魔女と聖女の夕べ
私は部屋にいる女性二人に礼儀として席を立てと促したのだが、その女性達こそ私を下に見ていたようで、小馬鹿にしたように鼻で笑っただけだった。
ロセアまでもよ?
私は純朴であったはずの女性を見返した。
ロセアは私の視線に顔を伏せるどころか、恨みばかりの瞳を向けていた。
しかし、私は彼女の瞳に恨みが籠っていることを知った事で、彼女の無作法に私が抱くはずの怒りなどよりも、申し訳なさばかりが自分を襲っていた。
だって御覧なさいよ、彼女の全体像を。
彼女は、みすぼらしい、のだ。
ロセアが着ているドレスが灰色という地味なものであろうと、一応はディナードレスである。それなのに彼女がみすぼらしく見えるのは、彼女が年齢以上に老けて見える外見でしかないからだ。
女中のようにきっちり結い上げた薄茶色の髪には艶も無く、整っているはずの顔には痩せすぎたせいで皮が弛んでできた皺だらけ。
彼女の今の姿は、子供を失って嘆く親の姿そのものではないのか?
「ロセア、私達にはする事があるわ、そうでしょう?」
ロセアに優しい言葉をかけたのは、私ではなくアラメアであった。
彼女は友人にするようにロセアの手を握り、ロセアは私から顔を背けて自分の手を握った相手に微笑んだ。
「これも神の試練ですの?」
「神ではなく、そこに魔物がいたのですわ」
アラメアはロセアに答えると私を見返した。
そして、ロセアも私に再び顔を向けた。
骨に皮だけの骸骨のようだったロセアの容貌は、水の底に沈んで膨らんだ死体のように変わっていた。
私をバスタブに沈めようとした化け物だ。
それはゆっくりと口角を上げ、私に勝ったという風に微笑んだ。
バアアアン。
私の真後ろで壁を叩きつける音が響き、私は自分の真横に人影が近づいていた事に初めて気が付いた。
ディナーナイフを握っているロセアだ。
ロセアはアラメアの横に座っていたはず……幻影だった?
「お前は動くかどうにかしろ!!」
クラインが怒鳴り、同時に彼は私の腰に腕を回した。
私の背中はクラインの胸板に当たり、ロセアのナイフは私のいた場所の空気を裂いて終わった。彼女はその勢いのまま床に膝を付く。
「ロセア!何をするんだ!!」
クラインの魔法か、あるいはあの化け物の影響か、ロセアは意識を失い床に崩れ落ちた。
「ロセア様をお叱りにならないで!!これは私のせいですわ。私が身の上話なんてしてしまったから」
なんと、アラメアがロセアの背中に庇う様に覆い被さった。
それから私ではなくクラインを見上げた。
「ロセア様は我慢できなかっただけです。私をリイラ様と同じように考えて下さったから、私への侮辱が許せなかっただけなんです」
表情は私を蔑んでいた時とは違い、純粋そうであどけない。
靄が掛かった湖の色としか形容できない瞳を涙でいっぱいにしてクラインをを見つめる彼女は、どこから見ても生贄に選ばれた乙女の風情。
「ぶじょく、したのか?」
私の後ろの男が間抜けな質問をしてきた。
私は、女中達が嘆いたのはこれか、と思った。
アラメアは女同士でやり合おうなんて最初から考えていない。
自分が哀れだという状況を作って自分の敵を周囲に責めさせる、のだ。
私は顎を上げてクラインに答えた。
「まだよ」
「まだ?」
「そう。立って出迎えろ、が侮辱と取られるのは残念ですわ。アラメア様が将来伯爵夫人となるおつもりであれば、社交ルールというものは知らねばなりません。この館には彼女を指導すべき女主人が不在です。ならば、ええ、私が教えてさし上げるというだけですわ」
私はクラインを振り払う……払えなかった。
彼はぎゅうっと腕に力を込めて私を引き寄せ、私のうなじにキスをしたのだ。
「あふ」
「素晴らしき我がジアーナ夫人。これならば俺は安心して男共の巣に戻れる」
「ええ。ご安心なさって。私がアラメア様に教えてさし上げるのは、淑女ならば身に着けておくべき社交ルールだけですから」
ぶふっ。
クラインは吹き出し、ついでに私の耳に囁いた。
お手柔らかに、と。
そしてクラインは私を放り出すと、ロセアへと向かった。
アラメアはお祈りのように指を組んだ両手を胸の前に当てて、なんと、クラインに痛々しいほどの視線を向けている。
「ロセアは悪くはありませんの。私は聖女候補生でした。ここにいるのは聖女の生贄になる日にセニリス様に助け出して頂いたからですわ。ロセア様のお嬢様も聖女候補生だったなんて知らずに、聖女が候補生の若さと命を奪う事で生き永らえている化け物だったとお伝えしてしまったばかりに」
クラインの肩がびくっと震えたのは、彼がロセアを抱き上げたからか、あるいはアラメアの言葉が心に響いてしまったからか。
クラインはロセアを抱き上げたまま立ち上がると、私に表情が見えない後ろ姿のまま城主夫人の部屋を去っていく。
振り返りもしなかった。
クラインを出迎えるように両開きのドアを開けているのは、エマとメローナである。彼女達は私に仲間であるかのような笑みを見せ、それから両開きのドアをしっかりと閉めた。
もう一幕があるという風に。
そうね、今はクラインに縋っている場合じゃない。
私は再びアラメアに振り返った。
世界から男が消えた途端に、なんと簡単にアラメアは正体を簡単に現わすのか。
彼女は先程までの幼気な素振りを全て捨てた様にして立ち上がり、私を見下す眼つきで私の前に立った。
「これでよろしくて?」
「では、席に着きましょうか。たった二人となったのならば、食事の会話の内容は無礼講で構いませんわね」
「まあ、嬉しい。私はあなたに聖女の秘密を語りたくて堪らなかったから!!」
「まあ!なんて興味深い話題なのかしら!!」
私達は表面上は仲の良い仕草でテーブルに着き直した。
私はこの場の一番偉い女性としてテーブルを見回して、アラメアともう一人の魔女がそこにいる事を確認した。
「さあ始めましょうか」




