回復できない聖女様とぼやく騎士
お読みいただきありがとうございます。
お読み頂けただけでなく、誤字脱字報告までして下さり、本当にありがとうございます。
ここから第一章となりまして、第一章は二人が出会って信頼?喧嘩友達?になるまでを書き、第二章から現在に戻り、協力?し合いながら逃亡者をしていく、という流れとなります。
どうぞよろしくお願いいたします。
クラインの移動魔法によって、私達は彼が先に用意していたらしき宿屋の一室に飛んでいた。狭いが清潔な部屋で、そこはさすがクラインと褒めるべきだが、ベッドが一つしかない事で私は彼を褒められずにいた。
いいえ、硬直してしまったと言っても良い。
クラインはそんな私から腕を外すと、一つしか無いベッドに飛び込むようにしてごろんと横になってしまった。いえ、ずるっとベッドに落ちたが正しいかしら。
「具合が悪いの?」
「俺は繊細なんだよ。変な薬のせいで気持ちが悪い」
「宿の人に水を貰ってくる」
!!
私のシャツの布地をクラインが掴んで引き止めたのだ。
力が強くてズボンから裾が出ちゃったじゃないの!
「いやだ。シャツを引っ張るから、お、おへそがまる出しになっちゃったじゃない。わあ、恥ずかしい!離して!」
私は自分が聖女であることも忘れ、そこらの村娘のように騒ぎ声を上げていた。
でもすぐにパッと冷静に戻った。
色っぽさが足りねえ女に俺が欲情するかよ。
彼のいつもの憎まれ口が、まるで脊髄反射の如く私の脳裏にて再生されたからである。
でも、まだ彼は憎まれ口を私に叩いていない。
私は今すぐ取り繕うべきだと息を吸い、威厳を持ってシャツから手を離せとクラインに言おうと彼を睨んだ。
が、あらら、彼は私の視線から逃れるようにして顔を背けた。
「あら、耳が赤くない?」
「熱が出たの?と心配もしねえのか?」
そして、私への嫌がらせのようにして、あからさまな溜息も吐いた。
いいえ、彼は続けて私を罵るような独り言を、ちゃんと私に聞かせるようにして呟いてもくれたのである。
「回復魔法はどうしたよ。はあ。聖女というよか、まんま魔女だよあ。持ちネタが毒薬に攻撃魔法だけときたもんだ。聖女だったらまず回復魔法だろうに」
私はクラインの物言いに唇を尖らせた。
私は純粋に炎属性の能力者だ。
炎属性が癒しの施術を使えるわけなどなく、私にできる医療行為は、魔法の使えない一般の人と同じ薬草治療か、炎で体内の腫瘍や病原を焼き尽くすだけである。
そうそう、大気中の水分を熱して蒸しタオルで体を拭くような魔法、で患者を綺麗にしてあげる事も出来たわね。
そのぐらいしか出来ない事、あなたが一番知ってるくせに!
私は自分の前髪が持ち上がるぐらいの、大きな溜息を吐き出した。
クラインがぼやく様に、回復魔法が使えない自分自身こそ実はウンザリしていたりするのだ。助けられなかった患者の死を、自分が無能なせいだからと私は何度嘆いたことだろう。
「どうした黙って?動けよ」
「そうね。水を持ってくる」
私は自分にできる事をまずするべきだ。
できること、クラインに飲ませるための水の確保じゃない?
私は掴まれている自分のシャツからクラインの指を外すと、部屋の戸口へと踵を返した。が、二歩もいかずに背中の布地を掴まれて、そのまま後ろへと引き戻されてベッドに転がされたのである。
「きゃあ!」
「聖女サマよ、いいか?勝手に動くな。水はいらない」
「気分が悪いんじゃ無いの?」
「自分の回復魔法で何とかなった。情けねえ。自分で自分を回復してるなんて、まんま独り上手の世界だよ。おい、聖女様に優しく介抱してもらうって、それはそんなすぎた望みか?」
私を後ろから抱き締めてベッドに私を転がしている男は、情けないと言いながら私の背中に自分の額を押し付けた。
私はこの親密すぎる触れ合いに、ただただ硬直するしかない。
わかっているの?あなた。
私が聖女という事は、男の人との性的接触を一度もした事が無いってことよ。
それなのに、抱きしめられて男の人と同じベッドに横になっているなんて!
「おい、聖女様?何か言う事は?」
「し、仕方が無いでしょう。私は回復魔法が使えないのですもの」
「それは百も承知だよ。俺が言いたいのはね、どうして昔みたいに取り合えず患者の状態を確かめてくれないのかな、そこだ。病人はさ、大丈夫?つって額に手を当てて熱を測ってもらうだけで満足するってのにね」
「え?」
私はいつものようにクラインに言い返そうとしたが、彼の言葉の中の「昔みたい」という単語で言葉を失ってしまった。だって、クラインと出会ったのは彼が私の護衛官になったと私の神殿にやって来た、たった三か月前ではなくて?
私はクラインに聞き返そうと振り返り、再び言葉を失った。
今度は思考までも失った。
私を後ろから抱き締めている男は、私に寄り添う格好で眠っていたのである。
小さな子供がぬいぐるみを抱いて眠るその姿のようであり、けれども子供の寝姿を見た時と違って心臓をドキドキさせられた。
長いまつ毛によってできた影が彼を絵画的にさせていたし、目を瞑っているからこそ顎や鼻筋の素晴らしい形を再認識させるのだ。
何て無駄に素敵な人なの、外見が!!
そう、外見が素晴らしいから、いいえ、無防備すぎて可愛らしいから、私は子供にしてあげるようにして彼に手が伸びたのよ。
私の手の平に感じた彼の髪の毛はさらっとしているどころかベタッとして、ほんの十数分前に彼が死にかけて汗をたっぷりかいたのだと私に思い知らせた。
「どうしてここまでして私を助けてくださるの?」
久しぶりに聖女として振舞っていた頃の喋り方になっていた。
どうして、かな。
クラインは私が聖女らしくないと嘆く癖に、私が聖女として振舞うのをとても嫌がるのである。初対面の時など、とっても失礼な振る舞いだった。