戦闘準備は身支度から
クラインはいかにも嫌々という風にして、ジョーゼフと連れ立って城主の部屋から消えた。そこで私も動かねばとベッドから出たそこで、入れ替わりのように女中達が部屋に入って来た。
二十代前半の若い女中二人と、その監督のような年配の女性という三人組だ。
若い女中達は衣装小箱を二人で運んできており、年配の女中の方は完全な手ぶらである。ただし、年配女中の腰のベルトで鍵束が揺れているならば、彼女がこの城の女中頭で間違いない。
城主夫人が存在しない城であるならば、この城で一番偉い人だろう。
いいえ、城主夫人がいても彼女が一番偉い女性のはずだわ。
聖女だった私だって女官頭には頭が上がらなかったじゃないの。
って、私はまだシュミーズさえも身につけていない!!
私は慌てて両腕を裸の体に巻きつけた。
「今回は反対だよね」
「ねえ。クライン様こそあっちを連れてきそうなのにね」
こそこそっと若い女中達が囁き合う。その上、その失礼な彼女達に女中頭が注意をするどころか、小馬鹿にした眼つきで私の上から下まで眺めまわすなんて。
私は彼女達の前に一歩踏み出すと、体に巻きつけていた腕を外した。
それだけでなく、聖女時代に女官に一人で着れない儀式衣装を着せ付けて貰った時のようにして、私は傲慢そうないで立ちで腕を広げたのである。
「あなた方は私の手伝いにいらっしゃたのでしょう?では、着せて下さる?」
「クライン様が気に入られたのはその気性ね。あの方は優しすぎるから」
「はひゃ?」
女中頭の声が意外に好意的だと、私は彼女を見返す。
しかし私の視界は若い女中達の壁で遮られてしまった。
私を囲んだ若い女中達は、そおれと、訓練された兵士みたいに呼吸のあった動作で私の体に固そうな鎧みたいなものを撒きつけてきたのだ。次いで私が驚く間もなく、二人は同時に紐を思いっ切りと引っ張る。
「はふっ!!」
私は女中頭の表情を知るどころか、自分の体中にため込んでいた空気を全部吐き出すしかなくなっていた。
うわあ、この鎧は胸を潰して腰を締めあげる拷問具だったのね。
「あら、意外と胸はあったわね。腰も細いし」
「この形のビスチェを付ければ誰だって谷間ができるものよ。あばらが見えるみっともないガリガリじゃないの。腰が細いんじゃなくて肉が無いのよ」
聞こえているわよ。
私は失礼な若い女中達を改めて見つめる。
私と同じ薄茶色の髪をした方は面長で綺麗な輪郭だが、少々鼻が長いことで顔立ちを地味で間延びしたものとさせている。でも、あらら、胸は大きくて腰が細いというクラインが好きそうな体形をしているわ。
もう一人はと視線を動かす。
こちらもクラインが好みそうと感じた。
もう一人は単なる茶色の髪に丸っこい体形だが、色白な肌に派手で整った顔立ちをしているのだ。彼女は私の視線に気が付いたのか、私を見返すや鼻を鳴らした。
私よりも自分の方が綺麗だという風にして。
私は彼女の外見と動作にあの宿屋のデボラを思い出し、勝手に苛立った。
もしかしたらクラインが彼女を自分のお気に入りにしていたのかもしれない、そんな浅ましい考えが浮かんだからだ。
本当に浅ましいわ。
クラインがデボラに優しくしていた所を思い出して、勝手に胸の中で嫉妬の炎を燃やすようになっているのよ?一昨日まで聖女として振舞っていた私が。
私は自分を取り戻そうと、大きく息を……吸えなかった。
ビスチェが胸の半分を潰しているのだ。
私は自分を苦しめている拷問具を見下ろす。そこで嫉妬の炎が一気に消化してしまった。拷問具によって自分の体に何が起きたのかを正確に知ったからである。
私の胸はコルセットで潰されたが、そのことによって胸の肉が上へと逃げて膨らみ、なんとぶっくりとした可愛い胸と谷間が出来ているのだ。
「本当にきれいに見える胸になっているわ。ありがとう」
女中達の手がピタっと止まり、二人同時に私を見返した。
何か間違った事をしたのだろうか?
あ、薄茶色の髪の方がビスチェの紐を解いて緩めた?
そしてデボラ似の方はといえば、何かの綿みたいなモノを衣装箱から取り出して手に持った?
「メローナ、詰め物をするからもう少し緩めて。この程度の盛り上がりで喜ぶなんて哀れすぎるわ」
「もうエマったら。最初から入れてあげれば良かったじゃないの。二度手間」
エマという女中は緩んだビスチェの隙間から手に持つものを詰め始め、再び二人がビスチェの紐を縛った時に私はその効果に驚かされていた。
詰め物によってさらに押し上げられる事になった胸はとても大きく感じるもので、それどころか最初に感じた潰される胸の痛みも呼吸できない苦しさも無い。
「ありがとう。あなた方は本当に凄いのね」
「不都合があると戦えませんから」
「そう。それに男って見栄えの良い方を庇うものよ」
戦う?庇う?
実は仕事も出来る上に優しかったらしい女中達が何を言い出したのかと彼女達の監督官を探せば、女中頭はにこやかすぎる顔でドレスを掲げていた。
男性もいないディナーでは無い女性だけの夕餉の席であろうに、彼女が捧げ持つドレスはこの上なく華やかな色合いの美しいものである。まるでクラインと眺めた夕日が落ちる海のきらめきを思い出すような艶やかな赤味がかった黄色で、裾は花びらみたいに薄いシルクが重なっている。
聖女になってから、いいえ、記憶の中で一度だって着た事は無いドレスだ。
袖を通したら教義に反すると罰を受けそうな、華燭に満ちた罪のドレス。
「あの、もう少し地味なものはありませんか?」
「あなたは負けたいの?」
「あの、負けるって?」
「美しきアラメア様はこの城内の男達全てを虜にされましたわ。そんな弱腰ではあのクライン様だって陥落されるでしょうよ」
女中頭は諭すどころか脅す勢いで私にドレスを差し出した。
私はこの艶やかなドレスを受け入れるしかない。
だって彼女はさらに私を追い込む言葉を続けたのだ。
「クライン様は悪女こそお好きですわよ」
「お、応援してくださるなんて、う、嬉しいですわ」
私は女中頭からドレスを受け取った。
彼女は私に恭しく頭を下げる。
再び顔を上げた彼女は私に女王様のように微笑んだ。
きっちりと結った焦げ茶色の髪は年齢を感じさせない艶やかさで、私を見つめる瞳は菫色だ。大地の精か女神のような美しい彼女は、テレサエと名乗った。
「お願いしますわね。このままではお城の大事な大事な機械工房の冷却装置が、頭が熱くなった男達のせいでまた壊れてしまうでしょうから」
「が、頑張ります。テレサエさま!!」
私は美しいドレスを胸に抱きながら、脅えながら彼女の願いを請け負うしか無かった。「頭」と肩書きがついている女性は、どこの世界においても一番恐ろしい人なのだから。




