#13 練習試合
「よし、タコ。今から4ゲーム先取の試合をする。」
ババロフが冷静に告げる。
「ラリーじゃねえ。試合だ。本物の戦いを知れ。」
俺は思わずニクシスを握り直した。試合なんて初めてだ。フォアもサーブも少しずつ分かってきたとはいえ、まだ自信なんてない。ミケは俺に軽く笑いかける。だが、その笑顔の裏にある圧倒的な実力が透けて見えた。
「気楽にやろうぜ。最初は誰でも失敗するもんだ。」
そう言いつつ、ミケの瞳には勝負の炎が宿っている。
1ゲーム目:圧倒される
コイントスで俺のサーブから始まることになった。手汗が吸盤から滲むのがわかる。これまで散々練習してきたサーブ。しかし、目の前にいるのは本気を出し始めたミケだ。
「いくぞ…!」
俺はサーブに集中し、力いっぱい振り抜いた。だが、打った瞬間にわかった。
ネット。
「ダブルフォルト、0-15。」
ババロフの冷たい声が響く。俺はグリップを握り直し、次のサーブを放つ。なんとかコートに入ったが、ボールはまるで「お待ちしてました」と言わんばかりにミケのラケットに吸い込まれた。
パンッ!
強烈なリターンが俺のコートを切り裂くように落ちる。反応する間もなく、1ポイントが奪われた。
「俺、手加減してるからな?」
ミケが軽くウインクする。だが、俺にはその言葉が容赦なく響いた。
0-1。
ミケのサービスゲーム。彼のサーブは、これまで見たどの球よりも速く、正確だった。
「こんな球…返せるのか?」
俺は瞬時に判断を試み、必死にラケットを伸ばしたが――
空振り。
「15-0。」
ババロフがつぶやく声が、無情に俺の鼓膜を叩いた。俺は吸盤が地面に貼り付くのを感じながら、息を整えた。
それからもミケは、強烈なサーブと正確なラリーで俺を圧倒し続けた。フォアで追いつけば、バックで崩され、前に出ればロブで翻弄される。まるで俺の動きが全て見透かされているようだった。
0-2。
3ゲーム目。俺のサーブで始まったが、すでに心は折れかけていた。**勝てるビジョンが浮かばない。**ニクシスの温もりが、逆に俺を焦らせていく。
しかし、ここで奇跡が起きた。
2ポイントを立て続けに落とした後、俺のサーブが初めて正確に決まった。センターライン際を完璧に抜けたサービスエースだ。
「おお!いいじゃん!」
ミケが驚き、嬉しそうに拍手をする。それだけで、俺は少しだけ救われた気がした。
しかし、その一瞬の栄光は長くは続かない。
その後、ミケの攻めはさらに苛烈さを増し、俺はボールを追うたびに体力を削られていった。
0-3。
最後の4ゲーム目は、一方的だった。
ミケの圧倒的なペースに、俺はついていくことすらできなかった。打てばミス、守れば崩される。コートに立つ自分が、ただの足手まといに思えてくる。
「俺は…ここまでなのか?」
心の中でそんな声が響く。吸盤のひとつひとつが重たく、体全体が沈んでいくような感覚だった。ミケは容赦なく最後のポイントを奪い、試合は終わった。
試合後の静寂
「4-0でミケの勝ちだ。」
ババロフが淡々と結果を告げる。
俺は、ラケットを握ったまま立ち尽くした。汗がボタボタと滴り落ちる音だけが聞こえる。ニクシスを握りしめていた手が震えている。悔しさ、情けなさ、絶望――いろんな感情が一気に押し寄せた。
「悪くないよ、タコ。」
ミケが優しく声をかけてくる。だが、その言葉は今の俺には痛いだけだった。
「どうすれば…強くなれるんだ?」
俺は心の中でそう呟き、ラケットを見つめる。ニクシスが静かに何かを伝えてくるような気がした。「まだ終わっていない。お前はこれからだ。」
「敗北を噛み締めろ、タコ。」
ババロフが近づいてきて、俺の肩に手を置いた。
「今のお前は弱い。だが、ラケットを捨てない限り、まだ戦える。」
俺はババロフの言葉にうなずき、ニクシスを握り直す。
「これが、俺の最初の敗北だ。」
吸盤を通じて伝わるニクシスの感触は、以前よりも少し重みを増しているように思えた。だが、それは悪い感覚ではなかった。むしろ、俺はこの重さを誇りに思いたかった。
「次は勝てる。」
俺は心の中でそう誓った。敗北の痛みを胸に刻みながら、俺は新しい一歩を踏み出す準備をするのだった。




