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聖女の相棒は横暴な聖騎士様  作者: 蔵前
第三章 暗雲が立ち込める
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天使は真実を告げる者

 クラインは私の腰ベルトに指をかけ、私をどこにも行けないようにしている。

 私は口を開けば、いい事をしよう、の男にウンザリするどころではない。


 何が私を知りたいからこそ腕に抱きたい、よ。


 普通に会話をして分かり合えば良いでしょうに、クラインはお互いに触れ合う事で互いが分かり合えると言い張るのだ。


「あなたは神の教えを守る聖騎士でしょう」


「俺は俺の神のご意思には従っているよ。それにさ、君の奉ずる神こそ言ってるだろ?何も考えるな、何も見るんじゃない、と。ああそうか。探り知ることはタブーだったか。君の神は純粋なる間抜けであることこそを人に望んでいたね」


「あな、あなたはなんてことを!神を愚弄するなんて」


「ハハッ。愚弄したくもなるだろう。神様と言う奴のせいで守るものが無いじゃないか。俺の腕の中は空っぽのままなんだよ」


 クラインはふざけた言い方しかしないが、彼の声音に彼の痛みが滲んでいるような気がした。

 私こそ彼の言葉で胸が痛んだから、勝手に彼も傷ついているのかもと錯覚しただけなのかもしれないけれど。


 守るものがない自分の腕は空っぽ。


 なんてひどい言い草だろう。

 私は守る価値もないと彼は思っているのね。

 価値が無い事に気が付いたから、守って欲しければご奉仕しろってこと?

 守る価値があるか調べたいから身を投げ出せ?


 私はクラインの前に進むと、思いっ切りクラインを突き飛ばした。

 そんなもので倒れる人なんかじゃ無いのは分かっていたけれど、私の中の鬱憤を彼にぶつけたかったのである。


 だが、彼は簡単に仰向けに転がってしまった。


「ええ、って、きゃあ!」


「おバカ」


 私は仰向けになった彼の上に倒れていた。

 そう言えば私の腰ベルトは彼に掴まれたままであった。


「もう!」


 仰向けに転がっている男は、笑い声を立てながら私の背中に両腕を回した。

 ぎゅうと抱きしめられた感触に、私は嫌がって彼を撥ね退けるべきなのに、私の両手は彼の胸を押さえるだけだ。


 私はクラインの胸に押し付けられたそこで、彼の温かさに触れて、彼の心臓の音を聞いて動けなくなったのだ。

 キスという自分の肉体への譲歩をしてしまっただけで、私はこんなにもクラインに縋ってしまうようになっててしまうなんて。

 神を奉じる者達に神が純潔を説くのも仕方が無いのね。


「情けないわ。お願い放して」


「嫌だね。言っただろ。俺の腕は空っぽだって。俺の空虚を埋めてくれよ」


「私に守る価値がないなら放せばいいじゃない!守る価値が無いから奉仕を求めているの?そんなのは嫌よ!人を馬鹿にするのもいい加減になさいな」


「それは同感だな。俺が女のキス一つでどうにでもなると思われるのは心外だ。いいか?俺はお前を知りたいだけだ」


「私を知りたいだけ?」


「知りたいよ。俺が腕に抱くお前はなんであるのか知りたい」


 クラインの唇が私の唇へと降りてきた。

 そんなの受け入れられないって言わなければいけないのに、能力を使ってでも彼の腕から逃げるべきであるのに。


 ああ、私の胸は勝手に高鳴っている。

 この状況を屈辱に思わなければいけないはずなのに!


 すっと世界に陰りが出来た。

 罪深き私達の頭上に、翼を広げた大きな大きな鳥が出現したのだ。


「裁きの天使が来たわ」


 私達に影を落としたのは、ガンダルと呼ばれる凧のような船である。

 海のエイのような形の平べったい二人乗り程度の船であり、容量的に貨物なども運べない。また、風に乗って飛ぶガンダルを風に乗せるまでには、ロバ一頭分ぐらいの重さのあるガンダルをまず持ち上げねばならない。その上その後は殆ど動力のないそれを航行させる風属性の能力も必要とされるのだ。


 つまり、魔法能力のない一般人には、ガンダルは無用の長物でしかない。

 よって、ガンダルを保有しているのは能力者を多く有する軍や聖務局ばかり、となる。


 さて聖務局では、ガンダルをある特定の任務にだけ使用している。

 その任務とは、新たな聖女を神殿に連れて行き古い聖女の代りにそこに納め、そして、役目が終わった聖女を神殿から引き上げることである。


 それだけの事なのに、どうしてあの船を裁きの天使と呼ぶのだろう。

 私はぼんやりしながら大きな大きな凧を見上げていた。

 私もあれに乗った事があるはずなのに、乗った記憶が無いのはなぜなんだろうと、今初めて気が付いたからかもしれない。


「ちぃ。トビエイか」


 クラインが大きく舌打ちをし、私はもの思いから覚めた。それから彼は、なんと、私を抱いたまま身を起こしたのである。

 裁きの天使の乗員は聖務局の人でしょう。

 私達は直ぐに離れるべきなのに、それなのに、クラインは彼の大きな左手を私の後頭部に当て、彼の左肩に私の顔を押し付けるように抱き直したのだ。

 つまり彼は私を手放すどころか、私を守るように抱き直したのである。


「何も喋るなよ。全部俺に任せろ」


「あなたは口から生まれたみたいな人ですものねって、痛い」


 頭ではなくお尻を叩くなんて。

 そしてまだお尻に手があるなんて!

 破廉恥な聖騎士に抗議してやろうと思ったが、私の顔はさらに彼の左肩に押し付けられて潰された。

 聖務局の人間に、あなたが、本気で裁かれたらどうするの!


「兄さん、無事で良かったよ。たださ、僕の報告を受けていて、それでも聖女と一緒に行動を取るなんて思わなかった」


 兄?

 クラインが語った弟さんは、聖務局の人だった?


 私は咄嗟に私の背後というクラインの正面に立っている人物に振り返ろうとしたが、クラインの馬鹿力でさらに押さえつけられ窒息しそうになっただけだった。


「お前は見通しが甘い所があるからな。兄としてはまるっと鵜呑みにできなかっただけだ。それで何が起きた。一番近くならば南のユーニウスか?それがここまで影響が出る爆発が起きただなんて、お前は一体何をしたんだ」


「ハハハ。ユーニウスにはまだ何も起きていない。フェブアリスの失敗を奴らが繰り返すはずは無いでしょう。そうだね、兄さん達を襲ってしまったのは、ごめん、僕。僕も兄さんみたいな技が使えるようになったからさ、実験?」


「実験で人を巻き込む大爆発を起こしたのか?貴様は」


「まさか。僕は待ったよ。ターゲットが人里離れた地点に辿り着くまで。ほら、僕が憎いのは僕達のリイラを喰った聖女でしょう。無関係は殺さない。それは兄さんと最初に決めた大事な事じゃないか!」


「良かったよ。お前のお陰で散々だったのが俺達だけだって知れてな。まったくふざけやがって。俺はアプリリスは攻略したさ。それで略奪した女連れての凱旋中に、余計な茶々を入れやがって」


 クラインは私を抱く腕を少々緩めた。

 その代わりという風に、彼は右手で私の顎を持ち上げた。

 自分に口づけさせるように。


「兄さん!聖女候補生なんか無かったんだよ。僕達のリイラは兄さんが抱く化け物に食べられていたんだよ!それはリイラじゃないんだよ!!」


 クラインの弟、セニリスの叫びは私の身も心も凍らせた。

 クラインの唇を自分の唇に感じたが、彼の温かさも全く感じなかった。

 聖女はそもそも化け物だった?

 クラインは私がリイラだと思っていたから必死に守ったのに、私こそクラインのリイラを食べた化け物だったというの?

お読みいただきありがとうございます。

ジェット機は酔うので乗りたくない蔵前ですが空を飛ぶ乗り物好きです。

ガンダルは超軽量動力機マイクロライトプレーンを想定しています。

しかし現行のマイクロライトプレーンよりも密閉型の二人乗りということで、

総重量をロバ一頭(250キロぐらい)と設定しました。


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