7 日常の話と配当目当ての投資を考える話
最近、副業が流行っているらしい。株のことはすっかり意識の外の沙優は副業に興味津々なのである。テレビやネット記事でここ一年くらい副業の話をよく見かけるようになっている。会社が許可して制度を作っている場合もあるという。週四日は元の職場、二日は農業、しかも本業のIT技術を活かしてます、なんてテレビで見ると、とても良さそうな気がする。Win-winな話が好きな沙優はこういうのに弱い。とは言え、職場にそういう制度が導入される気配はないし、公務員なので内緒で副業をするのはリスクが高い。体力もないので、肉体労働や飲食店のバイトをして追加収入を得たいという考えもない。漠然と良さそうだなと思うだけで、特にやりたい副業があるわけでもないのだ。
民泊も同じ頃から話題になっている気がする。こちらについてはもっと妄想のしがいがある。祖父母の家に今は誰も住んでいないので、具体的な構想をねることができるのだ。どうやってお金をかけずにインテリアを整えてオシャレにしようか、まずは片付けからだな、片付けしたら、壁紙を変えて、と考えるのは楽しい。しかし、祖父母の家は遠すぎて仕事の片手間で何かやるのは現実的ではないし、交通の便が非常に悪い田舎なので集客も出来そうにない。妄想して楽しむのみである。物件を買って民泊に乗り出す人もいるのは知っているが、そこまでリスクをとる勇気もなかった。いや、リスクを取った株で現在進行形で失敗しているので、新しく事業を始めたりしないのは当たり前のことだった。
そんな中、休日に沙優が取り組んでいたのはエクセルのマクロの勉強だった。エクセルの機能を使って、複数の書類に一気に氏名住所などの情報を入力できるようにする市役所での業務簡略化の事例をテレビでみて以来、なんかよさそうと思っていたのである。それ以来、少しずつエクセルの数式などの勉強をしてきた。将来的には職場でも活かしたいと思っており、ちょっとした書類作成に使うことはあったが、未だ本格的な活用のチャンスはない。一番活用しているのは自分の家計簿というちょっと寂しい状況である。しかも、マクロになるとなんだか一気に複雑になった気がして、勉強が進まなくなってきていた。沙優は勉強はできる方なので、絶対にやらないといけない状態に陥ったら習得できるとは思うのだが、休日に特に使う予定もなく勉強するには複雑すぎた。
嫌になってしまったので、次は何をやろうと周りを見渡して窓が目に入った彼女はある事を思い出した。夏になってもギリギリまでエアコンを入れたくないので換気をしたいのだが、最近、窓に何かのフンのようなものが落ちているのである。場所的に鳥なのかとも思うのだが、白くはなく黒い。細長いペレット状の形をしていて、最初はそれ自体が虫に見えてものすごくビクついたのだが、何かのフンのようだと気がついた。少し前に掃除したが、どうなっただろうとみてみると、またパラパラと落ちていた。気持ち悪いし触りたくもないのだが、そのままで窓をあけて換気をするとカケラが中に入っていそうなのでビニール手袋をして渋々拭き取った。触れるとすぐに崩れる脆さがあるので掃除もしづらい。
綺麗になったので、窓をあけたままで換気をしながら、さて次はと考えて、沙優はまたパソコンに向かった。最近、株の配当金の話をネット記事で読んだのだ。もちろんその前から株に配当金や株主優待があることも、それを目当てに株を買う人がいる事も知っている。しかし、沙優は楽して大金が欲しいというちょっとアレな動機から株を始めているので、一年で精々5%程度の配当金にはあまり興味を持てなかったのだ。株主優待も調べたことがあるが、すごく欲しいものはなかった。近所のスーパーやドラッグストアの優待券とかないかなと探したのだが、ちょうどいいものがなかったのである。外食はほとんどしないので、チェーンレストランの優待券もいらないし、飛行機は乗らないので飛行機の優待券もいらない。そんなことより現金が欲しいと思ってしまう沙優だった。そんなわけで配当や優待券目当ての投資は考えていなかったのだが、今や自分の投資した株がかなり値下がりしているので、5%の価値は彼女の中で上がっていた。
「うーん、どこの配当がいいんだろう」
改めて調べてみる事にした。ネット証券の会員用ページでは配当が高い企業を簡単に調べる事ができる。ネットにも配当が高いおすすめ株なんていう記事がたくさんあったので見てみた。
「でもな。配当が下がったら株価も下がるし、そしたら配当で得した分なんかすぐになくなるよ。株価が下がらなくて配当が高い株ってどうやって見分けるんだろう?」
現時点で相当な損を出している人間にしては生意気な発言である。まあ、失敗から学んでいるとも言えるかもしれない。そもそも業績予想が好調な企業を選べたら、一年くらいの間に配当が下がるリスクを減らせる気がするが、彼女にはそういうことは思いつかなかった。
証券会社のサイトを開いていたので、ついでに久しぶりの株価チェックをした沙優はA社の株価が2000円を割り、25万円近くの損が出ている事を知ってしまった。B社もまた下げて2150円程度でこちらも6万以上の損が出ている。がっかりである。損切りをするしかないと思うのだが、そんな大金を失うという現実を直視できない。今でも損は出ているが、売らずに持っている限りは、また上がるかもと希望にすがることができる。典型的なダメな時の考え方な気もするが、沙優は思考停止することにしてパソコンをとじた。
この作品中の会社、人は全てフィクションです。