騎士と聖女の出会いとは
私とクラインが出会ったのは、今からたった三か月前のこと。
私の護衛担官だったバロウスがもう五十になるからと引退し、その代わりとしてクラインが首都からやって来たのである。
聖騎士は白を基調とした丈の長い軍服を羽織っている。
今まではバロウスで聖騎士制服など見慣れていたのに、他の聖女に仕える護衛官を見る機会があっても制服姿がどうとか気にも留めてはいなかったのに、クラインによって聖騎士にはその制服しかありえないと突きつけられたのである。
金色の短い髪を煌かせて姿勢正しく立つ彼は、白い衣装の裾が天使の羽のようにも見えるという、素晴らし過ぎる姿であったのだ。
海よりも青い瞳を私に向けた彼は、王族よりも威厳を持って己を名乗った。
「我が名はクライン・ジアーナ。カラバリの出身となります」
堂々とした白き騎士の姿はなんと素晴らしい事か。
私こそ彼に負けないようにと、普段よりも聖女らしくあるように振舞おうと心に決めた。まずは首都からここまで長旅をしてきた彼を労うのだ、聖女として。
「騎士ジアーナ。長旅お疲れさまでした。あなたの神への忠誠と奉仕の心を讃え、あなたに祝福を与えましょう」
ただし彼は私の祝福を喜ぶどころか、祝福を受けるために私に頭を下げたそこで、分かりやすく残念そうな溜息を吐いた。
え?溜息?私からの祝福が、嫌そう?
「早くしてください、中腰は首と腰にくる」
私にしか聞こえない声でのその台詞とは、聖女への冒涜か!
憤懣やるかたない私が行ったクラインへの祝福は、私こそ神への冒涜になるぐらいに物凄い適当さで手を動かすというものとなった。
本当に悔しいわ。
祝福が終わって顔を上げたクラインは、私への反感など無かったかのように、作りものみたいな笑顔だけを顔に貼り付けていたのだ。よって、私以外の誰も、彼が私に不敬この上ないことに気が付かなかった。
それどころか、辺境すぎる土地にある静かで荘厳な私の神殿を、彼の笑顔一つで女性の黄色い悲鳴でいっぱいにしてしまったのである。
全く、ウンザリばかりの男。
どうしてウンザリ?
だってその日から私の女官達は、身を持ち崩し始めたとしか思えない浮ついた振る舞いばかりをするようになったのだもの。若い女官だったらわかるわ。でも、私付きの女官は、先代からの人達だからご年配ばかりなのよ。
なんてクラインは節操が無いの!
クラインが赴任して一か月が終わるころ、私はとうとう彼を叱責するために彼を自分の執務室に呼び出した。神殿の謁見室でなく、私が日常的に仕事をする治療院の執務室にしたのは、彼を叱責するには耳をそばだてる控えがいない私の個人のスペースである方が良いとの判断だ。
私が彼を叱責した事で、彼を信奉する女官達が私に反感を持ったら困る。
けれど何もしなければ、私が威厳を持って振舞う事を望んでいる女官達からの尊敬を失うかも?
そんなどうしたらいいのだろう状況だったから、どちらの女官達にもどうとでも取れそうな状況にできるという場所を私は選んだのである。
扉を開けて執務室に入って来たクラインは、作り物の笑顔のまま机を前に座る私に向かって真っ直ぐに向かって来た。が、あら?執務机の前に跪くどころか、まだまだ真っ直ぐ私に向かってくるわ?
「えと、き、騎士ジアーナ?」
私こそ狼狽するしかない。
真っ直ぐに私に向かって来たクラインは、途中で道筋を替えた。
机という私と彼の壁になるはずの存在を迂回してしてしまった、のである。
とうとう椅子に座る私の真横に立った彼は、慄くばかりの私に対し、それはもう半分小馬鹿にしたような笑顔で、ご安心ください、と言った。
「ご安心ください?」
「私はあなたに勃起しませんからご安心なさってください。いや、今後もこういう事が無いように、お気を付けください、と注意するべきでございましょうか?少々、いえ、かなり軽率でいらっしゃいます」
「何をおっしゃっているの?私があなたをお呼びいたしましたのは、私があなたが軽率ですと注意するためでございますのよ」
「ハッ。男を、聖女様がたった一人で、見守り無しの場所に、呼び出した。これが軽率でなくて何と言います?実は注意という名の誘惑でございましたか?このわたくしめをご所望でいらっしゃったと?」
「な、ななな、なななな!」
言葉を失った私に彼はさらに進み出て、なんと頬と頬が触れ合うぐらいに顔を私に近づけると、囁き声で聞き捨てならないことを私の耳に吹き込んで来た。
「俺は繊細でね。食指が動かなきゃ勃ちゃしねえんだ」
「だから、あなたは何をおっしゃってるのかしら?」
私は威厳を持って彼を睨んだが、私の視線を受けた彼は吹き出すだけだった。
いいえ、鼻で笑った、が正しいかしら?
私は視線だけで彼が死んでしまうくらいにさらに睨みつけたが、彼は全く意に介さないという風に、いいえ、さらに私を煽るような言葉を言い放ったのである。
いいえ、言葉だけじゃなく、嫌らしい身振り付きでよ!
「そのしゃべり。ババアが十代の女に化けてんのか?どうせ化けんならさ、鶏がらみたいな痩せっぽちじゃなくてさ、こう胸がおっきな艶めかしい女にしてくれよ」
「化けてません!いい加減になさいな!この大馬鹿者!」
私は机の上にあった文鎮を掴むと彼に向かって振り上げ、けれど、私の手は一瞬にして彼に取り押さえられただけだった。
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