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聖女の相棒は横暴な聖騎士様  作者: 蔵前
第二章 逃亡中にて
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お願いって言ってみようか



 私はなかなか朝食の皿を空っぽに出来なかった。

 だって二人分よ。

 でも私が食べきらなきゃ、クラインの拷問ショーは終わらない。


 ファルマ伯爵と彼の部下十五人を捕獲した水球は、十六人の成人男性を包含したからかとても巨大なものに成長してしまっている。そして今や食堂の真ん中に悪夢そのものとして聳え立っているのだ。


「逃げろ逃げろ、噛みつかれるぞ」


「ほら行け!糞野郎の股ぐらに噛みついてやれ!」


 私は目の前で繰り広げられている人間の愚かさに、大きく大きく溜息を吐いた。

 食堂の一般人達、そして宿の従業員達は、自分達がクラインに襲われないと知ると、クラインが引き起こしたこの拷問ショーを楽しむことに決めたらしい。

 まだ朝でしかないのに酒を注文しだし、溺れまいと必死なファルマ達が苦しむ姿を肴に飲んだくれ始め、ファルマ達に機嫌よくヤジを飛ばしている。


「あああ。思いやりという人間の美徳がどこにも見当たらない世界になってる」


 この悪夢を終わらせるには、私が二人分のお焼きをすぐにでも食べきること。

 ほんの少し前は美味しくて幸せを私に感じさせてくれたお焼きだったのに、今や見るのも嫌な恐ろしい存在になっているなんて。


「無理だろうが嫌だろうが、喉元までいっぱいいっぱいでも頑張るのよ。私が食べてしまわないと終わらない、でしょう」


 私はフォークの柄をぎゅっと握り、胸がいっぱいお腹がいっぱいであることを忘れろと自分に言い聞かせながら、お焼きにフォークをぶすっと刺した。

 ぎしっとテーブルが軋んだのは、クラインがテーブルに腰かけたからだった。

 彼は私を小馬鹿にしたように鼻でふっと笑った後、私の方へ上半身を傾けた。


「ほら、頑張れ」


 クラインの軽い声と言葉と振舞いに、私は頭のどこかがぷつんと切れた。

 一口分のお焼きが刺さったフォークを、刺し殺す勢いでクラインへと突き出したのである。


 ぱく。


「え?」


 クラインは普通に食べた。

 私は再び一口分の一切れをフォークで刺すと、クラインに差し出した。


 食べない。

 分かっていないな、そんな風に彼はゆっくりと頭を横に振った。


「どうしたらあなたは食べてくれるの?」


 ぱく。

 食べた。


 私はフォークの先を見て、クラインを見返して、やっぱり意味が解らなかった。

 そこでフォークを置き、神様に祈ることにした。


「未熟なる私をいついかなる時も見守り下さる神様。迷える私に答えを、あるいは向かうべき道をお示し下さい」


「信心深き修道女よ。女を知らない神に答えなど出せないぞと、成熟した俺が教えてやろう」


「あなたは!」


「ハハ。神様の部分をクライン様にしてみようか。あるいは色っぽく、お願い、と俺に強請ってみるのもいいかもしれないぞ」


 私に色っぽくお願いをして欲しい?

 それこそをクラインは望んでいた?

 私は戸惑うしかない。


 そんな私がおかしかったのか、クラインは笑いながらパカっと口を開けた。

 私は悩むことなく急いでフォークを握り直すと、クラインが開けた口にお焼きを放り込んだ。


 お皿に残ったお焼きはあと数口分。

 あと数口分をクラインに食べてもらわなきゃ。

 だから仕方がなくても、とっても癇に障るけれども、クラインが望むようにお願いと言って、言って?


「君は今まで一人ぼっちだったんだ。仕方がない」


 私の行動を咎めた時のクラインの言葉が頭に浮かんだ。

 私達は一緒に逃げなきゃいけない相棒で、追手が来たという今のこの事態は私が独りよがりな行動を取ってしまったから、だった。


 もしかしてクラインは、私が彼に頼ることこそ望んでいるのではないの?


「俺は何をしているんだろうな」


 彼のがっかりした声で私は自分が呆れられたと思ったけれど、でも本当は、私のせいで彼こそ信頼してもらえなかったと落ち込んでしまっていたのだとしたら。


 私はクラインを真っ直ぐに見つめた。


「クライン。一人じゃ食べきれないの。私を助けて下さる?」


 クラインは私に微笑み返した。

 作ったものでもなく、ふざけるでもない、ただ笑ったその顔だ。

 私があなたの意図に気が付いたから?


 笑顔を大きくした彼は、彼の体を私へとさらに傾けた。

 彼の唇が私の耳たぶに触れるぐらいに、彼は顔を私に近づけてきたのだ。

 近すぎると困惑する私に、彼は囁いた。


「いくらでも」


 私がフォークを落としてしまったのは、かすれているのにそれはそれは滑らかで甘いと感じる不思議な声が私の全身をびりっとさせたからだ。

 硬直してしまった私にクラインはくぐもった笑い声を上げ、私の手にフォークを再び持たせた。私の手を彼の手で包むようにして。


「クライン」


「さあ続きを。聖女であることを隠さねばならない君だけど、思いっ切り見逃されるのは悲しすぎるだろう?練習あるのみ。いい女すぎて聖女に間違われた可愛いデボラを目指してみようか」


 私はフォークで殺人が出来るといいなと思いながらお焼きを刺し、クラインに差し出さずに自分の口に抛り込んだ。

 よく噛まずに飲み込んだせいもあり、お焼きが胃液と一緒に逆流してきた。


「うぷ」


「ばか。食べ過ぎなのは分かってるんだから無理するなって」


「だってあなたが」


「可愛いだけでいいのって、色っぽく言い返せばいいだろうが」


「そんなことできない、うぷ」


「悪かった。悪女な女王様風がお前には無理な注文だってよくわかった。全くお前は意固地で負けず嫌いな癖に墓穴掘るのは上手ときた。ほら、ほら、ほら」


 気分が悪くなった私の背中を撫でるクラインの手は優しい。

 クラインが本当は何がしたいのか、私には全くわからない。

 でも確実に今気が付いたのは、クラインが過去の私を知っている、それだ。


「あなたは私のお兄さんだったの?」


「俺が君のお兄さんだったことは一度もないよ。この先はわからないけれどね」


「どういう意味?」


「俺には五つ年下の弟がいる。俺と違って運動神経は無いけれど、頭は俺と同じぐらいにいい奴だ。セニリスって名前だ」


「セニリスさんと私が知り合いでしたの?」


「君は弟の病を治しただけだ。君はその日から聖女と崇められ、そのせいでたった十歳で全てを奪われて、神に捧げられる事となった」


「そ、そうだったの」


 背中に当たるクラインの手が、なんだか途端に忌まわしいものに感じた。

 彼が私をいつでも必死に守ろうとしてくれるのは、私が彼の弟を助けた事への恩返しであった事を喜ぶべきなのに、私の心は寒々としかしないのだ。


 彼は弟の事があるから私を裏切らないって言ったも同じでしょう。

 それを伝えるために弟の話をしてくれたんじゃ無いの?

 自分は裏切らないから安心してこれからは自分を頼ればいいって。


 そんな風に考えられる喜ぶべきクラインの告白なのに、私はどうしてクラインに裏切られたような気持ちにしかならないのだろう。


「下剋上って知っているか?」


「クライン?」


 私は自分自身が分からなかったから、彼の言葉の続きを聞きたい気持ちばかりとなった。彼は私の視線を受けて、それはもう悪そうににんまりと笑った。


「俺を誑し込めば長男の嫁になれるぞ」


 私はクラインを両手で突き飛ばしてたけれど、子供みたいな笑い声もあげていた。そう、子供みたいな屈託のない笑い声を。

 彼に自分を口説けと言われて、どうして嬉しくなったのかわからないけれど。



お読みいただきありがとうございます。

食べさせごっこは恋人たちが必ずやるだろうシチェーションプレイですが、

実際にバカップルが目の前で繰り広げられたらムカつくので、付き合ってもいない今です。

そしてようやくクライン弟名前だけでも出せました。

クラインがアプリリスに、俺を看病しろ的な事を強請っていたのは、弟とアプリリスの事を見ていたからです。ですがどうして助けに来たのがクラインなのか、それは今後です。


誤字脱字報告ありがとうございます。

いまさらですが、包括よりも包含だったねと、言葉を勉強させて頂いております。

恥ずかしすぎる。

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