欲するならば自分で奪え
セニリスが口にしたのは、三年前の出来事の続きであった。
三年前のあの日、私を助けようとしたクラインは寮監のゴーレム達によって半死半生にされ、私はその場から移動魔法で神殿に飛ばされた。
だから、私には知り得なかった、あの夜のあの続きである。
一人取り残されたクラインは、反逆者として聖務局に移送されたというのだ。
反逆者として収監されたのであれば、翌日に処刑されてもおかしくない。
「そんな、そんなことになっていたのね。それでクラインを助け出すためにあなたが牢破りをしたの?」
「僕は君の為に聖務局のガンダルを落とした兄さんみたいなことはできない。あの日の兄さんと同じ十三歳でも、僕は無力だった。僕にできた事は、聖務局に押しかけて、全部我が伯爵家の問題だって大騒ぎするぐらいだった。跡継ぎの自分が全部責任をとるってね。それで兄さんの身柄を引き渡して貰ったんだ」
「素晴らしい機転だわ」
「そうかな?そのせいで兄は確実に死ななきゃいけない事になった。領地にて、父であるレブチア伯爵の手によって、兄さんは処刑された事にならなきゃいけなくなったんだ。兄さんだけが自慢だった父さんが、僕のせいで、兄さんを家名からどころかこの世界から消さなきゃいけなくなったんだよ」
「え?」
「だから兄さんはジアーナ姓を名乗っているんだよ。書類上はレブチア伯爵の長男は死んだことになっている。だからね、兄さんは何をどうしてもレブチア伯爵になることはできないんだ」
そこでセニリスは、ふうっと溜息を吐いた。
とても悲しそうに。
私は指先で、トントンと、セニリスの腕を慰めを込めて叩いた。
「あなたのせいなんかじゃないし、クラインは伯爵の器じゃないわよ」
「そうかな。伯爵領では誰もが兄さんを望んでいるよ。伯爵になれなくとも、女の人は皆が兄さんを選ぶじゃないか。あの頃のリイラも兄さんが好きだったから、僕に優しくしたのかな?」
「それは無いわ。あの頃の私はあなたのお姉さんな気持ちだったし、あなたは私の一番の遊び友達だったでしょう」
「――そうだね。いっぱい遊んだ」
「そうよ。私はクラインのこと、意地悪で煩いお兄さんとしか思って無かった。それにね、あなたは自分がまだ十六歳だって気が付いている?結婚相手を考えたら、それなりの年齢の人を選ぶものでしょう?」
「子供って言いたいの?兄さんは十六歳の時でさえモテていたよ」
私は逃亡中のクラインが、いつでもどこでも場慣れしていたと思い出し、胸をムカムカさせてしまった。
だからか、セニリスに対して少々意地悪な物言いをしてしまったかもしれない。
「あなただってモテているはずよ。でもクラインとあなたが違うと思うのは、あなたを誘ったらあなたが困るだけってわかるからでしょう」
「ほら、やっぱり僕と兄さんは違うってリイラこそ言ってるじゃ無いか」
「ああもう!ああ言えばこう言う!そのイジイジしたところが女の人にモテない悪い所なんじゃないの?」
「ひどい!君はなんて意地悪になったんだ!兄さんはどうしてこんな意地悪を好きになったんだよ、おかしいよ」
ここで私はセニリスに失礼だと怒るべきなのに、今のセニリスにはやっては駄目な振る舞いをしてしまった。
傷ついているセニリスをさらに煽る振る舞いをしてしまったのである。
うふって、嬉しそうに笑ってしまった。
アラメアにクラインを分捕られた現状として、クラインが私を好きなんて他の人から言ってもらえるのはとても嬉しかったのだ。言ってくれたのがクラインの事を良く知っている弟ならなおさら。
「さいってい!!リイラって最低だよ!記憶喪失の時のアプリリス様の方が良かった。ああ、そうか。それで兄さんは君に惚れたんだね」
「いいえ。変わっていませんわよ、わたくしは。大体、男と女の前でコロコロ態度が変わる方がおかしいでしょうが!!あなたがモテないのは女性の外見しか見ていないからじゃ無いの?」
「君こそ外見ばっかりでしょう。あんなに大嫌いって言ってた兄さんに今じゃメロメロじゃないの。兄さんは神様みたいに神々しいものね。再会した僕になんか一瞬たりとも興味を示さなかったし」
「もじゃもじゃカツラの口髭男に惚れるわけ無いじゃない」
「ほら!外見だって告白してる!」
「もう煩い!そんなにアラメアの事が好きなら奪ってきなさい!」
「君こそ兄さんを奪ってきたらどうだ?」
「今は大事なお仕事中で、男にうつつを抜かしている暇はありませんの」
「そう?単に負けて引きこもっているだけに見えるけど?」
「あら?あなたがここにいるのはそれが理由だったの?」
「ムカつく!!」
私とセニリスは睨み合い、額をくっつける程に顔を近づけ合った。
まるで二羽の鶏が互いに威嚇し合う間抜けな姿だと思ったが、私達は睨み合いながら幼いあの頃に戻って行くのを感じていた。
見つけた綺麗な貝殻を奪い合った時のような、どちらが最後に残った焼き菓子の一欠けらを食べるのか、そんな争いごとをしていたあの日だ。
クラインがそれを全部奪う。それで私達は仲良くクラインを罵るのだ。
楽しかったあの頃。
睨み合う私達の両目には同じように涙が溢れ、睨み合った私達はほとんど同時に、互いに両腕を差し出していた。
「リイラ!無事でよかった!」
「あなたこそ!私を助けてくれてありがとう!」
「俺の頑張りは全否定か?」
抱き合っていた私とセニリスは、クラインの声がした方へと振り返った。洗濯室の戸口には、不機嫌そうなクラインが腕組みして偉そうに立っている。
彼の隣には、もちろん、自分こそクラインのパートナーだという顔をした美女が勝利者のような笑みを浮かべて立っていた。
「もう。そんなことありませんわよ」
アラメアはまるで妻のようにして、クラインの体に自分の体を当てた。
トン、っと。
私はセニリスから腕を外すと、真っ直ぐにクラインの前に行った。
そして、クラインの襟元を掴んで自分の方へと身を屈めさせた。
「お疲れ様、あなた」
私の唇が触れた途端に彼の真一文字だった唇が綻ぶ。唇を重ねただけのキスの後は、彼の両手が私の腰に回された。
私を自分の腕の中に閉じ込めたクラインは、アラメアに顔を向けた。
「たしかに。俺のリイラはそんなことなかったな」
私はクラインのシャツを強く掴んだ。
クラインの自慢そうな声に心躍ったからというよりも、アラメアが私を睨む目が、それはもう恐ろしかったからだ。




