種明しと兄
言葉が出なくなった私を訝しんだのか、クラインは彼のシャツを掴む私の手をそっと握り返した。彼は自分シャツから離れた私の手を、彼が掴むその手の関節に軽く口づけた。
「ひゃふっ」
私は火傷した様にして自分の手を彼の手から引き抜き、胸に当てた。
自分の胸がどきどきと大きく鼓動している。
そして私をそんな状態にした男は、さらに私に追い打ちをかけて来た。
「どうした?怪我をしていたか?喉元を見せて見ろ」
優しい眼差しで私を見下ろしながら尋ねてくるなんて。
ああ、私の喉元にクラインの大きな手が触れた。
「くひゅ」
「どうした?変な音をだして。ああ、くそ!!痛かったのか!!赤くなっている」
クラインの癒しの魔法の波動を感じ、私の体は勝手に震える。
いいえ、それは彼の魔法を感じるからじゃない。
私の喉元を撫でる彼の手にエロティシズムを感じるからだわ。
そうよ、思い出して、彼が私にしたあのキスは?
そうよ、それに、クラインこそ私からのキスを望んだりしていたじゃ無いの。
彼だって私に情欲を感じていたはずだわ!!
「怖かったのか?その割にいいパンチを繰り出してたな」
気さくそうに笑うクライン。
私を誘惑していたクライン。
彼が私に妹へ思う気持ち以上があるか、そう、確かめるのよ。
私はごくんとつばを飲み込むと、クラインの顔を見つめながら勝負を賭けた。
「に、兄さんの教えのお陰ね。頑丈なやつだろうとムカつく奴なら眉間を狙えって。でも、そんなの女の子にするアドバイスじゃないわ」
クラインの両目は見開かれた。
しかしすぐに目は細められ、彼は彼の青い瞳を私に真っ直ぐに向ける。
まるで私を計るようにして。
「……リイラの真似事をするなんて、ふざけているのか?」
「ち、違う。思い出したから。思い出したの。私がリイラだって。リイラだったって。あの逃げた化け物。ロセアに憑りついていたあの化け物は、私に憑りつこうとして失敗した化け物だったのよ。私はリイラを食べていなかったの!!」
「それは知っている」
「知っていた?」
「俺はみんなお見通しだ」
「まああ!では私がリイラだって最初から知っていたの?」
「阿呆。俺はあのジョーゼフ様によって覗き映像出力機にさせられていたのさ。男がいない間の女の醜い争いを、どうぞ、ご観覧くださいってね」
私は夕飯を男女別々の場所にされた事と、ロセアが私にディナーナイフを向けたその時にクラインが飛び込んで助けてくれた事が理解できた。
「あなたはそれで都合よく飛び込んで来れたのね、二回も」
「都合よくってひどい言い方だな。危機に駆け付けて下さりありがとう、だろ」
「ありがとうございます」
「嫌々だな。すっかり思い出して嫌になったか?お前は俺には生意気な口しか利かない嫌な奴だもんな」
クラインは大きく息を吐き、私を自分の膝に座らせるようにして座り直した。
私はこの体勢に体がコキンと硬直した。
すると彼はそんな私を鼻で笑った。
とてもやりきれなさそうにして。
「クライン?あなたこそ怪我を?」
「怪我はしてるな。しちまったな。助けに行って、死んだと知らされて、女達の諍いを覗き見させられて、そして、全部ご破算だと知らされる。胸が痛いよ。くたびれただけで、何も良い事が無い」
落ち込んでいる?
どうして?
「ち、違うわ。あなたはくたびれただけじゃない。私はあなたのお陰で助けてもらったもの。あなたは兄としてちゃんと妹を助けられた。あなたが私を助けてくれたのだわ!!」
胸が痛いと告白されたならば、私はクラインを楽にしてあげたい。
だから彼の気持を楽にする目的で、私は彼がリイラの兄として義務を果たせたのだと訴えていた。
あなたの今までは絶対に無駄じゃ無かったはずよ、と。
なのに、彼はハハハと乾いた笑い声をあげただけだった。
「クライン?って、きゃあ!!」
彼は私を床に転がせた。
見事に、ポイっという感じで、彼は私を床に放ってしまったのだ。
「クライン!!」
「回復魔法を持っているのは俺だけだ。セニリスの女も介抱してやらなきゃだろうが。可哀想なあの火傷を!!お前は自分で立てるなら自分で立て」
「酷い。兄さんはいじわるだ」
クラインはぴたっと足を止めた。
そして彼は私に振り返ることなく呟いた。
「兄というものは意地悪なんだよ」




