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聖女の相棒は横暴な聖騎士様  作者: 蔵前
第二章 逃亡中にて
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これは単なる事故だから

読んでくださるばかりか、誤字脱字報告をいつもありがとうございます。



 クラインは下剋上があると言い、意味が分からない私は続きを待った。

 彼は面倒くさそうな声を出しながらも、ヴァルマという人が私達の逃亡の助けとなる理由を語り出した。


「よくあることだよ。跡継ぎが無能でその次の継承者にばかり期待が集まるのはね。それに耐えられない無能は無能ゆえに悪手しか取らない。それでお家騒動が持ち上がっていたんだよ、このファルマ領では」


「実感が籠っているわね。もしかして、あなたと弟さんもそんな感じなの?」


「……。今はファルマ領の、俺達が虐めた可哀想な伯爵の話をしているんだが」


「ごめんなさい。あなたが悪女をご所望だから、つい。では、あなただけが虐めた伯爵のお話の続きをお願い」


「それでは単なる性悪女だ。可愛い悪女じゃない。気が削がれた!」


 あ、黙り込んだ。

 いかにも気分を害したという風に腕を組んで、分かりやすく私からそっぽを向いている。私は話の続きを諦めて運転に集中する事にして、視線を前に戻した。


 馬車は畑を耕す時と違い固い道であるからか調子よく車輪を回すが、太い車輪を回すための駆動音がデンデンデンデンと絶えず鳴って煩い。

 その音がクラインが怒っている音みたいに思えて、私は彼を宥めたくなった。


 違うわ。

 彼と喋ってる時や彼が私に意識を向けていると感じている時は、私が馬車の走行時の音なんかに全く意識を向けていなかっただけ。

 私は彼に無視されたくないんだわ。


「ごめんなさい。私が悪かったって、痛い」


 謝りながらクラインの膝へと左手を伸ばしたのだが、私の指先が膝と違う柔らかいものに触れたそこでクラインに払いのけられたのである。


「私はあの、ごめんなさいが言いたくて」


「謝罪はいい。俺が動いたせいでもある。不幸な事故だ」


「え?事故?私はあなたのどこに触って」


 私がクラインを見返すと、クラインは美貌が台無しになるぐらいに口元を平べったくして固く結び、頬骨の辺りなんて真っ赤になっている。

 そんな怒り顔の彼は、私に前を向けという風に顎をしゃくって見せた。

 事故って、あああ!


「ごめんなさいいい」


「いいから。……で、続けるぞ。俺のせいでファルマ伯爵は使いものにならなくなるだろ?それで、領民から覚えめでたい伯爵の従兄ヴァルマがだな、代理どころか伯爵に成りあがるから俺達は見逃して貰えるってことだ」


「まあ!それでは伯爵が出来なかった事をその従兄は完遂しようとするんじゃないの?新伯爵となる実績作りに。例えば、伯爵が逃がしちゃった私達を捕らえようと頑張ろうとしちゃう、とか」


「それが起きないために俺はヴァルマと密約を交わしていた」


「密約?」


「いいか。俺達が逃げたあとにヴァルマが宿屋に突入し、ファルマ伯爵のヴェルチンの残念なさまを発見する。そこでヴァルマがヴェルチンには領主として相応しくない精神的病になったと主張して廃嫡にしてしまうのさ。そういう膳立てだ。よってヴァルマは俺達を追わない、全部ヴェルチンの幻覚だ。俺達などいもしない者として見逃す。そういう密約だ」


「それで下剋上。なんだかあの伯爵は可哀想ね」


「いいんだよ。ヴェルチンは領主としてどころか、人間として最低だった。先代への尊敬で領民達はヴェルチンを大目に見ていただけだが、これこそ領主の権力だとはき違えたのさ。贅沢の為に重税を民に課し、美人と見かけりゃ子供だろうが見境なく召し上げる。そして、権力強化にあんな自分専用の私兵まで作り上げた。反抗する者はみんな、リーンチだ」


 クラインの説明を聞いて、私はクラインに初めて心から申し訳なく思った。

 宿屋でクラインがしでかしたことに、実は今までとっても引いていたのだ。

 でも、あんな酷いいたぶりをクラインが伯爵達にしたのは、彼こそ正義感溢れている人物だったからなのね、ごめんなさい、そんな気持ちよ。


「金貨十五枚は安かったかな」


 クラインはどこから取り出したのか、貴重品が入っているだろう紺色の小袋を自分の目の前で揺らしていた。きん、と金属がぶつかり合った音が聞こえた。


 それは単なるがらくたではない音よね。

 その中に金貨が十五枚も入っているの?

 あなたには、正義感、なかった?

 あなたがヴァルマとした密約は、私を逃がす目的というよりも、お家騒動を手助けしたその報酬狙いっぽいのですけれど。


 私は唖然としながらクラインを見返した。

 クラインは指先で私の頬を突き、私が再び前方を見るように優しく押した。

 私の視線を自分からそらした男は、身の内がざわざわするような甘い声を出して優しさどころか毒ばかりの悪党の台詞を私に囁いた。


「安心しろ。俺を出し抜こうなんざ奴には無理だよ」


「そ、そんなわからないわよ。私達はたった二人きりの逃亡者なんだから」


 私は単に言い返したかっただけなのだが、隣の鬼畜を喜ばすだけの台詞であったようだ。彼はハハハと気さくな笑い声をあげた後、私の耳に再び囁いた。


「俺はちゃんと安全策は取っているよ、聖女サマ」


 クラインは物凄い悪党みたいに笑ってみせた。それから紺色の小袋に指を差し込み、そこから取り出した金貨を一枚だけ私に差し出したのである。

 彼の長い指に挟まれている金貨には、誰かの歯形が付いていた。


「本物の金か確認のためにヴァルマに齧らせた。あいつの歯形入りだ。俺達を撃ったら俺達こそあいつを売ってやるのさ。で、こいつは心配性な君にやる」


 見ず知らずの男の歯形が付いた金貨なんて汚いばかり。

 そんな金貨など欲しくは無いとクラインの手を避けると、彼は手を引っ込めるどころか面白がって金貨で私を撫でてきた。


「いや!何を首筋に当てて来たかな。この変態!」


「いいから受け取れよって。記念コインは君にあげるよって優しさ受け取れ」


「いやよ。あ、前を向いて運転しなきゃ。片付けて、その汚い金貨」


「あ、ムカつく。絶対に受け取らす」


「いや、ちょっと。どこ触っているの!」


 クラインはぐいぐいと運転中の私に身を寄せて、さらに金貨で私の首筋とか鎖骨の当たりをなぞってくるのだ。

 私が左手で彼を追い払おうとバシバシ叩いているというのに。


「本気で叩きなさいよ。君は優しすぎる」


 全部見透かされた気がして私の動きが止まった。

 クラインとじゃれ合うのが楽しいと感じていた、が私の本当。

 彼はそんな私の胸元に金貨を落した。

 冷たい金貨は私の胸の間を通り、ベルトで縛っているへそまで落ちた。


 冷たい金貨が肌を転がった感触が、まるで彼にキスされたみたいに感じて、私は動けなくなった。

 動けなくなった私はクラインを見つめているしかなく、クラインも私を見つめていた。

 彼は私を見つめながら車を止めるレバーを引いた。


「クライン」


 彼の顔が私に下がって来るのは、彼が私にキスをしようとしているから?


 私は目を瞑り、クラインは私を仰向けに座席に沈みこませた。

 ほとんど突き飛ばすように?


「ちょっとらんぼ……う」


 事態は全く違うものだった。

 危険を察知した彼は、私を庇うために動いただけだった。

 その証拠に、いまや私は彼に抱きしめられて、彼の体に庇われている。

 私を抱きしめて庇う彼の背中の向こう側は、眩い光ばかりの世界となっていた。


「ちくしょう!粛清されたのは誰だ!」


 私は自分に覆いかぶさるクラインの体に両腕を回した。

 これからくる衝撃に、私だって彼を守るつもりで。

 いいえ。

 私は今こそ彼にしがみ付きたかっただけだ。

 世界が終わっても、私は彼と一緒にいたかったから。

お読みいただきありがとうございます。

ここで第二章終わりとなります。

さて、クラインですが、チンピラ口調でも本来はアプリリスを「君」呼びかけする人です。

ツッコミ時や怒っちゃって叱る時は「お前」なので、読んでくださる方には混乱を招いているかなと思いますが、それが奴なのでお許しください。

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