兄と弟
私はクラインのキスに溺れていた。
このまま溶けてしまいたいと思った。
クラインの手が私の左の腿に触れた。
「はあっ」
小さな落雷を受けたかのように、私の全身がびくんとした、のだ。
私の体の反応をさらに煽るように、彼の手が私を揺さぶり探るように動く。
その指の動きは私の体を宥めながらも駆り立てるばかりで、私は少々どころか完全なる恐慌に陥ってしまった。
クラインの手が私に与える感覚が何もかも初めてすぎて、とっても強烈に感じるばかりで、ええと、自分を失っちゃいそうなのよ。
「ま、まま待って」
「嫌になったか?」
クラインは直ぐにキスを止め、私への手の動きも止めてくれた。それから彼は私の顔を両手で包み込み、心配そうな顔つきで覗き込んで来たのである。
その表情は失敗しちゃった犬が浮かべるみたいな顔つきで、私の胸にストンと何かが刺さったみたいになってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってってだけ。い、嫌じゃないから困るほどなのよ」
「ぷ」
吹き出したクラインは笑いを抑えるために左手で口元を押さえ、それでほんの少し体を私から浮かせた。それでも彼が私を彼の体の下に閉じ込めたままなのは変わらない。右腕を支えにして彼は上半身を浮かせているのに、仰向けの私にしっかりと彼の体重をかけて私がこれ以上逃げられないようにしているのだ。
重い。
クラインを少しだけでも押しのけようとクラインの両肩に両手を添えると、クラインはなんだか優越そうな顔で私を見下ろしてきた。
「積極的か――初めては怖気づくものなのに。いいな」
「えと、そういうことじゃ、きゃあ」
さらに重くなった。
視界も暗くなった。
クラインが私を完全に押しつぶしてしまったのだ。
いいえ、最初からやり直しみたいに、彼は私を抱き締め直したのである。
そんな彼は再び私にキスをしてきたが、それは唇ではなく、額だったり、耳元だったり、頬だったりと、くすぐるようなキスばかりだ。
「も、もう!くすぐったい。重いし、クライン」
悪戯ばかりのクラインの顔を、私の両手は挟んで押さえつけていた。
嬉しそうに私を見返す彼の表情で、私は彼が望んでいる事に気が付いた。
積極的か!
私は彼の顔を引き寄せると、私こそ彼の唇に自分の唇を重ねた。
「くぷ、くらいん」
私から彼の重みは無くなった。
彼は私を抱えたまま半回転し、今度は仰向けの彼が下で私が上という格好だ。
クラインは私ににやっと笑って見せた。
「君はお馬さんごっことお医者さんごっこのどっちがしたい?君にだけは無礼講だ。君の思うがままに俺を好きにして遊んでいいぞ」
「あなたったら」
私は彼の笑顔にお返しをするようにして抱きつき直し、ついさっきまでのクラインのようにして、彼の体に全身を預けた。
「寝るなよ?それは提案していないぞ」
「固さから最高のベッドなんだもの」
「お前は!」
クラインは私を叱るどころか笑い声を立て、私の背中に両手を回して私をぎゅうと抱き締めた。私も喜びの笑い声を上げて彼を抱き返す。彼の腕の中はなんて安全で幸せに感じるのだろう。
ようやく見つけた私の居場所のような気がした。
私はクラインを愛しているのだ。
愛してしまったのだ。
ずっと愛していたのかもしれない。
でも彼が求めるのはリイラであり、私は彼が求める女じゃない。
クラインの体にしがみ付く指先に力が籠った。
絶対に離したくない、離されたくない、と。
「これじゃあ出来ないか」
クラインは呟くと、忌々しそうに舌打ちをした。
えっと、私はまだ告白はしていない、はずよね?
勝手に声に出していた?
あなたを愛していると。
リイラを抱きたいクラインには、私の気持ちは重荷になるだけだったの?
クラインは唸りながら起き上がると、彼の体から落とされてしまった私の体に毛布を掛けて私の体を覆った。それから彼は大股で部屋を突っ切って行き、少々乱暴に部屋のドアを開けたのである。
下履き一枚という姿で。
「俺にぶち込まれたいのかぶち殺されたいのか今すぐ選べ」
クラインは地獄の底から出したような声で脅し文句を吐いた。
私は、え?と唖然としてしまった。
その格好でそれは確かに説得力があり過ぎて、かなり恐ろしいですけれど!!
そして、私が茫然としたと同じように、戸口の訪問者もクラインの暴言に呆気にとられたのだろう。
訪問者が出した声はかなり上ずっていた。
「ぶ、ぶち込まれたいわけあるか!何だその選択肢!僕がぶち込まれたい方を選んだら兄さんはどうするつもりなんだ」
「ぶち込みたくねえから、ぶち殺すだけだ」
「最っ初っから無いじゃない。選択肢!」
「そうなんだよ、無いんだよ、もう選択肢はありゃしない。俺はもう決めたんだから俺の邪魔をするんじゃねえ」
ばあああん。
家が揺れるぐらいの勢いでクラインはドアを閉めた。
彼は大事なはずの弟を締め出した。
私を守るために。
「クライン」
「兄さん。一時休戦でどうかな。兄さんにだって選択肢は無いんだよ。そこの女を聖女として聖務局に差し出すか、ケレウスの城に連れて行くか、どちらかだ」
クラインは再びドアを開けた。
戸口のセニリスはドアを開けたクラインに顎をあげ、さらにクラインを揺さぶるであろう台詞を吐こうとした。
だがその男はクラインだ。
「確かに選択肢はねえな。こいつはケレウスの好みじゃ無いからな、城に連れて行ったらケレウスこそ困る。お前の銀髪ねえちゃんの方があいつの好みだろ?あっちを差し出したらどうだ?師匠、お土産ですってな。おいおい、もしかしたら、あのアマは次期伯爵様より現伯爵様を選んだのか?」
「兄さん!」
なんてひどい男だろう、クラインは。
セニリスは当たり前だが、頬骨の辺りを上気させて怒りを見せた。
だが、セニリスは怒りの感情を顔から隠すと、見下げ果てたという目でクラインを見返すという暴挙に出た。
「むぐ」
クラインがそんな行為を許すはずは無いし、クラインは脊髄反射で動くところがある。クラインは右手でセニリスの顎をしっかりと掴み、自分の方が身長が高く筋肉質であることを教えるかのように、セニリスを持ち上げながら彼に圧し掛かっているのだ。ミシって、骨が軋む音がした?
「うく」
「てめえ、俺への態度がなっていないんじゃないか?躾が必要か?してやろうか今すぐに。ごりって顎の骨やっちゃうか?」
大事な弟だったはずじゃないの?
私はベッドを飛び出すと、クラインを後ろから抱き締めていた。
「待って、け、喧嘩は止めて。たった二人きりの兄弟じゃ無いの」
クラインの体に回した私の腕は、クラインの背中に押し付けられた私の胸は、クラインが一瞬だけ強張った後に大きな溜息を吐いて力を抜いたのを感じた。
「――俺はお前の身の」
「そ、そうですよ。兄さん。彼女を守りたければケレウスに会わせるべきです。いいえ、そうしなければケレウスこそがこの家ごと破壊します。僕はあなたとの交渉に来ただけです。哀れなロセアを気遣いながらね」
クラインは既にセニリスから手を離していた。
それからセニリスに対し、ハハハ、と乾いた笑い声を上げた後、セニリスの襟首を乱暴に掴んだ。そしてそのまま彼を引き摺って室内に引っ張り込むと、ドアを壊す勢いで閉めた。
私はその動作の為に振り払われて床に座り込むことになったが、そのために視界が変わって戸口の向こうの景色が見えていた。
「クライン!兵士がいた!剣を持った兵士がいたわ!」
私の叫び声に呼応するようにして、部屋の扉が大きく軋んだ。
お読みいただきありがとうございます。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
さて、第三章のラストを台無しにする第四章初めの話でした。
第四章はガチャガチャ行きます。
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