君は、あなたは、大丈夫?
私とクラインを襲った強い光。
それは世界のどこかを焼きつくした爆発から生じた光だった。
その証拠に、その光が私達の網膜を焼くぐらいに輝いて見せたすぐ後に、光を追いかけるようにして大きな衝撃が私達に襲い掛かったのである。
車の幌は一瞬で塵と化して消え去り、車体は受けた衝撃によって大きく横転したのち炎上した。
私達は?
もちろん無事だ。
覆いを無くした車体が傾いだその時に、危機を悟ったクラインが腕に私を抱いて車外へと飛び出してくれたのだ。
見渡す限り爆風に薙ぎ払われて業火が巻き起こっている地獄絵図のこの世界で、私を守り抱きしめる彼と彼にしがみ付く私は生き残れたのである。
もちろん私だって生き延びるために必死に足掻いた。
私だって今世紀最高の聖女と呼ばれた力を持っているのだ。
爆発のエネルギーは上と横にしか作用しない。
つまり、私達が下に逃れる事が出来れば私達は安全だ。
だから私は光と破壊を知るや、車を中心にした半径五十メートルほどを爆破して表土を剥ぎ、私達を隠すことができる程度の塹壕を作り上げたのだ。
けれども、私がこの事態に気が付くのが遅すぎた。
爆風が私達に襲い掛かる方が早かったのだ。
だから私達は大きな被害を受けてしまい、車を失い、荷物を失い、今や地面の上で残った互いだけを抱き締めているという有様だ。
それでも私達は生きてはいると、私はクラインを抱く両腕に力を込めた。
私を抱くクラインは、お返しのようにして私を抱き返した。
「はは、さすがアプリリスと言うべきか。咄嗟に地面を陥没させるとは」
クラインこそ、流石、である。
どんなに車が大きく転がってしまおうとも、彼は自分の体に全ての衝撃を受けるようにして私を抱いて守りきったのである。その証拠に、美貌の彼は煙突掃除をしてきたばかりみたいに埃塗れで、額から血を流している満身創痍の姿である。
そんな状態の癖に、私を褒めるだけだなんて。
「だよな?君の仕業なんだよな。俺達のこの避難所を作ってくれたのは」
クラインは彼の言葉に応えない私から右腕を外した。
私の体は彼を逃したくないと反射的に動き、両手の指先に力が籠った。
でも、私は何も心配する事など無かったのである。
クラインは私を彼の腕から手放すどころか、自由になったその右手で私の左頬を包み込んだのだ。
彼は私の無事を確かめるようにして、私の顔を覗き込んだ。
彼の真っ青の両目はなんて美しいばかりなのだろう。
私は私を心配して覗き込む彼に何かを応えなきゃいけないのに、全てを忘れて彼の青い瞳を見つめ返すしかできなくなった。
彼の瞳は青い空で青い海だ。
白い帆を張った帆船だって見える。
海どころか湖だって無い荒れた内地の神殿に閉じ込められていただけの私なのに、どうしてこんなにも美しく心休まる風景が彼の瞳の中に見えるのだろう。
「アプリリス。大丈夫なのか?動けなくなったのか?」
私の両手はクラインの背中に回されたままだった。
そして体のどこも痛くはなかったけれど、私はやっぱり声も出せなかった。
大丈夫ってクラインに答えたら、私は彼から腕を外さなきゃいけなくなる。
もう少し、もう少しだけ、私はこの温かな胸の中にいたいの。
私を抱き締めてくれる人の腕の中にいたいのよ。
「アプリリス。大丈夫なのか?君に怪我が無いか確かめたいからまず手を」
私はさらに腕に力を込めた。
クラインは一瞬だけ目を丸くした。
その後の彼の表情の変化は、私の全身から力を失わせた。
力を失ったといっても私の腕はまだ彼にしがみ付いたままで、私の体が動かなくなっちゃっただけ、と言った方が正しいかも。
彼の笑顔によって、私は魂が抜けたみたいになったのだ。
クラインが今私の目の前で浮かべている、純粋に嬉しいという彼の表情は、どうして私の魂をこんなにも揺さぶるのか。
泥まみれで美貌なんてわからない状態での笑顔なのよ。
「海に落ちた猫みたいだな」
私の頬からクラインの手は消えた。
私は一瞬で不安になり、でも、一瞬で落ち着いた。
クラインはその手で私の頭を撫ではじめたのだ。
怪我がないか確かめるように、壊れやすい繊細なものを愛でるようにして。
「病人はさ、大丈夫?っつって額に手を当てて熱を測ってもらうだけで満足するってのにね」
クラインの以前の言葉が蘇り、私は本当に彼の言う通りだと思い知った。
私を撫でる彼の手が私をこの上なく慰めるのだ。
「もう大丈夫だ。もう大丈夫なんだよ」
私はようやくクラインから腕を一本外すと、その手をクラインの額に当てた。
その瞬間彼は動きを止めた。
彼は動きを止めているのに、なぜか私の目に映る彼はぼやけていた。
それは、彼を見つめる私の両眼が涙で溢れていたから。
「どうした?どこかを痛くしたのか?」
「あ、あなたこそ大丈夫?怪我をしているわ」
「君こそ怪我はないのか?痛い所は?」
「あなたが怪我をしているわ。こんなに怪我をしているわ。あ、あなたが怪我をしているのに、私には何もできないなんて」
「し、しぃ、俺は大丈夫だ。大丈夫だから」
「あなたが怪我をしているのよ!!」
クラインは、大丈夫だよ、と言った、気がする。
気がするだけなのは、私は私に微笑んだクラインの嬉しそうな顔で世界から音が消えた様な気がしたし、その後は傾けた顔を下ろして来たクラインの唇から目が離せなくなったのだもの。
彼の唇は厚くも薄すぎもしないが、繊細過ぎもしない。
でもなんて素敵な唇なんだろう。
その唇が大丈夫と呟いたと私がそんな気がするだけで、クラインは何も答えずにキスの為に唇を少し開いただけだったかもしれないのだ。
私はクラインの唇を自分の唇で受けていた。
私は再びクラインを締め付ける万力となった。強く強く、私は彼に与えられる感覚に応える様にして彼を締め付けていた。
「痛っ」
痛みを訴えたクラインは、私から唇は剥がさなかったが身を捩った。彼の背中に爪を立ててしがみ付いていた私の左手は彼にそのままにされたが、彼の髪の毛を掴んでしまった私の右手は彼によって掴まれて彼の頭から剥がされた。
ただ剥がしてお終いじゃ無かった。
クラインは私から顔をあげ、拳となっている私の右手にキスをして指を開かせ、次は開いた手の平にキスを与えたのである。
唇に受けた時とは違う感覚に私は喘ぎ、再び私の唇は塞がれた。
私の右手を掴んだまま私にキスを深める彼は、私の手の平にキスが出来ない代わりのように彼の親指で何度もなぞる。そのたびに雷を受けた様に体の奥がビクビクと深く痺れ、私はもっと彼を受け入れたいと身じろぎばかりしてしまう。
もっと彼を感じたい。
私は閉じていた足を動かして!!
「痛い!」
「どうした!」
「誰かさんの左膝が私の右膝のすぐ下をごりっとした!ひどい、クライン!」
「台無しかよ!」
クラインは私を抱き締め直し、そのまま馬鹿笑いをし始めた。
私は自分に大丈夫かもなく大笑いするだけの彼にむかっ腹を立てたが、今のこの状況に感謝をするしかなかった。
右足に受けた痛みによって私の頭は冷静になって、私と彼の先程までの状況がとっても危かったと私に気が付かせたのだもの。
彼をもっと受け入れたい?
聖女の癖に、身も心もクラインに捧げようとしていた、なんて!
お読みいただきありがとうございます。
朝っぱらから投稿するには、な回です。
乙女を助けて美男子がボロボロになった、という絵面は好きです。
好きなので、クラインが騎士衣装じゃなかったことが悔やまれます。
アプリリスの男の子扮装はそれなりに可愛いと思うのですけどね。




