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聖女の相棒は横暴な聖騎士様  作者: 蔵前
第三章 暗雲が立ち込める
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手前の憩い所の理由

 男と女が腕を組んで歩くならば、街中でするべき、と私は思う。

 納屋を出た私が遭遇した世界は、牧草が揺れるだだっ広い牧草地が延々と広がるという景色であった。そしてそこには人どころか、牧場だったらいるはずの馬も牛も羊もいない。


「ここはベラルゴの外れだ。で、俺達の愛しい弟に見つかる前にアトロフスカに入るぞって、お前に言っても地理が分かんないか。俺達はこれから西を目指すと考えればいいよ。西の方角ぐらいわかるよな?」


 私はクラインの言い方にむかっ腹を立てた。そこで正確な方角を答えてやろうと意気込み空を見上げたが、星空じゃ無ければ方向などわからないものだとすぐに気が付いて溜息を吐いた。


「えっと、でも、季節的に太陽の傾きを考えたら」


「今何時か分かっている上で太陽の位置を見てる?」


「何時でしょうか。クライン様」


「諦めるの、早!」


「ごめんなさい。でもどうして最初から、そのアトロフスカに移動しなかったの?あなたの力を持ってしたら、実はアトロフスカの宿の部屋の一つや二つぐらいになんて簡単に潜り込めるんじゃないの?」


「うわあ。昨日まで聖女だった女が、無銭宿泊を提案してやがる。そんなに俺の教育が良かったか?流され過ぎる女は飽きられるのが早いぞ?」


「もう!」


「ハハハ。アトロフスカは城塞都市だ。つまり、どんな奴の魔法干渉も撥ね飛ばしてしまう仕組みなのさ。真面目にテクってこんにちはしないと入れない」


「そう。歩くのね」


 私は遠い地平線のような牧草地を見つめた。

 城塞都市なんてでっぱりの影一つ見えない、延々と続く地平線のような世界。


「ここを歩くのね」


 神殿から出たいって私は願っていたんじゃ無いの?

 いいえ、神殿を、守り石を守れるのは私だけだから、私は神殿にいなければいけないのよ。そうしないと世界が壊れてしまうから。そう自分に言い聞かせて自分は他の人と違うと思い込んでいただけだわ。

 どうせ、私はどこにも行けない。


「あたしらはここで朽ちていくだけさ」

「お前は火を絶やすな」


 しゃがれた年老いた女の声にクラインの声が重なり、私の中で炎が見えた。

 すると、遠くから私を呼ぶ真赤な炎を感じた。

 それは守り石に閉じ込めた私の炎であり、私はそれで今の自分が立っている位置が分かったのである。


「アプリリス?」


「あっちに私の守り石を感じるわ。だから、アトロフスカはあちらね」


「残念。アトロフスカはあっちだ」


 私が指さした方角からずれた方向をクラインは指さした。

 確かに、クラインの指し示した方角には城塞都市らしい山のような影がある。

 ええ?


「ばかたれ。単にアトロフスカがここから西方向にあるってだけだ。神殿から西へ直線引いた先じゃないよ。さあ、簡単な問題も答えられなかったアプリリス様には後ほどクライン様より罰が与えられます。どうぞご覚悟をしておいて下さい」


「罰?キスをそんなにしたいの?」


「君こそ?俺は罰がキスだなんて言っていないぞ」


「はうっ」


「俺は構わないけどね。いや、今すぐ君は俺にキスがしたくなるか」


 クラインが手を叩くと、私達の目の前には鞍を付けた馬が出現した。

 とても大きな馬であるが、だだっ広いだけの見通しの良い牧場に馬の影など無かったはずだ。

 でもそんなことがどうでもいいくらいに、私は馬の出現に歓声を上げていた。


「クラインの分身みたいな子ね!」


「俺が種馬だと言いたいのか?君への罰は加算されました」


「あら、綺麗なこの子に似ているのが嫌なの?この子は焼けたばかりのパンみたいに美味しそうな色合いで、たてがみなんか金色のバターじゃないの」


「俺が美味しそうだと思ってたってことか。お前は俺にベタ惚れじゃないか」


「え、あの、うわああ」


 クラインは馬に乗り上げるや、私をそのまま引っ張り上げてしまったのだ。

 もちろん私こそ彼に引っ張られる事に抵抗するどころか彼にしがみ付き、彼の負担が少しでも減るように馬の鞍によじ登ってもいたけれど。


「俺は前言を撤回してばかりだな」


「罰は無しってこと?」


「いや。痩せている女の方が馬に乗せる時には楽だなってやつ。実感?とりあえず急いで太らなくてもいいかもな。俺の負担が減る」


 私はクラインの胸を軽く叩いた。

 クラインはそんな私を自分の胸に押し付けると、そのまま馬を走らせた。

 私はクラインの胸に体を預けて、彼にしがみ付けるだけしがみ付いた。

 だって、クラインは跨いで乗っているけれど、私は横座りという格好なのよ。


「ク、クライン。ふ、不安定だわ。わ、私も鞍を跨いで座りたい」


「俺は君を落さない。そして乗馬用ドレスでない君は、女性の癖にドロワーズも履いていないまる出しさんだろ?スカートがめくれ上がったら大変じゃないか」


「ズボンだったから男物のパンツは履いていたの。だから大丈夫よ」


「最低だな、お前。男のやる気削ぐ大会で優勝できるよ」


「クラインったら」


「まあ、お前はその調子でいいのかもな。アトロフスカでお前は泣く事になるだろうからな。今のうちに適当こいてろ」


「危険な場所なの?そうよ。魔法が使えない場所ならば、囲まれちゃったらあなたは大変なんじゃ無いの?」


「お前のそれは、俺が囲まれちゃったりした場合は自分は俺の何の助けにもならないという宣言か。罰加算」


「冗談じゃなくて心配しているのよ」


「アトロフスカにはな、リイラの母がいるんだよ。あそこは魔法が使えない。つまりさ、聖務局の奴らも簡単に立ち入ることができない治外法権の場所だ」


「そんな場所にいらっしゃるってことは、リイラが聖女候補生になった時に、お母様は聖務局に抵抗されたの?それで身の安全のためにそこに?」


「その反対。ロセアこそリイラを売った」


「そんな」


「仕方がないよ。娘が聖女だって事は誉れそのものだろ、普通は。それで、信仰心の厚い彼女をあの町にぶっこんだのは、俺と弟。俺達のやることを吹いて回られたら困るからな。だが、リイラには八年会えなかった愛すべき母親だ。会わせるべきだろう?」


「そうね。あなたは本当に優しいのね」


「落ち込むことを見越して先にやっておこうって程度の男だがな。今夜が無理なら昼のうちにって」


「クライン?」


「ハハハ。アトロフスカ手前にお休み所を作った理由がそれだよ。母親に煩くされる前に既成事実の一つか二つぐらい作っとこうかな、というやんちゃな俺の企みだな。まぬけのせいで計画が狂ったが、お前は話を合わせろよ」


 クラインは笑いながらの軽い口調で語るが、私は彼の重い決心を今更に思い知らされた気がした。彼はリイラを、絶対に、二度と、神殿に戻す気など無い。


「わかったわ。でも、ごめんなさいね。リイラじゃないから既成事実を作れなくて。いいえ、リイラじゃ無ければそんな気にならないわね」


「お前はどれだけ俺をケダモノに見ているんだよ?そういうことは女の子をちゃーんと口説いてその気にさせてからじゃないと駄目でしょう?罰追加だ」


「あなたって」


 私は不安定な体制を利用する事にした。

 クラインにしがみ付き、彼の胸に顔を埋めたのだ。

 私の頭に添えられたクラインの手は、なんて大きくて温かくて優しいのだろう。

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