彼はどこからどこまでもろくでなし
私は何も考えずにクラインに口づけていた。
アラメアが彼女の体をクラインの体に軽くぶつけたその所作が許せない、それだけで頭が怒りで真っ赤になってしまっていたのだ。
そんな私が一瞬で気持が落ち着いたのは、クラインが私の行為を嫌がるどころか喜んでくれた事と、アラメアが私を睨む目が怖かった事であろう。
どうしてそんな目で睨むのよ?
私は別な闘志が湧いて、アラメアを睨み返した。
すると、アラメアは殴られかけた人がするような仕草、つまり小さな悲鳴を上げながら身を庇う様にして一歩後ろに下がったのである。
「きゃっ。ごめんなさい!こ、こんなあからさまに男性に性的な事をなさるから驚いてしまっただけよ!そ、そんなに睨まないで!」
廊下を歩く人達が足を止める。女性は興味深そうに眺めてきただけだが、なんと男性は私をピンポイントで睨んできたではないか。アラメアの驚く様子にまず目を丸くして、その後に私が諸悪の根源だという風に。
私がクラインに抱き留められている点で、私こそアラメアからクラインに庇って貰えていると考えたりしないのであろうか。
「どうどう。焼餅で松明のようになってるぞ」
「もう!あなたって揶揄ってばっかり」
「ひと目がある所じゃ揶揄うしかないだろ?」
確かに、クラインの言う通りである。クラインがふざけてくれたおかげか、私達を注目していた人達は一様に顔に笑みを浮かべ、そのまま自分の元の業務へと戻って行ったのだ。
「あなたはさすがね」
「ご褒美はいつ貰えるんだ?」
クラインは嬉しそうにニヤニヤ笑い、私を自分の胸にさらに押しつけた。
その仕草に私のどこかがざわざわし始める。
そんな私を知ったという風にクラインは喉を鳴らす笑い声を立て、さらに私をどきどきざわざわと追い立てる。
「え、ええと、クライン?」
「クライン様。私はもう大丈夫ですから、リイラ様をお放しになって」
私とクラインは同時に動きを止め、同じ動きでアラメアを見返した。
彼女は自分を取り戻したかのようにして、母親がいたずらっ子を見守るようにしてニコニコと微笑んでいるではないか。
「アラメ――」
「クライン様ったら過保護すぎるわ」
「そうね。彼は私を守ろうと――」
「ええ。大事な妹が道を外さないように、それはもう気を付けていらっしゃる。素晴らしい人だわ。でも、このままでは彼が幸せになれないって、あなたこそ気が付くべきだと思うの」
「アラメア?君が俺をどう思っているか知らないが――」
「リイラ様とクライン様は、互いを思いやっているからこそ、互いを見誤っていると私は思います」
クラインの言葉を遮って自分の考えを言い切った彼女は、私へと腕を伸ばすと私を自分の方へと引き寄せた。それだけでなく、彼女は仲が良い女性達がするようにして、くすくす笑いながら私の耳に囁いて来たのである。
内容は仲が良い女性同士が交わすものでは無かったが。
「あなたが忘れているアプリリスについて教えてさし上げる」
アラメアの顔は無邪気そのものの笑みを崩してはいないが、両目は底意地の悪さを見透かせるような暗い輝きを放っている。
私は彼女に教えてもらう事など無いと言おうとしたが、彼女は親密そうに私の腕に腕を絡ませてさらに引っ張った。
私とアラメアはクラインから数歩離れた先にいる。
アラメアの顔は勝ち誇った表情そのものだ。
「何だというの?」
「前聖女は色情狂だった。前の聖騎士は事あるごとに、聖女様は抱きたくなる女だと豪語していたの。どういう意味か分かるかしら?」
「私は色情狂の聖女では無かったし、バロウスが私に無体な事をした事は一切なくてよ?」
「あら?あなたの真実はそれでも、クライン様は別の真実を信じていらっしゃるのでは無いの?大事な妹同然のリイラを守ることが人生のように思われている立派な方よ。いざ助け出した娘が純潔でないならば、結婚という手段で守らねばならないと考えていらっしゃるのでは無いの?」
言葉を失った私に対し、アラメアはさらに意地悪そうに口角を上げた。
口元と一緒に目尻も吊り上がり、まるで祭りで被る悪い精霊のお面のようだと私はぼんやりと考え、それが私の遠い記憶を呼び戻した。
思い出したら笑っていた。
泣き出したいほどの切なさを持って、その祭が何であったのかを私が思い出したからだ。
まだ幼いクラインはセニリスの状態に落ち込むだけだった。
そんなある晩の出来事。
真夜中に屋敷を抜け出した私を守らねばと私の後をつけ、カラバリに裏の顔があると彼が知る事となった祭りの思い出だ。
「わかってくださった?あなたの気持はわかるわ。でもね、愛しているからこそ身を引くのが一番よ。私はアラメア・ブレオ。実家は子爵家なの。クライン様を伯爵に戻せなくとも、彼の子供をレブチア伯爵家に返り咲かせることは可能よ。私と彼の子供がセニリスの養子、あるいは、レブチア伯爵の養子となるの」
「養子って、セニリスはまだまだ未来が」
アラメアは美しい瞳を煌かせたが、彼女の瞳の輝きはサメのような無機質なものにしか見えなかった。そのせいでフェブアリスが唱えた台詞を思い出したのである。
「重水だ。生き物を殺す水」
パアン。
廊下には大きな音が響いていた。
私達に興味を失っていた周囲の人間の視線が再び私に集まった。
だが私は、自分が叩いた女性に対して、さらに大きく腕を振り上げていた。
「な、何をなさるの!」
パアン。
先程よりも強く叩いたのでアラメアは尻餅をついた。
私を取り押さえようと動く人たちがいたが、私とアラメアの周りをひゅっと炎が円を描いたので彼らは誰一人動けなくなった。
私は床に尻餅をついている女を見下した。
心の底から。
「あなたは、クラインをわかっていない!!」
「わかっておりますわ!高潔な方です」
ダン。
私は床に右足を打ち付けた。
アラメアは、ひゅっと息を飲み、私は彼女に覆いかぶさるように身をかがめ、アラメアが誤解するクラインの真実を教えてやった。
「わかってないわよ。クラインはろくでなしなの」




