飯屋、喰福〜ガチで空腹になった時しか入れない料理店〜
「よもやこのようなところで餓死しようとは……」
彼はとある王国の騎士、謀り事によって交渉事が襲撃されることを知った彼は辺境の都市に早馬を出していた。
しかし、突然の寒波に見舞われ、吹雪が直撃しており思うように進めず、体力を奪われ今まさに餓死しようとしていた。
倒れ伏して死を覚悟しようとしたとき、眩い光が彼を包んだ。
「これは、扉?」
{Apertura}
文字は読めなかったが意味は分かった。
「料理が出るのか?」
扉から漏れ出す美味なる香りは隠しようがなかった。
そしてふと気づく。
先の数瞬まで冷気を纏っていた顔がヒリヒリと温度を浴び赤くなっているのともう1つ。
「ヨダレが止まらない。」
今の今まで死に扮するほどの疲れと水を凍らすほどの寒波によって接種できず渇き切っていたはずの口内にヨダレが洪水の如くあふれ出ていた。
[カランコロン]
気が付いたら彼は店に入っていた。
店内は木製でできていた。
木の温もりでわかる、ここは夢ではなく現実だと。
「いらっしゃい。
ふむ、寒いところから来たみたいだな。
ほれ、スープでも飲むといいさ。」
店に入るとすぐに席を促されて、スープが出てきた。
「これは?」
一見クリームシチューのようだが、香りはコンソメスープのような複雑な香りがした。
中にはゴロゴロの野菜たちと赤身肉が入っている。
「何ってシチューだよ。
食べたことはないのかい?
わりとポピュラーな料理だと思うけど。」
それはわかる。
しかし、先に居た場所から私は何処へ?
聞きたいことが沢山あり過ぎるのと目の前の人物に対しての疑問が浮かび過ぎたが私の身体は思ったよりか優先事項を弁えていた。
[ぐー]
「腹は正直だね。
先に食べな。
見たところ急いでいるんだろ。」
「恩に着る。」
話している間にちょうどいいくらいに冷めたのか。
程よい熱のまま食べることができた。
中にはじゃがいもやにんじんなどの栄養価の高い食材がふんだんに使われていた。
そして肝心の味だが......
「どったんだい旦那。
涙なんか流しちまって。」
「いや、ふと昔を思い出したものでな。」
今日のような酷い季節外れの寒波に見舞われたときの話だった。
作物の不作、それに加えた寒さに強い作物がかかる疫病などが蔓延する事態になった。
食べるモノに困り、世界一の不味さを誇る無限食材に手を付け飢えを凌いだ日々。
だけれども何も食べれなかった自分たちからすればとても幸福なことだった。
稀に美味しい部分があって今日は誰々の日と喜びを分かち合った幼少期を思い出したものだった。
「こんなにも、美味しいものなのだな。」
「空腹はいつだって最高のスパイスだろうが。」
ああ、美味い。
添えられたパンは固く、決してそれ単体では美味しいとは呼べない。
しかし、このシチューがあれば極上の味になる。
シチューはフォロフォロと口から零れ落ちるように柔らかく煮込まれた具材ばかりで歯ごたえが殆どない。
それを補うかのような硬さのパンは何も食べられていない彼にはとても美味しく感じられた。
シチューこそありふれた料理だが、煮込み料理はとても手間のかかる料理。
ここまで煮詰めるのはとても苦労しただろうに。
暖かい飯を食べたら、元気が出てきた。
これならまた悪路を進める。
「店主、このご恩は忘れない。
それでお代は.......」
「飯代はいらねえよ。
食ったらさっさと出て行きな。
アンタは生活できるだろ。」
微睡に包まれゆく意識の中、私は店を出ていた。
そして雪原に戻っていた。
しかし、あの店に入った記憶と証拠ははっきりと残っていた。
今にも赤く剥がれ落ちそうだった耳も口も鼻も痛さを感じさせないほどに回復していたからだ。
「彼は一体.......」
ハッと顔を振り今自分の為すべきことを果たそうと動いた。
走り、ただ走り続けた。
力が漲っているのか、身体は羽毛のように軽い。
ようやく目的地である街に辿り着いた。
「我はテンペスタ王国の騎士、ツェレイである!
此度、主に伝言があり参上した。」
「は!
ただいま確認を取るのでしばし待たれよ。」
その後、何とか主人への暗殺を阻止することができた。
「して、騎士よ。
此度の忠義大義であった。
なにか褒美を渡そうと思うのだが何が良い?」
「王よ、それは私の忠義ではありません。
私はある店に行ったことによって、此度の暗殺を阻止することが出来ました。
よって私は、その店に謝礼をしたいのです。」
そうして私はその幻のような店のことを話していった。
「そうか、騎士もまた、あの店に行ったことがあるのだな。」
「陛下もご存知なのでしょうか?」
「いいや、度重なる英雄や大成した者たちがこぞって言うのだ。
私たちはあそこに謝礼をしたいと。」
「して陛下、その店の名前は?」
「最初に言った英雄は確か、喰福と呼んでおったぞ。
だが誰も、そこに再び辿り着くことは出来なかった。
故に余も一度でよいから、行ってみたいと思うのだが、何しろ場所のわからなぬ飯屋には行けぬわい。」
また、あのシチューが食べられないと思うと何とも心寂しい気分に見舞われた。
没ネタ以上!