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聖女の相棒は横暴な聖騎士様  作者: 蔵前
第五章 男には男の女には女の戦場があるという
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対決

 フェブアリスは私に対して彼女の能力をぶつけてきた。

 フェブアリスならば属性は、水、だ。

 そして私が炎ならば、本当に相反する能力だ。

 だから私達は、磁石が弾けてしまう様にして、同時に床に倒れていた。

 晩餐のドレス姿で。


「う、うう」


 来ると分かっていた私と違い、フェブアリスは打ち所が悪かったのか、胸元を押さえている。胸を押さえる彼女の腕は、両腕の肘から下が老婆のような筋張ったものとなっていた。


 それは、私が彼女の魔法を跳ね返したからだ。

 今の彼女の様子を見るに、彼女は私を皿の中の野菜と同じようにして、水を抜いてしまおうとしていたのだろう。


 また、彼女が私よりも苦しんでいるのは、魔法返しの結果だけじゃない。

 私達が身に着けているはずの下着、胸を潰し腰を締めるクジラの骨入りビスチェが、恐らく彼女の体にさらに余計なダメージを与えたのだ。


「アプリリス様。へりくだる必要もありませんが、村の女の反感は決して買ってはいけませんよ」


 私は自分の女官達の言いつけを守っていて良かったと思いながら、よろめきながらでも床から立ち上がった。


「う、うう。酷いわ。酷い人。ああ、あなたのせいで美しい顔が壊れてしまった」


 床に四つん這いとなっているフェブアリスから発せられた声は、言葉の内容と違って人を小馬鹿にするような甲高いものである。それを証明するように彼女は私に顔を向け、自分の両の頬にしなびた自分の両手を添えた。

 すると、みるみる間に彼女の頬が、私に燃やされたかのような火ぶくれで赤くなっていくでは無いか。


 彼女は私を鼻で笑って見せた。

 彼女の両腕は、ぷくっと元通りの瑞々しいものとなった。

 私を笑うのはなぜか。

 彼女が、そこで、大きな悲鳴を上げようと体を逸らしたことで私は理解した。


「うぐっ」


「叫ばせはしない。だってお話合いをしましょうって話だったじゃないの、私達は?女の話し合いに男を呼んでどうするのよ?」


 私は彼女に飛び掛かり覆い被さっていた。

 私に口を塞がれたフェブアリスは、私に怒りの視線を向けた。

 だが、私が彼女と同じぐらいの能力者であることを知っているからか、今度の彼女は私に能力を向けてはこなかった。


「そうね。わかっているものね。私が今世紀最高の聖女だって。その意味はどの聖女よりも能力が高いということだわ。あっ痛!!」


 フェブアリスが私の手の甲を引っ掻いた、のだ。

 私は痛みに怯み、彼女は私の拘束から逃げ出した。


「能力だけなら私の方が上だわ」


「ではどうして私が今世紀最高なのかしら?フェブアリス様?」


「馬鹿どもが勘違いしているだけよ。私の方がお前よりも凄い破壊が出来る。私にはお前が出来ない人を癒す術が使える」


「何て高慢!!そうよ、あなたは人を見下してばかり。それはあなたが信じるサーレ様が否定されている大罪ではなくて?」


 がくっとフェブアリスが頭を下げた。

 それから、肩を震わせる。

 私の言葉に対する怒りで?

 彼女からくぐもった笑い声が聞こえ、私は急に笑い出した彼女を見つめるしかなくなった。

 今までのフェブアリスが出すには、その笑い声は不釣り合いな太いものなのだ。


「ふふ、ハハハ。高慢、違うな、嫉妬だ、妬みだ。だからこの女は私のもとに来たのさ。そしてお前がアプリリスに捧げられたのは、男を求めるばかりの色欲しかなかったからだ。なあ、アプリリスよ」


 口調を変えた銀色の乙女の言葉に、ぶふおおおおおん、ぶふおおおおおん、と太った化け物が嬉しそうにして自分の脂肪を揺らす。


 あれがアプリリス?と、私は茫然とするしかない。

 だって、私こそがアプリリスで、リイラを食べたはずでは無いの?


 呆然としながらフェブアリスを見返せば、彼女は両手で顔を拭った。

 両手を下ろして出てきたそれは、今までとは違う顔である。

 髪の色も白すぎる肌も同じ色だが、顔立ちは人とは全く違っていた。

 鼻が消えて穴だけとなったその顔は、まるで水に棲む魚の顔、だった。

 ただし、両の頬には火ぶくれの水ぶくれが鱗のように増えている。


「それがフェブアリスの本当の、顔?」


 フェブアリスはにんまりと微笑んだ。

 彼女が首を振ると、彼女の顔がまた変わった。

 アラメアでは無いが、目鼻立ちの整った女性の顔である。

 しかし、頬の火傷の傷はそのままだ。


 彼女は自分の頬を叩くようにして右手を当て、火傷の傷に忌々しいという風にして目玉をぎょろりと動かした。

 再び魚の顔に戻った。


「あああ、本当にもろいよ。脆すぎる。ほんとうに、人間の美醜など薄皮一枚の出来事でしかない。それなのに、ドロドロの悪意はいくらでも隠し持てるなんておかしいじゃないか」


 彼女は再び首を振った。

 美しきアラメアに戻っていたが、やはり火傷の傷は消えていない。

 それは、フェブアリスが自分で作った傷では無かったからだ。

 そして、私に向ける瞳は人間の瞳なのに死体のようにしか見えなかった。

 あるいは、魚のような無感情の瞳。


「せっかくの私の顔を良くも傷つけてくれたねえ。餌でしか無いのに。あたしたちに喰われるための餌でしか無いのに」


 喰われるための、餌?


「私をバスタブに沈めようとしたもう一人は、あなた、だったのね」


「ああ、人の肉体はすぐに腐れ落ちる。次々着換えないとやってられない」


 私の疑問に答えるようにあの太った化け物の甘い声が聞こえたが、彼女がたった今が発したものでは無かった。今の台詞は、私の記憶の中から引き出されたものである。


 そう、私があの日の聖女神殿で、聖女に対面した時に聞いたセリフだった。


 台詞を思い出せば、状況だって脳裏に浮かんだ。

 頬骨が高く肉感的な美しい女性の姿が、私に腕を差し伸べている。


「聖女候補生は聖女の着替え?」


「水は全てを作る。一滴の水が川になり海になり、また空に戻って一滴の水になる。私は愛するこの世界を守るために、永遠の輪を作り上げたのでございます」


 フェブアリスが低い低い声を出し、私ははっと過去から引き戻された。

 今の彼女の台詞は、彼女のものでは無いだろう。

 その証拠に、彼女は自分が語った台詞に身を震わせて笑っているのだ。


「うふ、ふふふ。この清廉なる意思を守るためにこの女が望んだのが、永遠の命の為の生贄とは笑えるよなあ。そうして、自分を忘れ去ったなんて、くだらないよなあ」


「あなたは一体何者なの?」

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