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聖女の相棒は横暴な聖騎士様  作者: 蔵前
第二章 逃亡中にて
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逃亡初日の朝

 明るいと瞼を開ければ、私は朝の日差しが窓から差し込む宿屋の部屋にて、ベッドに一人で転がっている、という状態だった。


「いい加減に起きろ。朝飯を逃したいのか?」


 ベッドに今はいない男はベッドの脇に立ち、ベッドにいた時のように私に覆いかぶさるようにして私に凄んで来た。

 私はそんなクラインに凄み返すべきであろうが、なんだか気恥ずかしくて彼の顔を見れないと枕に顔を埋めてしまった。クラインにぬいぐるみよろしく抱きしめられた昨夜の私は、彼を払い退けるどころかそのまま寝落ちしてしまったのだ。


 聖女が男と同じベッドで一夜を過ごすなんて!!


 で、でも私は疲れていたのだもの。

 彼の体の温かさに安心とかを感じて、その状態に耽溺してしまったわけでは決して無い。自分にそう言い訳した。

 そうよ、実はクラインこそ何かを抱えている様子だったから、そう、聖女歴が長い私としては悩める人に情けをかけてしまっただけよ、と。


「良いから起きろ。風呂が欲しい。俺は体を綺麗にしたい」


「私は自動洗浄機ですか?」


「違うよ。自動湯沸かし機能の方で頼む」


「あなたは!」


「嫌か?じゃあ君がお望みの兄弟設定で、一緒に公衆浴場でもいくか」


 私は観念すると、のそのそとベッドから起き上がった。そして彼を見返したそこで、自分の目が丸くなった、どころか、目玉が零れ落ちるところとなった。


「どうして全裸なのよ!」


「よく見ろ。ちゃんとタオルでいけない所は隠しているじゃないか。」


「ちゃんと見せないで!」


「いいから、タライの水をさっさと湯に変えてくれ。湯浴み用のタライは無料だって聞いていたのに、中に張る湯は有料ときた。高い宿賃取ったくせに、まったくぼったくりだぜ」


「でも、水こそどうやってタライに張ったのよ。もしかして海水?」


 確かにクラインの足元には幼児のお風呂にはなれそうな大き目のタライが置いてあったが、そこにはちゃんと水が満杯に入っているのだ。


「の、訳無いだろ。湯を沸かすには燃料が必要だろ?だから有料なんだってさ。だが、水だけなら井戸から俺が汲んでくりゃいいだけだ。ほら、重労働して汗をかいた俺の為に、早く!」


 私はベッドから降りると、クラインの足元のタライの前にしゃがみ、タライの中の透明な水の中に右手を入れた。


「きゃっ」


 水が瞬間的に湧いて湯気が立つや、私はクラインに猫のように持ち上げられて、なんと、ベッドに放られてしまったのである。私が邪魔だと放り投げたいぐらいに、そんなにあなたは湯浴みがしたかったの?

 確かに、いつだって清潔感あふれる姿のあなたでございますけれど。


「火傷はしていないか?」


 クラインには私を揶揄う様子など無かった。

 本気で私に怪我がないか心配したらしい、なんて。

 私は彼を安心させるために、無傷な右手を持ち上げて見せつけた。

 クラインは全身からというような、大きな安堵の吐息を吐いた。


「私の魔法よ。私が火傷するはずないじゃないの」


「火傷した奴がいるんだよ。ギギの毒は熱い湯で毒消しが出来る。ギギを踏んだ間抜けの為にそいつは湯を作り、その湯で火傷したんだよ」


 私は自分の右手を見返した。

 けれど、私の手には過去も今も火傷の痕らしきものはない。


「……それはあなたの話?」


 クラインは鼻を鳴らした。

 眉間に皺を寄せた美貌が台無しになる顔を私に向け、彼らしい台詞を放った。


「俺が間抜けだと言いたいのか?」


「間抜けね。大体、湯浴み用のお湯を火傷するぐらいな温度にするとお思い?」


「そうだな。俺が間抜けだ。では、間抜けは行水する」


 私の視界は真っ暗になった。

 クラインはベッドから毛布を剥ぐと、それを私に被せたのである。

 それからすぐに毛布越しに石鹸の匂いが香った。


 再び私に明かりが戻った時、その明かりは室外の明りどころかクラインが発しているのではないかと私は思った。

 湯浴みの終わった男は衣服もちゃんと着込んでいたのだが、その衣服は小金持ちの商人が着ていそうなベストにシャツにズボンなのだ。


 いいえ、まるでお忍び旅行中の貴族様にも見える姿であり、そんな煌びやかな男は私にいつもの高慢そうな顔を見せながら再び布地を放った。

 クラインによって私の頭に被せられた布をひき下ろして見て見れば、可憐な薄ピンク色であるが布地のしっかりしたドレスだった。

 貴族の女性が身に着けていそうな旅行用のドレスだ。


「その散切り頭はスカーフかなんかで覆えば大丈夫だろ。君の番だ。三十分以内に身繕いをしろよ」


「ええ!あなたが使ったお湯で?」


「――綺麗な湯はあと半分残っている」


「あ、ありがとう。でも私は男の子の恰好の方が良いと思うの」


「寝汗でぐっしょりのその服のままがいいのか?」


 私は自分の胸元や背中を手でポンポンと叩いた。確かに手の平に感じたシャツの生地は、湿っている感じがすると認めるしかなかった。

 でも、衣服の汚れぐらいは私の魔法で何とかなるんだし。


「あの、クライン?アプリリスの死を聖務局かあのピエール達が公に認めるまで、私は男の子の振りをした方がいいと思うの」


「君はどうやっても男に見えない。かえって目立つ。それに奴らが公にするまでも無いぞ。今世紀最高のアプリリス様はフェブアリス以上の破壊をしてくれたんだろう?」


 私は、えへへ、と笑った。

 クラインは私に合わせた様に、アハハと乾いた笑い声をあげた後、物凄く不穏極まりない眼つきで私を眇め見た。


「おまえは!」


「だから、男の子の扮装かな、ね?」


 私が破壊したのはフェブアリスと違って治療院の上物だけ。

 だって、守り石を壊すわけにはいかないわ。

 近隣の村人達の命を奪う事だってできやしない。

 そうでしょう。

 私は今世紀最高の聖女として、人がいない場所だけを、とってもきれいに破壊して更地にしたの。

お読みいただきありがとうございます。

朝の身繕いです。

クラインは偉そうで煩いですが、兄気質ですので色々としてくれる人です。

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