私でいいの?
クラインはここで話は終わったとばかりに豪快にシャツを脱いだ。
納屋の中と言えども昼日中だ。
外の陽光が入るそこで上半身を裸にした彼であるが、神様だって彼を破廉恥だと叱ることが出来ない体をしていた。
小麦色に焼けた肌は、金色の光を帯びているように健康的に輝く。私が何度も押し付けられた彼の胸元も、何度もしがみ付いた彼の胴回りにも、草原を走る馬のように無駄な肉が無い。
彼の体は神馬のように、ただただ躍動感で美しいだけなのだ。
ぼんやり見ていた私の視線に気が付いたのか、彼はくるっと背を向けた。
背中もなんてきれい……えええ、ズボンまで脱ぎ始めているじゃないの。
「ちょっと、クライン!移動するんでしょう」
「ぼろ着で移動したら目立つだろうが。涙が引っ込んだんだったら、俺を眺めながらでいいから君もその服を着替えてくれ」
今朝の私は男の子の格好でいる事を主張した。
でも今は。
「ちょっと、お前!何をやっているんだ!」
クラインの大声に私は脱いだばかりのシャツを胸に当てた。
あなたこそどうして私がシャツを脱いだタイミングでこっちを向いて、あ、荷物袋から着替えを出そうとしたのね。
「今はそれどころじゃないから誘っても無駄だぞ」
「さそ、誘うって何よ。今すぐ着換えろって、あ、な、た、が言ったから着替えているんでしょう!」
「替えの服も出さずに着換え始める奴があるか!思い切りよくシャツを脱ぎやがって!男に胸を晒してどうする!」
「色気が無いと散々にお褒め戴いておりましたから、わたくしこそ自分に胸があったことを忘れていましたわ。ごめんあそばせ」
「ばか。いや、わたくしこそ見もせずに評価した過去を謝罪いたすべきでした。吸いつきたくなる良い乳房でございました。どうもご馳走様でございます」
「ぶ、ぶあか!」
「ハハハ。ばあか」
クラインは荷物袋の中を大きくかき混ぜる動作をすると、中から取り出したものを私に向かって投げ付けた。それはふわっと宙に舞い、私を頭から覆った。
彼は私にどうしてもドレスを着せたいらしい。
ただし今回は薄ピンクでは無くて、あまり目立たない薄茶色だった。
布地がしっかりしてる所は同じだが、貴族女性の旅行用ドレスではなく、普段着用程度の少々目が粗い布地による物である。
私に子供の名づけや子供の夜泣きを相談に来る、農婦達が着ているような。
自分の心の中を見透かされた気がした。
クラインは私をしっかり観察していた?
「どうした?急に黙り込んで。お前は裸になりたかっただけか?」
「それはあなた!で、どうやってこんな状態の私が着換えればいいの?」
「これから俺が外に出るから五分以内に袖を通してくれ」
「女のドレスは男物よりも時間がかかるわよ。後ろボタンは大変なのよ」
「俺は袖を通せと言っただろ?ドレスのボタンもリボン結びも、多分君よりも俺の方が手慣れている。後ろボタンは担当してやるから早くしろ」
「ええええ」
ドレスを被った私の耳に納屋のドアが開閉する軋みが聞こえ、私は頭からドレスを引き剥がすとクラインの言った通りに動き出した。
なんて従順になってしまったのか。
そしてこうまで自分が彼に従うのは、化け物として殺されたくない、そんな思いからではない。クラインは私をカラバリに連れて行くと言ってくれた。それが私自身を守るためではなく、彼が本当に守りたかったリイラへの弔意でしかないとしても。そして私は私を見ていないクラインに、見放されたくない、そんな自分のいじましさに縛られているのが本当に情けない。
聖女の時に近隣の幸せそうな若夫婦を眺めては、どこにも行けず、誰にも愛される事のない人生を思って何度泣いただろう。結局私は聖女として振舞っていながらも、聖女などになり得ない普通の幸せが欲しい女でしかなかったのだ。
聖騎士としてたった三ヶ月私についていただけで、クラインは私のそんな内面をしっかり読んでいたのだろう。だから、彼が選ぶ服は結婚式後に旅行に出る女性の着る様なドレスや、毎日の家事仕事をする農婦のドレスなのだわ。
いいえ、もしかしたら、彼こそリイラを奪還した時の事を考えてのこの選択だったのではないの?
だって言っていたじゃ無いの。
私がリイラだったら俺の嫁って。
私は痛んだ胸を無視するようにして、急いで農婦のドレスに体を入れた。
「ああチクチクする。女にはドレスの下に着るドレス下という下着が必要なんて男が知っているはずは無いわね」
「今朝、俺の言う通りにドレスを着ていれば、そのドレス下の上にこいつを着てお終いだったと思わないかな」
クラインはいつの間にか後ろにいたらしい。
私のドレスの身ごろは後ろに引っ張られ、クラインによって後ろボタンが嵌められ始めた。彼の言葉通りにボタンを嵌める彼の指先は器用で手早い。でも、彼の長すぎる指の関節が私の背骨に時々あたる。
そのたびに私の体が震えた、だなんて。
「おわり」
「ありがとう」
「どうしてここに着替えを置いていたのか聞かないのか?」
「えと、逃亡の準備万端でありがとう、としか」
「だよな。わかんないよな。こういうことは相手に気取られずに口説きながら進めるべきなのに、一足飛びにここだ。わかんないよな」
「ええ。本気であなたが何を言っているのかわからないわって、きゃ」
両肩をクラインに掴まれたと思ったそこで、クラインが私をぐるんと半回転させたのである。
私はクラインに向か合わせにされた。
彼はとっても悪そうな笑みを顔に作った。
それだけで私の胸の中で沢山の鳥が羽ばたいたみたいになるなんて。
「車ン中じゃ思い切った事ができないだろ?」
「車の中で思い切ったこと?え?」
私の背中にクラインの右腕が回され、私の頭には彼の左手が触れている。
私はこのままキスされるのかとクラインを見返したが、クラインは笑みを崩さなかったがキスもして来なかった。
ただ、右手を背中から腰へと下げていき、腰に辿り着いたそこでぐいっと引き上げるようにして手に力をいれたのだ。
「あ、きゃあ」
バランスを崩した私は後ろへと倒れた。
倒れまいとする私は、必死に両手をクラインへと伸ばしていた。
「あ、まあ!」
私はクラインにぶら下るようにして彼の首に両手をかけていて、クラインはまるでダンスをしているようにして私の背中、そして、私の右の腿に手を掛けているではないか。
でも、ダンスよりも煽情的な図でしかなかった。
私の脚は完全に捲れたスカートのせいでまる出しとなっていて、その右脚をクラインの腰に絡めさせるようにしてクラインは私の足を支えているのだ。
彼はにやっと笑うと私の脚から手を離し、恭しい仕草で私を立たせ直した。
「く、クライン?」
「車の中じゃできないだろ?わかったか?」
私はやっぱりわからないけれど、頭を上下させるしかない。
「ハハハ。ぜんぜんわかってないくせに。この嘘吐きおぼこが」
機嫌良さそうな笑い声を立てた男は、着替えが無くなってかなり萎んだ荷物袋を持ちあげて肩にかけると、私に左腕を差し出した。
肘をまげて差し出された腕は、そこに私の腕を掛けろというものだ。
いいの?
私があなたの腕に腕を絡めていいの?
「お遊びはおしまい。本気で俺と一緒に来い」
私はクラインの腕に自分の右腕を絡めた。
いいえ、手放すものかという勢いで、私はクラインの腕にしがみ付いていた。
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