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聖女の相棒は横暴な聖騎士様  作者: 蔵前
第一章 守りの意志
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かの男と聖なる乙女は手を結ぶ

 クラインは私に逃げろと言った。

 あんなにも私を揶揄うだけの、いいえ、私をぜんぜん認めていないような男が、怖かったら逃げろなんて言ったのだ。


「騎士ジアーナ」


 彼は私の呼びかけになど答えず、私から体の向きを変えた。

 彼は一人でやるつもりなのだ。

 彼が真っ直ぐに視線を向ける方向では、私のせいで斜めになった巨大建造物が地獄への誘いのようにして異常な轟音を立てている。


 彼の視線はすでに守り石にしか向いてはおらず、私の涙を拭ったばかりの男のくせに、私の存在などあっさりと切り捨てた様相である。


「騎士ジアーナ。待って!私にこそ責任があります」


 彼は私に視線を動かし、軽く微笑んだ。

 皮肉そうに。


「私の為に命を掛けないで。あるいは、素晴らしいあなたの事を永遠に忘れませんわ。そんくらいは言おうか?」


 クラインの皮肉な物言いに私は頭にかっと血が昇っていた。

 彼は不真面目な言い方をしているが、私の為に命を掛けようとしているのだ。


「あなたは、お命をお捨てになるおつもりでしたの?簡単に捨ててしまえるなんてお安い命ですわね」


「聖女サマの盾になる、が、とりあえず聖騎士の職務の一つですから」


「まあ、嬉しい限りでございますわ。守り石の保守運用こそ聖女の職務の一つでございますから、私こそ責任をもって事に当たらねばなりませんのに」


 そこで私は一拍置いてから大きく息を吸い込んだ。

 次の台詞を言ったら後戻りが出来そうに無いもの。

 私の守り石が弾けたとしても、あとの聖女五人の石があればこの国にすぐに災害が起きるなんてことは無い。新しきアプリリスの着任と新しき守り石の設置まで、五人の聖女様達が世界を守ってくれるはずだ。


「騎士ジアーナ。私は石から離れる事はできません。私はこの石と共にあり、この石と共に世界を守る者です。あなたは私の意思を首都の聖務局に伝えて下さい。ではさようなら」


「聖女サマのお望みのままに」


 え?すごいあっさり、じゃない?

 自分が盾になりますから逃げろって、それこそポーズでございました?

 もしかしてああ言えば、馬鹿な私は逃げないどころか逃げちゃった彼に責任が無い形になるように責任を取ろうとするだろうって、作戦だった?


 ハハハハ。


 クラインが若々しく溌溂とした笑い声をあげた。

 え、目元の涙を拭ったって、涙を流すぐらいにおかしい事なの!

 私はやっぱりクラインにいいように騙されたってことなのかと、現在の危機的状況も忘れて呆然とクラインを見つめてしまった。

 嫌がらせなのかと思うぐらいに無邪気に笑う男は、まるで友人にするみたいに私の顔を指さした。


「その顔!俺にいて欲しいならいて欲しいって言おうか。この意地っ張り」


「き、騎士ジアーナ」


「ではでは、たった二人残った俺達で、さあ、なんとかいたしましょうか」


「二人で?あなたは残るの?」


 私の思考は真っ白になった。

 クラインの言葉に驚いたからでは無くて、彼の言葉と表情で私の頭の中の混乱がしゅっと音を立てて消えていたのである。

 それは、彼の言葉で彼への信頼が急に生まれたのでは無くて、一人で頑張らなきゃいけないと思っていた私から力を抜いてくれたからだろうか。


「お願いします。騎士ジって」


 私の口はクラインの大きな手で塞がれた。

 彼はその美しい海そのものの真っ青の両目で私を軽く見据えた。

 それだけで私は動けなくなったのに、彼は私の口から手を外しながら、左目の瞼だけ閉じて私を揶揄うような笑みを見せたのである。

 私はこの無礼な男の振る舞いを叱るべきなのに、私の心臓が大きく勝手にときめいて声が出ない、なんて!


「いい加減にクラインと呼べ。俺が尊すぎて呼べないんだったら様をつけてもかまわないからな」


「あなたこそ私の名前をお呼びになったら?様は必ず付けて」


「ハハハ。いいね。だが、誰がお前なんかに様を付けるかアプリリス」


「騎士ジアーナ!」


 彼は笑いながら腰の鞘から剣を引き出すと、守り石に向かって跳ぶかのように腰を落とした体勢となった。

 石を睨む彼の横顔から笑いは消えていた。


「何をするおつもり?」


「とりあえず動く。下がった角を叩きゃ石の座りが良くなるんだろ?」


 クラインは斜めになった石を真っ直ぐにするために、下がった角を上げようと剣を振るうつもりなのである。

 守り石は小屋一軒分の大きさよ。

 人間の力で動かせると思うの?

 石に触れたところであなたは石が纏う火炎魔法で丸焦げになってしまうわ。


「あなたは!ま、待って、騎士ジアーナ。それは危険すぎるわ」


「クラインだ!」


 私が止める言葉に対して、彼は自分の名前を呼べという返ししかしない。

 名前を呼んだら思い直してくれる?

 いくら危機的状況でも、あなたを死なせる訳にはいかないわ。


「クライン!危険な事は止めて!」


「一緒にやるんだろう?俺達は」

「え?」


 彼は柄を握った手を額に当てた。

 彼の周囲は渦を巻いた風が起き、白い聖騎士の制服の裾がはためいた。

 それはまるで天使がこれから空に羽ばたくようでもある。


「海竜王ギュメールの祝福を受けし我に海からの守りと助力を!」


「え」


 聖騎士ジアーナは何に祈りを捧げた?


 守り石に対峙するためにクラインは補助魔法らしきものを自分に掛けたが、彼が魔法の為に祈りを捧げたのが海竜王ギュメールとは。

 聖女である私はちょっと待てと、思考が固まってしまった。


 いいえ。

 ものすごい勢いで思考がグルグルしていたと言った方が正しい。


 だって、海竜王ギュメールって、漁師さん達が大昔から航海の無事と大漁を願って奉じている民間伝承の神様よ。

 私達の神様は、唯一神のサーレでしょう。

 どうして聖騎士が民間伝承の神様の名前を唱えているのよ!!

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