私こそ、の立場でしょ?
私が昨晩床で寝たと聞いたクラインは見るからに憤り、私がムカつく女だと罵倒してくれた。
その罵倒に、誰にも助けを求めない、という一言が入っていたのならば、彼こそ私が彼に助けを求めるのを待っていた、ということなの?
今だってクラインは私の腰に腕を回し、私を守るように自分に引き寄せている。
そして私はこれだけでなんだか幸せな気持ちになっていて、幸せな気持ちのままクラインの胸に右手を添えていた。
「どうした?」
「クライン、あの」
昨日までの私達の空気感が取り戻せたような気がしてた。
そんなのは私の錯覚だろうに、私はクラインに触れた手を動かせなくなった。
「いいから言ってみろ?」
「そんな!!床に寝られるのでしたらベッドをお使いになればよろしいのに。そんなに私と同じ空気が吸いたく無かったのですの?」
「まあ!他のお部屋で寝ていたと思ったのに、あなたはそんな当て付けをしていたの?朝は部屋にいなかったから気が付かなかったわ」
「朝食前に果たすべき職務を果たしていただけよ」
私はアラメアとロセアに言い返していたが、せっかくのクラインとの雰囲気を壊された怒りでとっても嫌な言い方となっていた。
「職務?夜のお祈りをされなかった代りかしら?」
「いいえ、アラメア。この子は昔からお祈りから逃げていた子よ。夕べの祈りを捧げないこの子が、朝の祈りを捧げていたとは思えません。私達への当てつけで部屋を出ていただけでしょう」
「当てつけだなんて。あなた方が姿をくらます時は当てつけって覚えておくわ」
「リイラ!」
「お母様。お母様のおっしゃった言葉の一つは正解。そうよ。私は祈りなんか捧げていないわ。昨日の騒乱の後片付けをしていたの。上に立つ者こそ誰よりも早く起き、見本となるべく働くべきなの」
これこそ母とアラメアに、人の上に立ったことが無いあなた方には、という意味での当てつけとなろう。
でも、神への奉仕を唱える彼女達こそ、どうして騒乱の後片付けをしようという考えにならなかったのだろうか。
騒乱などが起きれば、裏の人間は日常を取り戻すためにいつもの二倍は働くことになる。一人でも手が欲しい状況だと分かっているのだから、自分の出来る事をして動くべきだと考えるまでもないのに。
とにかく体力と力が必要な洗濯仕事を私が今朝買って出たのは、この現状への、いいえ、自分の中のイライラを吐き出したかったからもあるけれど。
「でしたら誘って下さればいいものを。ああ、それで朝から女中達が冷たいのね。怠け者だと思われたのだわ」
「可哀想に、あなたのせいではないわ。アラメア。あなたはゆっくりしなさいって言葉を信じていただけなのだもの。リイラ。あなたはこの結果を分かっていたのでしょう?あなたは少し陰険では無いかしら?」
私を寝室から追い払う原因となった女と、私を追い出した実行犯が、すべて私が悪いという風に声を上げてくるなんて。
そして何てことでしょう。
アラメアは今にも泣き出しそうに両手で口元を覆って顔を下げ、セニリスが隣に座る彼女を守るようにして私に怒りの視線を向けている。ロセアは傷ついたアラメアを慰めようとアラメアを抱く様に腕を回し、私を睨みつけているではないか。その姿は親鳥が雛鳥を守る姿そのものだ。
ケレウスはアラメアを見つめたいのか私とクラインを見返しもしていないが、ウンザリしたような大きな溜息は彼からしっかりと聞こえた。
「すごい。全部私が悪いみたいね」
「ほんっとにムカつく女だ」
クラインは忌々しそうに吐き捨てた。
でも私の腰に回した彼の腕は、解かれるどころか強さを増した。
だからか、私は一昨日までの聖女の気概を取り戻せたのかもしれない。
女官達に、怒りんぼうの子供ですかと苦笑いされる程度の、単なる負けず嫌いな振舞いだろうけれども。
「ごめんあそばせ!!私は一昨日まで聖女だった者です。私は民の眠りを守る者ですから、誰かの安眠を邪魔しようとは決して思いませんの。それに、この程度で陰険?哀れ?本当の哀れは四面楚歌な私じゃ無いの!!」
「ぜんぜん哀れじゃない。お前はやる気があるのかよ」
クラインは笑い、私を小馬鹿にする口ぶりと反対に、さらに私を自分に押しけたのである。もうほとんど抱き締めている状態だ。
「な、なんの、やる気よ?」
「男の庇護欲を掻き立ててものにする?」
「馬鹿な事を言わないでよ。馬鹿な男達の庇護欲なんか邪魔なだけじゃない」
クラインは吹き出した口を手で押さえてぐふっという音を立てたが、セニリスとケレウスは図星をさされた男達が出す牛の唸り声を出した。
小さな拍手とクスクス声は、朝食の配膳係の召使達だろう。
私の味方はちゃんとここにいる。
そこで私はアプリリスであった自分を取り戻していた。
今の私は、借金塗れで何もかも失った惨めなリイラじゃないのよ。
私の神はサーレじゃ無くとも、偽物の聖女だったとしても、三年間は治療院や神殿内を切り盛りしていた実績があるのだから。
私はクラインを押しのけて彼の腕から離れると、腰に両手を当てた。
「さっさと食事を終わらせなさい。アラメア、あなたが聖女候補生だったのならば、回復仕事は得意でしょう。昨日の騒ぎで怪我した人達の治療にあたりますのであなたも参加しなさい。それから、お母様。あなたも」
私は言い切ると、アラメアとロセアの答えを待つことはせずに、クラインに向き合った。
どうしてこんなにも楽しそうな顔をしているの?
私は彼の無邪気さに腹を立てたそのまま、彼の胸元のシャツを掴んだ。
クラインは私の素振りに怒りを見せる所か、きらっと海色の瞳を輝かせて、さらに笑みを大きくした。
「深窓のお嬢さま達がお食事を終えられるまでひと眠りしたいわ。クライン?私に床じゃなくてベッドを提供して下さるかしら?」
「喜んで。俺というクッション付きで提供しよう」
「女が安眠できる男と告白するなんて、あなたも謙虚になったのね」
クラインは、あの宿屋でネコザメを呼んだ時みたいな意地悪そうな笑みで顔を輝かせると、なんと、私を持ち上げて自分の肩に乗せ上げた。
「きゃっ」
「おいケレウス。出来る限りゆっくり飯を喰えよ。俺はこの山猫を仕置きする時間がたっぷり欲しい」
「え、うそ、きゃあ」
私は山猫どころか臆病な家猫な気持ちだわ。
肩に乗せて振り回さないで!!




