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2.

でもそんな日々を懐かしく思うほど年々落ちていく体力のせいで、私の動きはどんどんと制限されていった。


私は、1日の殆どを寝て過ごしている。

このまま眠っていたらいつしか目が覚めなくなるかもしれないのに、怖くて仕方ないのに、寝たくなんてないのに、いつも気が付くと眠ってしまっている。


怖いんだ。

怖くて怖くてたまらなかった。


目を覚ませなくなっているかもしれない。

毎日体を抱えてうずくまっても、ぼろぼろと溢れ出す涙は止まることがなく、不安を煽るだけだった。


寝たくなんてなかった。

まだ、死にたくなかった。生きていたかった。


なのに、寝てしまっていて…起きていたいのに、寝ていて。

恐ろしくてたまらない。

張り裂けるような痛みがあっても、寝てしまうのだ。


誰かに助けて…欲しかった。きっと。





いくら起きている時間が短くなったって、私にも楽しみは存在する。


最近の楽しみは、アンナとジョン、それに最近入ってきた若いメイドのメアリーとする世間話だ。

みんな私の見たことない世界を教えてくれる。庭に咲いた花だとか何を食べただとか、兎に角くだらない話だが、花を眺めに行くことすらできなくなってしまった体には、とてもありがたいことだ。


見に行けるものなら直接見に行きたいが、外に出ようにも私の移動手段は車いすだけで、1人で移動することすらままならない。

古くから存在するこの屋敷は至る所に階段があり、私が庭に行こう物なら屋敷中の使用人を総動員させる必要がある。簡単に外に出たいとは言えないのだ…

もう、カールじぃの整えた美しい庭園を見ることはできないのかもしれない。

このままだと、生きてるうちにまた見に行く約束を破ってしまいそうだ。



カールじぃは昔からこの屋敷にいて、花よりも草木を植える変わり者だそうで好き勝手にできる家の庭は楽園のようらしい。頑固な職人だが、草木の話になると鼻息交じりに語ってくるような人だ。

興奮していると勢い余って私を連れまわそうとするものだから、いつもコックのガーディンに抑えられていた。


ガーディンとカールじぃは20歳も年が違うのにガーディンが子供を抑える父親のようになっていたのをよく覚えている。


ガーディンのつくる料理は絶品で、アンナがよくガーディンのように上手くなるのだと意気込んでいた。

アンナのダークマターがどれほど食べ物に近づいたか気になるが、2度と食べたくないので、あの時の言葉は聞かなかったことにすることにした。



私は食も細く、下手なものを食べれば戻してしまう。

私が食べられる美味しいものをつくるのは難しいはずなのに、ガーディンは毎食とても美味しい料理をつくってくれる。


でも最近は、ガーディンが私の好物をつくってくれているのにも関わらず、食べきることができずに大半を残してしまっている。

食べたいのに、体が拒絶してしまうのだ。

ガーディンは私が悲しまないように笑い飛ばしてくれるが、本当に申し訳なくて苦笑いをすることしかできない。


そんな空気を直そうとする若手執事のルドルフは、いつもすべってしまい、部屋を出る時半泣きなのはバレバレである。毎度メアリーに慰めてもらっているのを必死で隠そうとしているが、メアリーと仲良くしているのは公然の事実なので早くくっついてもらいたい。

思い合っている2人の行方を屋敷中の人々が楽しみにしているのだ。


この屋敷の人たちは私を愛してくれている。


勿論、私も彼らを愛している。

でも、私は一生彼らの優しさに報いることはできないだろう。


私が笑顔で嫁ぎ先へ行けば、彼らの思いは少しでも救われるのだろうか。

嫁ぎ先で愛されれば、喜んでくれるのだろうか。

…どうすればこの思いを返すことができるのだろうか。



どうせ、公爵様は私のことなど求めていないだろう。

肉と皮だけのガリガリとした体は、見るに堪えないほど醜悪で、社交界の花であるお母様とは似ても似つかない。

栄養がなくパサパサとした髪とくすんだ色の瞳は、お父様の色とは別物に見える。


美しさとは無縁で、病弱。はっきり言ってお荷物だ。

それに、子を産むことのできない女なんて何の価値もない。


残された時間の少ない私に公爵様は何を求めているのだろう。

家柄だって多少劣ろうが子を産める女の方がいいだろうに。

本当に意味が分からない。きっと酔狂なお方なのだろう。


私のことなど放っておいてくれれば、この地で死ぬことができたのに…




◆◆◆


「それではお父様、行ってまいります。」


私が他家へ嫁ぐというのに、お見送りに来たのはお父様しかいない。

まぁ、お父様が来ただけましかもしれないが……


大好きな彼らもこの場にいないのは折角の決心が揺らいでしまうからだ。

彼らの顔を見たら、きっと泣いてしまうから昨日のうちにお別れは済ませておいたのだ。

見送りたいと申し出てくれた子は何人もいた。と言うか全員が見送りをしたいと最後まで抵抗していた。


でも、どうしても泣きながらこの家を出るのは嫌で断ってしまったのだ。


本当に優しい人たち……だからこそ、どうか幸せになってもらいたい。

私のことなどどうか忘れて、もう私なんかに振り回されることなく生きてもらいたい。



「お父様、私は幸せになります。これまでありがとうございました」


最高に体調の悪い中、私にできる最上のカーテシーを贈る。

どうせ最初で最後の旅だ。


もう後のことなど知らない。


後戻りもできない。

泣くのも許されない。


私には__ _しかできないのだ。

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