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聖女の相棒は横暴な聖騎士様  作者: 蔵前
第四章 ここは難攻不落の城だった
34/53

ここが暗闇ならばこそ

 ロセアに憑りついていた化け物にバスタブに沈められ、私は悲鳴の代りに肺の中の空気を全部吐き出してしまった。


 苦しい、肺が痛い。


 けれど火傷したような肺の痛みにより、私は自分の右腕がある感覚を取り戻せた。目玉を潰されたあの痛みも出来事も、ぜんぶ、幻影だった。


 ならば、死んでたまるか。

 いやだ、死にたくない。


「ほらほらほらしねしね、死ぬんだよお」

「いい加減に諦めろ」


 私を殺そうとする女達の言葉が、私の中に恐怖よりも怒りを点火させた。


「きゃあ」

「ぐああ」


 私の後ろにいた女が悲鳴を上げて消え、私を殺そうとしがみ付く女の両手が燃えた。私の炎が化け物の表皮をも焼いたようだ。脂肪だらけのその体から表皮がずり剥けたその姿は、まるで深海に棲むニュウドウカジカだ。


 体が軽くなった私は水面に顔をあげて逃げるどころか、バスタブを掴んでいた手を外して自分から水の中へと潜っていた。私を溺死させようと私に襲い掛かっていた化け物に、私こそが襲い掛かっていたのである。


 私は化け物の首を両手で掴んだ。

 ぎゅふっと女の両目は飛び出した。

 その苦悶の顔は、まさに深海から釣り上げられたばかりの深海魚だ。

 私に首を絞められた亡霊は、血走った眼にさらに憎しみを込めて、仕返しだという風に私の顔に噛みつこうと大口を開けた。


「メガマウスみたい。メガマウスの方がずっと可愛いけど」


 さらに両手に力を込めた。


 ざばん。


 男の大きな手が水面を叩き、一瞬にして私の手の中の女が消えた。

 だが仕損じて悔しいどころか、邪魔をしてくれた救いの手だと思った。

 私があちら側に堕ちないで済んだ、そんな気がした。

 そして私はその救いの手である腕によって、湯船から掬い上げられたのだ。


 湯船から救出された今は、助かったと思うよりも、水浸しになった肺による呼吸で咽かえって死にそうだけれど。


「げ、げふ。げふげふ」

「大丈夫か!!」


 バスタブの中には花が浮かぶだけだが、湯面はたった今の出来事が幻ではなかった証拠のようにゆらゆらと波のように揺れている。


「何を遊んでいるんだ!足でも滑らせたか?頭でも打って溺れたのか?怪我は無いか?おい、ああ、大丈夫か?」


 化け物に、と伝えようとしたそこで、化け物が見せた幻影、自分が腐っていくあの幻影が実際に起きた事だと私は気が付いて喉が詰まった。ああやって聖女候補生達が聖女に殺されてたんだと、思い当たってしまった。


「げほ、ごほ。だ、大丈夫。け怪我はない、から。た、ただ、お、お風呂に、ひ、一人取り残され、されたから、さみしくて、げほ、おぼ、溺れた、だけ、だから」


「何を言って、――ばか」


 クラインの、ばか、は物凄く甘い声に聞こえた。

 だから彼に抱き上げられても、ベッドのある所へと連れていかれても、私は全然彼を怖いとは思わなかった。それどころか、クラインに体を拭かれている間など、安心と幸せさえも感じていたぐらいなのだ。


 ベッドルームは真っ暗だった。

 私は自分が裸のままであると初めて意識したが、クラインを手放せなかった。

 彼のシャツの胸の当たりをぎゅっと握った。

 クラインは無言のまま私の手を彼から剥がし、私をベッドに横たえた。

 私の手は暗闇の中でクラインを求めて伸びた。


 宙をかすめるだけの両手だった。

 真っ暗な部屋に一瞬差し込んだ光と、ドアの開閉音。


 クラインが部屋を出ていった、のだ。

 私は何も得られなかった両手で、涙が零れだした自分の顔を覆い隠した。


 怖かった。

 苦しかった。


 でも、出ていったクラインを呼んで、彼にそれを伝えて縋ることはできない。


 だって、あんなことを私がリイラにしていたかもしれないのだ。


「そんなに泣くな」


 両手で顔を覆っていた私は、クラインの声にはふっと息を飲んだ。

 クラインが戻ってきた、戻って来てくれたの?


「本気で寂しがり屋だったのか?お前が弱いとお前に罰を与えられないからさ、俺が困るんだけどな」


 罰?私に罰を与えるために戻ってきたの?

 でも私はクラインに脅えるどころか、クラインが戻って来てくれたそればかりしか考えられなくなった。

 だから、ただがむしゃらに、クラインに両手を伸ばしていたのである。

 彼をもう一度だけでも抱きしめたかった、から。


「きゃあ」


 しかし上半身を持ち上げた私がクラインを抱き締めるどころか、クラインによって再びベッドに仰向けに転がされてしまっていた。

 それも思いっ切りベッドに沈められる感じで。


 クラインが私の足首を掴んで持ち上げてしまったのだ。

 リイラへの復讐?横たわらせて首を落すの?胸に杭を打つの?


「せ、せめて、い、痛くしないで」


「悪いな。俺は誓いを立ててるんだ」


 リイラの痛みを彼女を殺した者に味合わせる、そんな誓い?

 私は両手を祈りの時のように組むと、覚悟決めてぎゅうっと両目を瞑った。


「覚悟は決めました。どうぞ」


 私の足首を掴んでいるクラインは、私の足に布袋らしきものを被せた。


 え?


 クラインは手慣れた仕草で、右足左足と、横になったままの私にドロワーズを履かせているのだ。彼が私を置いて部屋の外に出たのは、私に着せる服を取りに行っただけだったの?


「君が俺とやりたいって気持ちは痛いほどわかるが、俺も夢見がちでね。他人のベッドで最初は嫌なんだよ。繊細な俺の気持をわかってくれるか?」


 私は笑い出していた。

 いつもの彼の優しさが嬉しくて、そんな彼を失う未来にきっとなるのだと思うと悲しくて、涙も出ていた。


「ありがとう。私があなたを襲わないように上は自分で着るわ」


「上はいいよ。おっぱいいじりぐらいできないと俺が可哀想だろ?」


 えええ?


 クラインの人でなしな台詞に驚く私の左横にクラインはするっと潜り込み、彼の重さでベッドのマットが沈み込んだ。仰向けだった私は彼にそのまま引き寄せられて抱き抱きしめられた。


「あ、ちくしょう。お前の方が上手だった。これじゃあ背中しか撫でられない」


 クラインの不満の呟きに、私はクスクス笑いをあげていた。

 彼は私を後ろ向きで抱きしめたかったようだけれど、私こそ自分からクラインに抱きついてしまったので、私達は向かい合わせに抱き合う姿でベッドに横になってしまっているのだ。


「これじゃキスをするしかないじゃないか。お前は本気で俺を守る気が無いな」


「キスが脅威?私達はキスを何度もしているわよ」


「この状態でのキスは危険だね。たぶんどころか絶対にキスだけじゃ止まらない。それで数か月後に俺はお前に責められるんだよ。最初があんな場所だなんて最低、この考え無しって。ああ可哀想な俺」


「そうね。一時の情熱だけで、いいえ、性欲だけで最初の思い出が台無しにされたって、あなたに罵られるのはいやね。私ったら可哀想」


「そうか。君は俺と同じ気持ちかな?」

「たぶん。」


 私達は唇を合わせていた。



お読みいただきありがとうございます。

今回は深海魚です。

選択については、日本固有種ではないけれど、

日本で世界初となる生きたままのブロブフィッシュ(ニュウドウカジカ)の捕獲成功(二日で死んじゃったらしいけど)

そして、幻のサメと呼ばれるメガマウスは日本での目撃例と捕獲例が多い

ということで

ニュウドウカジカは世界で一番醜い生き物に選ばれたアレです。

実際は海中の中では可愛い魚なのに、陸にあげるとゼラチン質の体が溶けて酷い見た目になる可哀想な魚です。

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