2 投資マイルールをつくる
3ヶ月後の日曜日、少しだけ仕事に慣れた沙優は久しぶりに株価をチェックしていた。実は株価はここしばらくで少しずつあがっていたので、彼女の気分もよかった。
「おお。2800円を超えてる。すごい、結構増えたな。2万円の含み益だ」
気分の上がった沙優は最初に目をつけていたA社の株価も見てみた。
「4400円になってる。っていうか、3週間前は4700円じゃん。すごく上がってたんだ。そこから下がってるけど、それでも4月に買ってたら5万円儲かってたな。やっぱり欲しいな」
株価が上がっていると、欲しい気持ちも募ってくる。一度上がって、今は少し下がっているのがお買い得をさらに出している感じもする。
「ボーナスが6月に出てるし、それと貯まったお金でいくらだっけ」
通帳を開いてみると、残高は38万程度だった。沙優は公務員で安定した収入がある上に、外食も基本的に1人ではしないので、堅実にお金を貯められるタイプなのだ。これに証券口座に残っている4万円を合わせると42万円であと一歩だ。
「給料日が来たら買えるか。でも、持ってるお金全部を株に注ぎ込むのもな。リスクがあるし」
買えると分かったら迷いが生じる。株には当然リスクがある。余剰資金で運用するのが好ましいという人もいるし、彼女もそう考えている。しかし、このA社の株がとっても欲しいのだ。沙優は欲しくなったら執着してしまうたちなのであった。
そこで沙優は、株を買うことを正当化する論理をあみだした。現時点の貯金状況を考えると一年で100万円以上は間違いなく貯められる。年間40万までは株式投資に使ってもいいが、残りは堅実に貯金すると決めたのだ。ちなみに、最初の30万はそれとは別計算と考えるので、今年の投資額が70万ほどになることに問題はない。都合のいいルールをつくっただけの気もするが、守るならそれでいいのだろう。多分。
給料日まで沙優は株価をチェックしながらじりじり待った。株価が上がってしまうと予算オーバーしてしまう。作ったマイルールを都合よく改変するのは、なんだかまずいという気持ちは持っていたのだ。そんな風に株のことを意識していると、何となく株の情報が目に入ってくるようになる。ニュースで株価に注目する度合いは以前よりさらに高まった。更に、最近話題のネットで不用品を売り買いするサービスのC社も昨年上場したばかりだと言うことを知ったりもした。株に関心があると、とりあえず株価を見てみたりするものである。C社の株価を見た沙優は驚いた。2878円と彼女の持っているB社の株価と近かったのだ。B社は条件から当てはまる会社をさがして見つけたもので、上場はしているが正直聞いたこともない会社である。しかし、C社は違う。今やたいてい人が聞いたことはあるサービスで、のりにのっているところである。こうなったら欲しくなってしまう沙優である。調べてみると、売り上げは毎年増加しているし、時価総額もまだそれほど大きくない。ただし、当期利益は減少しており、これは将来に投資しているためだと思われた。
沙優は早速、B社の売り注文を出した。今日の終わり値で売っても2万ほどの利益が出るので、下手に高く売ろうとは思わなかった。早く売る方を優先したい。とは言え、やはり成行は怖いので指値である。さっさと売ろうと、終わり値よりさらに5円低い値をつけてみた。
翌日、昼休みに職場の片隅で携帯を開くと、株が売れたという通知メールが届いていた。そのままC社の買い注文を出したかったが、さすがに職場でアプリを開くのは気がひけたので、仕事が終わってから買い注文を出した。ついでに証券会社のマイページで、今日の取引を確認する。低めの売り値をつけていたのだが、それより高く売れている。指値ではあったが、高く売る分には問題ないので、沙優がつけた値段を下限として、その範囲内で高く売ってくれたのだと沙優は理解した。成行だったらもっと高く売れたのかも知れないが、あまり細かいことは考えない沙優はこの結果に満足した。
「なんか得した気分」
さらに今日の利益をみて喜びにひたる。
「2万円儲かっちゃった」
沙優はそれより高いお給料をもらっているし、バイトをしていた時でもこれ以上は普通に稼いでいた。お年玉やお祝い金ももらったことがあり、その中には2万円より高いものもあったが、働かずに自分の力で儲けたと思うと何か違う感慨のようなものがあった。しかも株で得た利益に対して税金を免除するNISAを使ってB社の株を買っていたので、これはそのまま彼女のものになるのだ。
「なんか才能あるんじゃない」
沙優には調子に乗りやすいという欠点があった。すでに投資で成功した未来像を思い浮かべてしまっている。ビギナーズラック特有の症状な気もする。
C社の買い注文はB社の売り値と同じ価格に設定したので、やきもきしながら数日待つ必要があったが、沙優はC社の株も買うことができた。
この作品中の会社、人は全てフィクションです。