かの男ははしゃぎ聖女は世界を崩壊しかける
クラインを叱責するどころか反対にやり込められてしまっただけの私は、その日から鬱々としながら過ごすことになった。
それなのに元凶のクラインこそ何事も無かった顔をしているし、態度も変わることも無いから尚更にむしゃくしゃする。
それでも私は聖女だ。
大事な日々の仕事を私は何事もない顔でこなそうと頑張ったが、その仕事の最中に肌に感じるクレインからの視線が気になって仕事に集中できないことがしばしばだ。視線を感じて振り返れば彼が見ている、のは、私の自意識過剰な思い込みでは決してないはずだ。
だって、必ず目が合うし、目が合うやひょいと左眉をあげたりしてくるのよ。
そして、そんな意思の疎通は無いのにあるような環境はストレスが溜まるばかりで、仕事をする私の手元を狂わせる要因となっているのである。
「人のせいにするなよ」
「ぐぐ」
クラインの物言いに私が言葉を詰まらせたのは、たった今、私が大きなミスをしてしまったからだ。言い返せない!
「どうしたんだ?最近ダメダメじゃないか。いや、元からですか?」
「さいきんです!」
「ハハハ、正直!」
悔しいがクラインの言うとおり、最近の私は駄目駄目だ。
私はクラインとの執務室でのあの日から三日足らずで、片手の指の数以上のミスをしてしまっているのである。
天候の読み違え、二回。
医療過誤になりかけ、三回。
そして、片手の指の数を超える事になった本日の失態。
神殿の守り石の回し損ね。
「こりゃやっばいなあ。たるんでないか、聖女サマは。仕事中に俺をチラチラ見てくるし、この間の俺に恋でもしたか?」
「それ一番あり得ない!」
ああ、クラインのせいで、聖女としてあり得ない声と言葉を発していた。
クラインは私のぞんざいな返しに手を叩いて喜んでいるが、今はそんなふざけていられる状況かしら?
「あああ最悪だわ!」
私は頭を抱えて叫んでいた。
守り石は台座から落ちそうに斜めになって、それでも不格好でも回っている。
周囲には異常なガコンガコン音が大きく響き、私はこの失敗状態をどうしたらいいのかと途方に暮れるしかない状況なのだ。
神殿の守り石とは、掘っ建て小屋一軒分ぐらいの大きさのある正六面体の巨大石であり、全ての神殿の地下に安置というか歯車の一つとして存在している。
歯車と言っても神殿の歯車では無くて、この国の存続栄光のために張り巡らされた大昔の呪術の一部だ。守り石が正常に動く事でアランダルの運気を上げる事が出来ると言われているが、実際に保守点検している人間としては、守り石は運気向上なんかよりも大事な役目があると知っている。
知って震えている。
この国の地盤は弱く、火山帯の上に建国されていると考えれば、守り石が噴火や地震などの火山災害を抑えている重石であると誰もが気が付くはずである。
私達は火薬庫の上に家を建てて生活していたのだ。
宗教国家になるわけだわ!
さて、国の存続に必要な守り石の材質は、単なるクリスタルである。
ただし、それは外壁部分だけである。内部は空っぽ。守り石のその空っぽな内部は、それぞれの聖女によって聖女の属性魔法が吹き込まれて封じ込められているというものなのだ。
聖女が属性ごとに神殿に振り分けられているのはそれが理由。
私達は大きな魔法陣に組み込まれた術具そのものなのである。
そして、術具でしかない私は、注意に注意を重ねるどころかクラインへの鬱憤を晴らす勢いで、必要以上の出力となる炎魔法を石の中に放ってしまった。
無駄に大きなパワーを注入された守り石は台座の上で斜めになって、それはもう不格好に、ガッコンガッコンと異常音を立ててガタつきながら回っているという恐怖の状況にあるのである。
「守り石が、うわあ、初めての反抗期のガキみたいに騒いでいやがる」
当たり前だが聖女の守護者である騎士ならば、守護すべき聖女の横に常に控えているものだ。よって女官達が全員守り石の異常に脅えて避難したにもかかわらず、クラインは変わらず私の傍に残っており、現状についてふざけた解説台詞を唱えながら私への非難をして私の神経をさらにささくれさせている。
「このままじゃやっばいな。一番近くのハウイ村に避難指示出そうか?」
私はさらに、うわああ、と声にならない声を上げてしまった。
聖女の威厳など放り投げて、それはやめてええ!と叫んでしまっていたかも。
過去未来のアプリリスにおいて、大事な守り石を台座から落としかけたのは私だけになるに違いなく、近隣に知られたら二十八代目の間抜けアプリリスと永遠に噂されてしまうのは火を見るよりも明らかだ。
私は本気で途方に暮れてしまったのに、私の横で楽しそうな笑い声が弾けた。
クラインだ。
「アハハ。うわああ、だって。まんまガキの悲鳴じゃないか」
「騎士ジアード!あなたもさっさと逃げたらどうなの!」
「俺はお前を逃がすのが仕事だよ」
「ジアード」
金色に輝く憎たらしいだけの無駄に美貌の騎士は、私の女官達には向けた事のない笑みを私に向けたではないか。
目尻をほんの少し下げ、口元だって柔らかく微笑むという、作り物ではなくて近隣の村の男達が子供や妻に見せる笑い方だった。
クラインが私に向けた笑顔を受けた事によって、きゅっと私の胸が痛んだ。
素晴らしい笑顔の彼にドキンとするどころか、悲しみが喉元にまでせり上がってきてしまった。私はそんな心の痛みに襲われてしまったのである。
どうして私がそうなってしまったのかは、考えるまでもなくわかる。
否定していたけれど、私に生まれたばかりの赤ん坊の祝福を求める若い家族に対し、私は祝福を与えられる誇らしさよりも羨ましいと悲しくなっていたのだから。
彼らの様な愛し愛される幸せは私には一生無い。
「謝るよ。これがお前との最後になりそうだしな」
クラインは彼が絶対に言いそうもない台詞を発した。
私はもの思いから覚めた。
冷めるしかなかった。
クラインは彼の左の手の平で乱暴に拭う様にして私の右の頬を撫で、私は自分が涙を零していたのだと初めて気が付いたのだ。
「怖いんだろ。いいから逃げな。俺がなんとかする」