アトロフスカ城塞を前にして
アトロフスカは山を利用して作られた城塞都市だ。
まず、最初の城門がある第一城壁が山の麓を大きく囲んでいる。農地とその従事者達の住む村を守るように囲んでおり、ここが第一号キープである。第二号キープは、山の中腹ぐらいに作り上げられたロセアが住む造成地の事で、そこは大キープに住むことができない住人達のものである。
第二号キープは最近作られたものだという。
平地に作られた城塞都市ならば、新住民が増えるごとに壁を壊して敷地を広くしてまた壁を作るという手段を取るが、山ではそれが無理だからだろう。
そして説明が最後になった大キープであるが、こここそ城主やアトロフスカの有力者、そして城を守る兵士の家族が住む、絶対に守り切らねばならない場所だ。
そのため、ここには高くて強固な壁がぐるりと囲ってあり、壁の外側には自然の川の水を引きこんだ堀もあり、侵入するには跳ね橋を渡らねばならないという難所となっている。
「こんな凄い所なのに、侵入されたのね」
「強固な金庫を作ってもさ、鍵をかけ忘れちゃお終いよ」
「鍵のかけ忘れ?セニリスが敵を引き込んでしまったのね」
「それも可能性大だけどね、ケレウスこそ裏ががら空きだって事を忘れていた間抜けだったのかなってね」
「うら?」
「山の裏側が海。目の前の城壁で見えないけどね、裏に大キープと連結している灯台置いた施設もある。その下には港が広がる。ここは大昔の火山噴火でできた歪な地形でね、表からは美しかな山風景でも、海側からだと港湾施設の後ろに高台に建設された要塞都市の城壁が見える、そんな感じなんだ。」
「そこをがら空き?ええ?そんな間抜けがいるの?」
「ケレウスは弟の師匠なんだ。責めてやるな」
私とクラインがどうして今さらにアトロフスカ城塞について話し合っているのかと言えば、とうとう大キープの前にまで到達できた私達に突きつけられたのが、アトロフスカ城塞がすでに聖務局に制圧されていたという事実だったからである。
大キープを囲む第二城壁の小壁体の矢狭間から銃口が私達に向けられているが、その銃を持つ人達が着ている服が白いのだ。
白い制服、それは、聖務局員であることを示す。
困難を乗り越えて辿り着いたのに、目の前には難攻不落そうな城壁が大きく大きく聳え立つだけなんてと、私はウンザリするどころではない。
だから、数時間前に第一城壁の門を通ってアトロフスカの敷地に入ったばかりの時の事を懐かしく思い出すのだろう。あの時はこんなクエストがあるとは思ってもいなかったから、聳え立つアトロフスカを見上げて、まるでイチゴポットの鉢みたい、なんて気楽な感想しか抱かなかったのだ。
「イチゴポットって、酷いなお前」
「だって、第二キープの家々は赤茶色の屋根をしているじゃない。遠目でね、なんだかイチゴみたいだなって思ったの。それに、ほら、ミミズみたいなお化けも出て来たんだもの。ここはイチゴポットよ」
クラインは皺を寄せた変顔を私に向けた。
ロセアの家を飛び出した時は古の戦士姿だった神々しくもあった彼だが、今は塹壕堀をしてきたばかりの満身創痍の奴隷のような姿だ。
それは、ゴーレムを破壊した後に私達を襲って来た人間の腸のようなもの、あれと彼はしばらく格闘する事になったからである。
「……お前は本気で俺を助ける気が無かったな」
「内蔵系は苦手なのよ」
「山の妖精のノヅチさんだろうが。聖女だったら仲間として付き合えよ」
あの人間の腸のようなものは、単なる妖精ミミズでしか無かったのである。
ノヅチはアトロフスカ領となる前からこの山に住み着いていたものらしく、彼らがいるからこそアトロフスカがここに城塞を築くことを思いついたのだそうだ。
なぜならば、太古から存在するノヅチは縄張りに魔法干渉を引き起こす結界を張り、自分の縄張り内での魔法使用を知ればそこにはせ参じ、魔法の使い手が敵でしかなければその魔力を吸いつくす、という性質を持っているからである。
つまり彼らは、アトロフスカにとっての真の守護者だった。
なんとキモ恐ろしくも頼れる妖精であろうか。
「敵じゃ無いとわかったら友好的に去っていく優しい生き物だっていうのに。聖女の癖に見た目だけで判断しやがって」
「ノヅチさんなんか知らないし、巨大ミミズに抱きつかれたくないもの。大体、アトロフスカに詳しいはずのあなたがきゃあきゃあ叫んで逃げていたじゃない。全然アトロフスカの事を知らない私は、あれは何だと脅えるだけだわ」
「お前は。見殺しを正当化か」
「み、見殺しって。余計な手を出す方があなたに失礼かなと、私は遠慮しましたの。あなただって以前に同じことをしたでしょう」
「俺がお前を見殺しにって、あ、は~ん。苗の植え付けを手伝わなかった事を未だに根に持っていたのか。あんな前の事。なんてネチこい陰険女なんだ」
「あれは、だって、あなたと女官達は楽しくお茶を飲んでいるというのに、私は一人寂しく作業していたのよ!」
「そうかあ。翌日に俺につんけんしてたのは、女官と仲良くしていた俺に焼餅を焼いていたからなのか。お前はその頃から俺にベタ惚れだったんだなあ」
「翌日は、物凄く体が痛くて大変だっただけです!」
クラインはにやっと笑い、どのあたり?なんて手を伸ばして来た。
この人は時々どころか、隙を見て嫌らしい事をしようと企む。
私は彼の手を叩くと、聳え立つ城壁に向かい合った。
面倒仕事はさっさと終わらせるに限る。
「では破壊をお願いします。今回は俺がしっかりと君の体をもみほぐしてあげると約束しよう。お尻のマッサージは得意中の得意だ」
「もう!ふざけてばかり」
私は一歩前に出た。
矢狭間から突き出す銃口が一斉に私に照準を合わせた。
パンパンパンパンパンパン。
銃の一斉暴発が起きただけだった。
自分に向けられた銃の火薬を弾けさせる程度のことは、炎属性の私ならば赤子の手をひねるよりも簡単である。
私はもう一歩前に出ると、私こそがこれから起きる事象を引き起こす魔術師だとひと目でわかるように両腕を広げた。
「あつい!」
「ぎゃあ。石、石が熱い!」
「うあああ。なんだこれは、うわあああああ」
城壁の上では兵士達の悲鳴が次々起こった。
私は地熱を利用して城壁の石を温めたのである。
かなりかなり熱めに。
聖務局員達は慌てふためき、城壁の歩廊から逃げて行く。
クラインは彼等の姿に、えげつない、と私を評しながら鼻で笑った。
さて、私の魔力を察知したはずのノヅチが、なぜ私の邪魔をしなかったのか?
今まで強制的に凍えさせられて、冬眠状態にされていた彼等だもの。
彼等が活性化できる温度にまで地熱を引き出し、彼らの縄張りを温めた私に彼らこそが同調しないわけがない。そして活性化できたのならば、彼等は大喜びで自分達の縄張りを荒らした者への報復に動くのだ。
数分後、私達に向けて跳ね橋は下ろされた。
開城宣言よろしく跳ね橋を下ろしたのが、ノヅチによって改心した敵の降伏の証か、解放されたアトロフスカの民によるものか、はたまた単なる罠か分からないが、私とクラインはとりあえず渡った。
私達の目的は最初から、大キープ内に入る事、だったのだから。
お読みいただきありがとうございます。
魚関係日本固有種にしてみましたので、山の妖精は日本仕様にしてみました。
なんでノヅチさんかは、日本のミミズさんが北米を侵略中と知ったからです。北米の森の土を日本仕様にして森を駄目にしているそうで、ミミズ怖いってことで、ノヅチさんです。
また、ノヅチノカミはカヤノヒメという女神様の別名でもあります。というか、日本は山の神様は女神様であるという信仰です。
大昔は山で道具を無くした木こりさん達は、俺の大事なものを見せるから俺の大事な道具を返してって、全裸になって女神様にお願いしたそうです。
だから裸なクラインはノヅチさん達に追いかけられたのね、です。
※誤字脱字報告ありがとうございます
「美しかな山風景」は、クラインがふざけての言い方ですのでこのままです




