別の女に見えるお前が嫌だった
クラインは私に彼から与えられる罰があると言い切った。
私達が婚約どころか結婚しているのならば、そしてそれがまだ口約束だけという白い綺麗なものならば、いつだって解消できる契約だ。
彼を愛する私が彼の為に彼を解放する、そのことを彼は罰と言っているのであろうか。
私は彼を愛しているだけなのに。
そんな気持ちこそ重荷だと言いたいのか。
「どうしてそんなにも私に罰を受けさせたいの?」
「お前は本当に無邪気だよ。好き勝手に振舞い過ぎる。俺はお前を理解していたはずなのに、次には俺の全く知らない女になってしまうんだ。これじゃあ罰を与えたくなるだろう?」
私を後ろ向きに抱く男はさらに腕に力を入れて私を自分に押し付け、あろうことか私の頭に顎を乗せてきた。
まるで犬か猫になった気がするが、彼に包み込まれている感覚に私の体は溶けるみたいだ。私の体から自然に力は抜け、私は自分から彼に寄りかかっていた。
いいわよね、これぐらい。
私は彼の望み通りに彼を解放してあげるのだから。
「寝るなよ。罰が増えるぞ」
「私が嫌ならそう言って」
離れようと身を捩る。
なのにさらに抱きしめてくるとは。
「クライン?」
「お前が嫌なわけ無いだろ?俺を嫌がるのはお前だ。そんな俺とこれから長い長い人生かけて付き合うしかないんだ。お前には罰でしかないだろ?お前を解放してやりたいのに、お前がふざけたことして俺の気持を奪っていくんだ。俺に決意を鈍らせやがった。その罰は受けてもらわなきゃ、だろ」
「そういう、こと、なの?」
呆然としていた。
世界がぼんやりと不確かなものになって行くのは、クラインのたった今の告白で、私の両目から涙が溢れてきているからだ。
嬉しくて!!
「寝るな、って、泣いているのか」
「は、放してくれる?」
クラインは私を離さなかった。
私はクラインを振り払うべく体をひねった。
「そんなに嫌か?わかったからもう少しだけ待ってくれ。お前を手放す気力を俺は奮い立たせな――」
「違うの!後ろ向きが嫌なだけ!」
「リイラ?」
「こんな状態で愛を語られるのは嫌だわ!私はあなたの顔が見たいの!あなたの顔を見て、あなたに今すぐキスをしたいの!いいえ、このままあなたを押し倒して私達の綺麗な結婚を本物のものにしたいのよ。今すぐにでも!!って、きゃあ」
笑い声を高らかに上げたクラインによって私はグルんと振り返らせられ、私が望むようにして私はクラインと対面する事となった。
彼の髪は青い海を照らす太陽の輝きだ。
私に微笑む彼の青い瞳は、カラバリの青い海そのものだ。
私は私が求める理想で希望の世界でしかない人を真っ直ぐに見つめ、ひねくれ者の彼でも間違う事のない言葉を差し出した。
心の底から。
「あなたを愛しているわ」
クラインは笑みを崩さなかったが、私の言葉にあまり感動してはいないどころかウンザリしたような雰囲気を醸し出した。
目が笑っていないものに変わったもの。
「どうしたの?嬉しくないの?」
「俺の知っているリイラはいつだって俺を愛していた。今さら?」
「もう!!私の気持を分かっていて!!」
クラインは欲しかったお菓子じゃ無かったと駄々を言う子供みたいに唇を付きだし、私はその唇に軽いキスをしながら次の言葉を考えた。
彼は私から何が欲しいの?
何を言って欲しいの?
俺にふざけたことをして俺の気持を奪っていく。
そうよ、それって一緒に逃亡してからの話じゃ無いの。
私はクラインにもう一度キスをした。
今度は鼻の先を齧るようにして。
「お前っ」
「あなたを食べたいぐらいに愛しているわ。今の私の愛は、ええ、今度こそ色情狂って烙印が正確なぐらいの大人の愛だわ。そしてこの愛は、たぶん、アプリリス神殿で無作法な聖騎士のあなたに出会った日からのものよ」
クラインは、ぷはっと声を出さずに大きな笑顔となり、お返しのようにして私の額にキスをした。台無しになるようなぶちゅッという音をさせて。
「クラインったら」
「気が合うなってな。何度でも言うが、俺こそ知らないお前に出会う度にお前に惚れていった。助け出したら俺との結婚からお前を解放するつもりだったのにな。お前を俺の人生に付き合わせるという罰ゲームに参加させたくなった。独り身の俺はお前の親父の跡を継いで、大海原に漕ぎ出でて、そこいら中の美姫と良いことしようと企んだのにさ。お前のせいで全部台無しだ」
クラインは言うや、今度こそ、私の唇に口づけた。
しかし、私に食べられまいという風にすぐに唇を離し、笑いながら呟いた。
「残念だ」
「ざんねん?」
「俺はお前しか欲しくない。こんなザンバラな髪にして喜ぶ火の玉ねえちゃんにしか欲情しないなんてさ、俺は男の中の男なのか、終わってんのか、どう思う?」
「いやだ、もう。本気でろくでなし。本気であなたとの一生が罰ゲームみたいに思えるじゃ無いの。最高に面白そうなご褒美だったはずが」
「ご褒美か?」
「ご褒美よ。あなたがそばにいるだけで凄く幸せだもの」
「俺がいるだけで?財宝はいらないのか?」
「あなたが財宝でしょう?」
「ばか。宝石の一つや二つ強請っとけ。そうしないと男は働かないぞ」
「それはあなただけでしょう。では、あなたの瞳と同じ色の宝石をちょうだい」
「残念だな。青い宝石は絶対にやらん。お前がうっとりと見つめるのは俺の瞳だけなんだよ」
「じゃあ。ずっと私のそばにいて」
「当り前だ」
私達は見つめ合い、そして同時に両目を瞑った。
それから、妻と夫として、これこそ誓いの口づけになるようにと、顔を傾け合いながら互いの唇へと近づけた。
「いいかげんにしてくれよ!!」
私達はピタッと動きを止め、この場に私達が忘れ去っていた寂しがり屋で傷つきやすい弟がいた事を思い出した。
セニリスは、世界を滅ぼしてやりたい、と言い出しそうな怒り顔で腕を組んで私達を睨んでいる。彼の身体には蔦が這うようにノヅチが二匹も絡まっていた。
「ガードなんかしなきゃ良かった!!兄さんとリイラのバカ!!」
私を毒の水から守った空気の盾はセニリスによるもので、クラインはノヅチを避けるために魔法を使わなかったようである。
自分の夫が本当にろくでなしだと思い知った私は、夫のほっぺを思い切りつねった。




