おまけ.side ルキシオン
ルキシオン=お兄様です。
僕の妹は、雪が溶けるように静かに死んでいった。
僕たちのせいで死んだ妹は、チェバイン公爵家までの道のりの途中で、息を引き取ったそうだ。
帰って来た妹の遺体は、恐ろしいほど冷たく、噎せ返るほどの死臭と香水の香りがした。
妹にはとても似合わない、キツイ匂いだった。
僕の絶望感とは裏腹に、まるで眠っているような、息を吹き返しそうな…それはそれは美しい遺体だった。
あの絶望感とやるせなさを忘れることはできないだろう。
それは、君からの呪いで、僕の罪なのだから。
忘れるわけにはいかない。
でも、考えれば考えるほど押し寄せる後悔の念は、じわじわと僕を蝕み、息を吸うことさえままならなかった。
このまま息が止まってしまったら、どんなに良かっただろう。
そうすれば、君に謝ることができるはずだから。
君は、どれほど僕を恨んでいるのだろう。
それを知るすべは僕にはない。
どんなに嘆こうともう遅いのだ。
死んだ人間が、生き返ることなんてないのだから……
◆◆◆
妹は生まれつき病弱で、外に出る体力はなかった。
可哀想な子だが、いつも気丈に振る舞っていて、皆を笑顔にさせてくれるような子だった。
どんなに外に恋い焦がれても、決して外に出たいと強請ることはなかった。
聡明で聞き分けが良く、帰ってこない父や母に会いたいと言う我儘1つ言わない子だった。
その姿は、酷く辛そうで、でもあまりにも美しくて…泣くべきなのは僕ではないのに……泣いてしまいそうなほど、とても痛々しかった。
そんな妹のために昔は毎日会いに行った。
どうしても、その悲痛に歪む顔を、苦しそうに唸る声を、憂いのある瞳を…少しだけ、少しだけでいいから晴らしてあげたかった。
でも、僕には無理だったようだ…
どこで間違えたのかはわからない。
君が僕に心から微笑んでくれることはなくなったのだから。
王都で過ごすようになってから、だんだんと心が離れて行っていた気がしていた。
少しずつ、少しずつ……
あれほど手紙を出してほしいと言っていたのに、1ヶ月経つと、手紙は届かなくなった。
どうしてだろうと思いつつも、体調の悪い相手に手紙を強請るのは気が引けて、自分からは少しずつ出すようにしていた。
読むのにも体力を使うだろうから、少しずつ。
でも、決して手紙を少なくしないようにちょこちょこと調整して。
返信のない手紙を書いているものだから、学園ではある程度からかわれたりした。
特に、友人である王太子殿下には、それはもう滅茶苦茶に言われたことだ。
しすこん?とも言われたことがあるが、仕方のないことだと思う。
社交界の花である母に似た美しい顔立ちに加え、父のように澄んだ瞳と髪を持つ妹はさながら雪の精霊のようだった。
とても可愛い自慢の妹だった。
僕も、両親も、溺愛するのも当然だろう。
でも、何年も手紙は返ってくることはなかった。
領地の屋敷に戻った時にでも理由を聞こうと思ったが、王太子殿下に気に入られ、ほぼ側近に近い仕事をさせられていたので、帰る時間もなかった。
両親はたまに領地に戻っていたようだが、父は異常なほど口下手なので、帰っても妹と話せなかったと毎度落ち込んでいるし、母も母で、長年の罪悪感から上手く話せないでいる。
両親たちも基本的なコミュニケーションが上手くいっていなかったので、聞いて来て貰える雰囲気ではなかった。
何かの拍子で壊れた歯車は気づく間もなく、静かに…でも、もう取り返しがつかないほどボロボロになっていた。
壊れた歯車の代わりなんてない。
作るには時間がない。
音もなく、僕たちの家族関係は崩壊した。
そうか……思い出してみれば、王都の学園に行ってから始めての長期休みに帰って来た時には、もう…すべてが遅かったのか。
あの時にはもう、君の瞳には僕は……いや、僕たち家族は、映っていなかった。
虚ろな目とどこか冷めたような笑顔。
人形のように可愛らしかった妹は、本物の人形に変わり果てていたのだ。
僕たちはそれを見ないように、自分たちの都合のいいように見て見ぬふりをしていた。
本当に、最低だ。
どうしようもないクズだ。
どうか、僕たちを恨んで、呪って、殺しておくれ。
どうせ、君と同じ場所には行けないのだから。
◆◆◆
妹が亡くなって、3ヶ月。
僕たちは、自分の罪の証を見ている。
君が亡くなってから、1週間後、衣裳部屋の中から大量の手紙を見つけた。
…見つけたと言うより、君の大事にしていた使用人に連れてこられたと言うのが正しいかもしれない。
入った瞬間目に付く、何百、何千通かもわからない、家族宛の手紙。
涙で滲んだ後の目立つ、少しよれてしまった君の本音。
毎日、何通もの手紙を読んだ。
そして、今日、やっと…やっとすべてを読み切ることができた。
僕の涙には何の価値もないのに、涙が溢れ出てしまう。
止めようと思うのに、止まることなく流れ続ける。
枯れるほど流れ落ちた雫には、激しい後悔が滲んでいた。
否、それしか残らなかったのだ。
ごめん。
ごめんね、僕は気が付いていたはずなのに、何もしてあげられなかった。
僕たちには、家族と言う甘えがあったんだよね。
ごめんね…許されないよね。
何度謝っても、君には届くこともないし、償うことはできない。
屋敷の外に出たことがなかった妹は、皮肉にも屋敷の外で力尽きて死んだ。
あれほど、『ここで死にたい』と書いてあったのに……
誰も知らない、1人だけの寂しい世界で君は、消えていった。
どれだけ嘆こうと、謝ろうと、届くことはない。
なら、最後の最後まで、君の幸せを祈って、僕の不幸せを願って、生きていこう。
叶うことならば、もう1度、この愛を君に…
ここまで見て頂き、本当にありがとうございます。