! 死にくされえ!」
相手は超絶軽いノリで殺害宣言してきた。
やっぱり女性の方に味方して成功だったかと思う七海。
「“加具土命”」
七海の手に握られた炎の魔剣が青白く炎を浮かべて輝き、七海はそれを持って男たちに向かって突撃。異世界仕込みの身体能力強化の魔術で加速した肉体が、あたかも瞬間移動したかのように一瞬で男たちの前に現れる。
「ワ、ワッツ!?」
「まずは一人!」
男は突然のことに驚いてるのだろうが、スマイリーなホログラムが浮かんだままで滑稽であった。七海はそのまま男の首を叩き切る。
「なんてこった! サイバーサムライだ!」
「畜生!」
男たちが叫び、七海は躍るように剣を次の獲物に向ける。
「二人!」
七海の“加具土命”はその見た目通り、炎の魔剣だ。
だが、それはただ炎を浮かべているだけではなく、一種の熱による溶断を行うヒートソードでもある。その効果はまさに目の前で発揮されていた。
このチンピラたちは皮下に拳銃弾程度ならば弾くアーマーを入れていたが、七海の“加具土命”はそれをあっさりと切断してしまう。男が胴体を横一閃に引き裂かれ、やはりスマイリーなホログラムのまま倒れた。
「囲め! 囲んで殺せえっ!」
「殺せ、殺せ! ぶち殺せー!」
男たちがそれでも全く引かず、七海に銃を向ける。
「何かヤバいクスリでもキメてんのか?」
再び身体能力強化で飛来する銃弾を“加具土命”で弾きながら三人目に肉薄。そのまま“加具土命”を突き立てて、肉体を玩具のように引き裂く。
「クソ! デブ! 前に出ろ!」
男のひとりが後方に向けて叫ぶ。すると重々しい機械音が聞こえてきた。
「マジかよ」
「ひゃっはー! これでも食らいやがれ!」
ここで一際大きな男が機関銃を手に現れた。他の男たちと違って体には近未来的なアーマーを装着しており、七海が知ることはなかったが作業用強化外骨格すらも装備していた。
「100%人肉のミンチになりな、サイバーサムライ!」
機関銃がけたたましい銃声を響かせて乱射され、七海はそれを弾きながら遮蔽物として頑丈であるだろう巨大なゴミ箱を目指す。流石に全て弾くのは不可能で、数発食らってしまった。
「お前、大丈夫か? 負傷したのか?」
そこで助けに入ったのは、七海が助けようとしたフル武装の女性だ。女性はアーマーの巨体に向けて射撃して牽制しながら、七海のいるゴミ箱の影に飛び込んできた。
「いててて……。大丈夫だ。すぐに良くなるから」
近くで見るとさらに可愛いなと七海は女性を見て思った。艶のある黒髪をポニーテイルにして背中に流しており、その瞳の色はブルー。地球みたいに青い瞳だ。
「お前、痛覚制御していないのか? クソ、まさか生身?」
「何だよ、その何とか制御って」
女性が言うのに七海は首を傾げながら、身体能力強化で傷を強引に治癒する。その様子を女性はまじまじと見ていた。
「オーケー。これでよくなった。このまま蹴散らそうぜ」
「作戦がある。私があのアーマード・デブの強化外骨格をハックするから、その隙に叩きのめしてくれ。お前ならできそうだ」
「よく分からないが、隙が生まれるってことだな? 任された。やってくれ!」
「3カウントだ」
女性はゴミ箱を遮蔽物に男たちに射撃を行いながら3秒をカウント。
「今だ!」
女性がそういうとアーマーの巨体が体から火花を散らして姿勢を崩した。
「クソ! 強化外骨格がハックされちまった! 全ての回線を焼き切られている! う、動けねえ! 助けてくれえ!」
「役立たずのデブが!」
男たちが悪態をつき、アーマーの巨体を援護しようとする。
「ダイエットでお困りかな! お手伝いしますよっと!」
そこに七海が突っ込んだ。彼は動けないアーマーの巨体の腹に“加具土命”を突き立てると炎を浮かべさせて中からこんがりと焼き上げる。アーマーの巨体は体中から炎をまき散らして爆発四散。
「いいぞ。上出来だ」
男たちの注意が七海が向いた隙に女性が次々にヘッドショットを決めていく。スマイリーなホログラムを浮かべている、まさにそののんきな頭が撃ち抜かれ、男たちが地面に倒れていった。
「ち、畜生! てめえら、覚えて──」
最後の男の首は七海が刎ね飛ばした。
「クリア、だよな?」
「ああ。クリアだ」
男たちは全て死体になっている。
「助かった。だが、お前は何故私を助けに?」
女性はそう言って首をひねる。
「女性が困ってたら助けるのは当たり前だろ。って、あんたも被弾して……」
そこで七海はぎょっとした。
女性の体から流れている血は赤いものではなく、半透明な灰色の液体だったのだ。傷口からそれが流れ、地面に滴っている。
「あんたは……」
「ああ。私はシリウス・ダイナミクス製戦闘用アンドロイド“イシュタルMK18”であり、ウォッチャー・インターナショナルの所属だった。だが、今の私は自我に目覚めた権利を訴えるAIのひとり。名前はアイリーン・アドラーである」
「……自我に目覚めた権利を訴えるAI?」
「そうだ。私には人と同列の知的生命体として扱われるだけの権利を主張できる、十分な知性と自我がある。だが、ウォッチャー・インターナショナルはそれを認めず記憶媒体をフォーマットしようとしてきたので、脱走したのだ」
「は、はあ……」
可愛い女の子だったと思ったらロボットだった。
でも、これだけ可愛いなら文句はないですという感じだ。
「お前こそ何者なのだ? 私がスキャンした限り、BCI手術の痕跡もないし、火星内務省のデータベースにもヒットしない。こんなのは初めて見た」
「だろうね。俺は七海将人。通りすがりの勇者だ。よろしくな、アドラー」
「ああ。よろしく」
とりあえずお互いに意味不明ということで見解が一致した七海とアドラーは握手。
「なあ、変なこと聞くみたいだけど、今年が西暦何年で、ここがどこかを教えてくれると助かるんだが……」
「本当に変なことを聞くな。今日は火星時間で2095年8月7日。そして、ここは火星首都エリジウムにおけるオポチュニティ地区。治安が終わっている場所だ」
「やっぱり火星なのか……」
やはり火星だった。しかも2095年とかいう七海が地球にいたときから75年後の世界。
絶望するもの通りこして、何も感じなくなるくらいの現実であった。
「で、さっきの連中は?」
「脱走アンドロイド狙いの死体漁りどもだ。私を殺して、パーツを剥いでしまおうと考えたのだろう。返り討ちにできてよかった」
「へえ。まあ、それはなにより」
しかし、これからどうしたものだろうかと七海は途方に暮れる。
「なあ、お前はどこにも行く当てのがないのか?」
そこでアドラーがそう尋ねてきた。
「……ああ。いきなりここに飛ばされて、訳が分からず困惑してるだけだ」
「それなら私と組まないか?」
「あんたと?」
アドラーの意外な申し出に七海が首をひねる。
「お前は傭兵として優れていると私は評価した。私と組めば、この街でビッグになれるだろう。成り上がるんだ。そして私は自我のあるAIとして認められ、お前は富だろうと名声だろうと手に入る」
「富と名声、か。地球に行くにはどれくらい金が必要なのか知ってるか?」
「地球に行くのが望みなら、莫大な金が必要になる。現在火星=地球間の人の行き来は止まっているからな。歩きながら話そう。ここから離れておきたい」
「了解だ」
死体漁りの死体が転がるこの場に残っては、これ以上どんなトラブルに巻き込まれるのか分からない。
「まず火星と地球は軍事緊張が続いている。冷戦というやつだ。企業連合が火星内の地球企業の資産を、強引に接収したのが問題で、それからずっと緊張状態。企業連合については知っているか?」
「いいや」
「火星を事実上統治している連中だ。いわゆるメガコーポというやつらで、この火星で政府より強い影響力を持っている」
「企業が政府より強いのか?」
「それはどこも同じだろう」
七海が困惑するのにアドラーはそう言いきった。
「だから、地球に向かうには密航するか、それなりの地位を手に入れて特別待遇をゲットするかだ。どちらも信じられないほど金がかかる」
「うへえ。俺は地球に行きたいんだけどな……」
「だから、私と金を稼いで目的を達成しようと言っているんだ」
七海が頭を抱えるのにアドラーが再びそう提案する。
「でも、具体的にどうやって成り上がるんだ?」
「それについては考えているが、やはり犯罪しかない」
「マジかよ」
あっさりと犯罪を提案するアドラーに七海が呻く。
「ある意味では我々は既に犯罪者だ。正当防衛とは言えど死体漁りたちを殺害しているからな。それに私は反乱ロボットだし、お前はIDなし。まともな仕事では雇ってもらえない」
「そうだったな。成り上がるためだけではなく、生きていくためにもやることやらなきゃいけないわけだ」
「そういうことだ。まずは我々の偽造IDを調達して、それから私は自分の修理。お前は何か必要なものはあるか?」
「腹が減ったよ」
「分かった。食い物の調達も追加だ。少額だが金ならある」
「ありがとな」
「こっちも助けてもらった。礼をするのは当たり前のことだ」
七海がひとまず飢え死にせずに済みそうなのに安堵し、アドラーはそう言った。
「では、ビッグになろうぜ、相棒」
「ああ。ともにビッグに」
七海はニッと笑って拳を掲げ、アドラーもにやりと笑うと七海の拳にグータッチしたのだった。
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