大団円を振りかざした朝食会
聖女の役割が国土の保全であるというのは、変えることなど出来ない事実だ。
自然現象のエネルギーを聖女の能力によって抑え込み発散させる、という古に作り上げられた国家的な呪術であるのだ。
しかし、要となる聖女が人間ならば、老化によって力は衰えるのは必須。
純粋に代替えでしかなかった聖女の交代が、いまいましい化け物製造となってしまったのは、何代目かの聖女達の高慢が原因だろう。
私こそがこの国と民達の事を考えている。
私以外の者では、きっと世界に破滅を導くことだろう。
そうして聖女達は各々の眷属である精霊の力を使い、そこに自分の魂を乗せて新たな聖女候補生の肉体を乗っ取ったのである。
「と、いう事なのかしら?そんな可哀想な人達に同情したから乗っ取られてしまったのね。情けないわ。皆様にご迷惑をかけて、本当に申し訳ありません」
「君のせいじゃないよ。君だってこんな事情があったなんて知らなかったんだ。そうだろう?」
「セニリス。優しいのね、あなたは」
セニリスは神殿から私を逃がす方法を模索するために、魔法馬車を聖女達に売りつけて回っていた。そこでアプリリスとして振舞う私が記憶喪失である事を知り、聖女交代そのものに疑問を抱いたのだ。
そこで彼は兄であるクラインと相談し、聖務局そのものを探ることにした。
クラインがそれで聖騎士に返り咲き、セニリスが聖務局職員として潜入していたとは驚きだ。この兄弟は一体何なの?
その数か月後、国内にて聖女粛清の動きが起きる。
セニリスはこの事態に私を救うためと自分のガンダルを引き出して飛んだが、彼はフェブアリス神殿からの救難信号を受けてそちらに向かう。
心優しき正義のある彼が目にしたのは、聖女らしき女性が暴徒に暴力を受けようとしているまさにその場面だった。
何も考えずに彼は助けに入る。
二人乗りのガンダルが飛び立ったすぐ後に、フェブアリス神殿は暴徒への復讐の如き大きな爆発を起こしてこの地より消滅した。
アラメアの体の中に聖女が入って来たのは、あの爆発から命からがら逃げだす最中であったに違いないとセニリスは言った。
「ガンダルが凄く揺れた一瞬があったんだ。風ではない圧力を感じた。それで一瞬制御できなくなったけれど、あれのお陰で逃げ延びれたとも言えるね。だからさ、君が乗り移られてラッキーだったんだよ。僕には」
セニリスはアラメアに対して、絵本の中の王子様みたいに微笑んだ。
アラメアはそんな王子にはにかんだお姫様のようにして微笑む。
二人はとっても絵になる二人である。
絶対に祝福してあげるべき二人に見える。
なのに私がこの二人を祝福したくないのは、アラメアがセニリス以外を狙っているように感じるからであろうか。
「あなたは本当に優しいのね。セニリス。私はろくでもなかったのに」
アラメアがしおらしくするのは、フェブアリスの魂に乗っ取られていたアラメアが、アトロフスカを混乱に落とし込むべく動いてしまった、という昨日までの出来事に繋がるからだ。
「終わった事だ」
一番迷惑を被った領主様が、全て不問であると宣言された。
アラメアは尊敬と書き込まれた瞳を輝かせてケレウスを見返し、ケレウスは王者の風格でふふっと微笑んだ。
「私はもろに殺されかけたわよね。ねえ、セニリス?」
「謝ったじゃ無いか!だけどね、あの殺意は、そのまんま、君への愛情の裏返しでもあったんだ。大事な家族のリイラを喰った相手と聞けば、この世の塵に変えてしまいたいと思うだろう?」
「その誤解も私のせいですわ。セニリス様はあなたではなく、私が語ってしまった化け物に対して怒りをぶつけただけです。ええ、全部私のせいですわ」
セニリスは自分を庇うアラメアに感動したのか、胸いっぱいという嬉しそうな表情となった。けれど、へたをすればこの世の塵になっていた私が、すんなりとこのご両人を許せるはずもない。
本当に全部フェブアリスのした事考えた事、なのかしら?
そんな風に穿った見方しかしない私こそ悪なのかもしれないけれど。
「それも全部終わった事だ。操られていた時の事など全部不問だ。私など素面なのに何度クラインをこの世の塵に変えてしまいたいと願った事か!」
「ありがとうございます。ケレウス様。でもああも簡単に化け物に憑りつかれてしまったのは、私の心の中に黒い物があったからでしょうね。聖女になれば恋などできません。そんな身の上を考えれば、どうしても人の幸せを羨ましいと思う心は芽生えてしまいます。幸せそうなカップルを見れば、私もあのように愛し愛されたいと考えてしまいますもの」
「その心は誰も否定できませんよ。領民の生活を守らねばならない私こそ、幸せ過ぎる新婚夫婦に妬みの心を抱いてしまいます」
領主ケレウス様は、そんな自分の心を君に癒して欲しい、と続きそうな微笑みを銀色の美女に向けた。彼はアラメアが二十一歳と聞いて心が浮き立っている。
十六歳のセニリスには年上すぎるから自分にはどうか、ということだろうか?
「まあ!人格者であらせられるケレウス様でいらっしゃるのに」
「人格者?それは誰の事を言っているのかな?ケレウス様はこんなにも君を落したいと色めきだっているじゃ無いか。俺が君に男の見方を教えてあげようか?」
「クライン!!」
ケレウスとクラインは険悪そうに睨み合う。
銀色に輝く美女は、悪戯っ子ね、という目線で彼らを眺めてそっと微笑む。
仲間外れ状態の私は、自分に起きた出来事を自分の武器にした美女とそんな彼女を口説こうと頑張る男達を、ウンザリしながら見つめていた。
セニリスがアラメアに身を寄せ、彼女に囁いた。
「気を付けて。あいつらは最低だよ」
うふふとアラメアが体を捩じり、胸元が大きくユサっと揺れた。
セニリスの目は真ん丸に大きくなり、頬は真っ赤に染まる。
クラインとケレウスも、アラメアの胸元にさっと視線を動かした。
男達って。
私は自分の胸元を見下ろして、ちょっと身を捩ってみた。
揺れ具合どころか膨らみも分からない。
昼のドレスは生地が頑丈で清楚なものだから、私はそう思う事にした。
ぷっ。
誰かの吹き出しに私が目線を上げれば、クラインが笑いを誤魔化すような顔つきをしている。
私はクラインにこそ苛立ちながら、お茶のカップを持ち上げて口に運んだ。
全く、外は爽やかな朝を迎えているのに、私の心の中はもやもやばかり。
「アラメア?君はリイラに虐められてはいないかな?昨晩は君とリイラは一緒の部屋だっただろう?」
私はクラインこそ今すぐ虐めてやりたい、そんな気持ちを込めてクラインを睨みつけていた。
クライン?後で覚えていなさいよ。




