1.
初投稿です。
生暖かい目で見てください。
私、リーティア・ローディラントは、生まれつき病弱で、この突き刺すような寒さの屋敷から出たことがなかった。
どんなに外に恋い焦がれようとも私の体はそれを許すことはなかった。
しかし、もうじき迎える14歳の誕生日に嫁に行くことになる。
婚約をした覚えもなければ、会った記憶さえない10歳も年の離れたチェバイン公爵様のもとに行かねばならないのだ。
逃げる気も体力もないが、どうやらこの結婚から逃げ切ることはできないようだ。
どうせそう長くは生きられない体なのだ。
少しでもお家のためになれて嬉しく思う。
私は、この世に役立たずとして生を受けた。
勤めの果たすことのできない体は、子供を産む体力さえないとまで言われた。
そんな私が1つでも家のためにできることがあるのだ。喜ばねばならない。
…喜ばねば、ならないのだ。
だから……このぽろぽろと流れ落ちる生暖かいものは気のせいなのだ。
そうでなくてはならない。役立たずには泣く資格さえないから。
◆◆◆
シンシンと積もる雪を眺めながら咳き込む私は生まれつき体が弱く、ベッドから出られたことはほとんどない。
ベッドでできることは限られていて、昔は外を眺めては楽しそうに遊んでいる子供たちを恨めしく思ったことだ。
そんな、この屋敷を出たことがない娘を嫁がせようとするお父様は侯爵様であり、この国の宰相でもある。とてもお忙しい方だ。
この屋敷に帰ってくるのはせいぜい年に1~2回程度。
帰ってきても執務室に籠るばかりで、直接お話しした記憶があるのは片手で数える程だ。
家庭に無頓着なお父様を深く愛するお母様は、お父様を傍で支えたいと王都で暮らしている。
お母様は悪い方ではない。ただただ夫より子供の通線順位が低いだけなのだ。
恋は盲目とはよく言ったものだと思う。
この両親たちが一緒にいてくれた覚えなどない。これからも、凍てつくようなその瞳に私の姿を映すことはないだろう。
いつも隣にいてくれたのは、侍女であるアンナとこの屋敷の生き地獄と化しているジョンだ。
絵本の読み聞かせやお人形遊び、お散歩に刺繍や編み物だって付き合ってくれたのはアンナとジョンだった。
アンナはお母様よりも母親らしい人だった。いつもはとても優しく、こっそりお菓子をくれたが、本に落書きをしたり、悪戯をしたりするとよくカミナリを落とされたものだ。
彼女は、私を本当の子供のように可愛がってくれた。まだ、ぎりぎり結婚適齢期内でお姉さんと呼んでもおかしくない歳だったのに…
ジョンは渋さが光るロマンスグレーで、とてもかっこいい人だ。昔は結婚するならジョンのような大人がいいと思っていた。
彼は、私に知識と教養をくれた。とても厳しい方だったが、たまに悪戯を手伝ってくれたり、つまらないダジャレでその場を凍り付かせたりなんかすることもあって、なんとも憎めないお茶目な人だ。
2人とも私のことを深く愛してくれていた、大切な私の家族だ。
それに、昔はお兄様も一緒にいてくれたから寂しさを感じることは全くなかった。
外に出ることができなくても、風邪で寝込んでしまっても、転んだり泣いたりしても、いつもみんながいてくれた。
毎日私のために本を読んでくれたのはアンナ。部屋が寂しいだろうと両手に抱える程のお花を詰んで来てくれたのはジョン。おやすみのキスはお兄様。
両親が傍にいてくれなくても、とても幸せだった。
でも、そんな時間も長くは続かなかった。
私が10歳になる年、お兄様は王都にある学園に入学するため、このローディラントの領地を離れることとなった。
お兄様と離れるのが嫌で私は最後の最後までずっと泣いていた。
私の弱い体ではお見送りにも行くことができないし、どうしても王都には行って欲しくなくて随分とお兄様を困らせてしまったものだ。
そんな私を見かねたお兄様は、私に毎日手紙を書いてくれると約束してくれた。
私も必ず書くと約束し、王都へ旅立って行った。
だから、毎日欠かさず手紙を書いた。
お兄様が王都へ行ってから最初の1ヶ月は毎日届いた。
勿論お兄様からの手紙は嬉しかったが、いつもは足音の聞こえないジョンがドタバタと音を立てて嬉しそうに持ってくるものだから、毎日アンナと心待ちにしていたのは私たちだけの秘密だ。
内容は、王都の町並みやここでは咲くことのない花、食べ物の話など他愛もないことばかり。
たまに、押し花や素敵な柄のハンカチーフなどが同封されていることもあった。
私もアンナと一緒に刺繍したハンカチーフや編んだばかりのレースなどを入れて送っていた。
とても楽しかった。
私の見たことのない世界の話しにわくわくしていた。
いつか必ず私もその景色を見るんだって。
その時、お兄様が昔と変わらず私の側に居てくれるんだって。
信じていた。
でも、その1ヶ月を過ぎるとジョンの足音も聞こえなくなった。
ジョンはきっと学業が忙しいのだと言っていた。
私もそう思って、忙しくても読んでくださるといいなと思って毎日手紙を出した。
ずっとずっと手紙が届くことを待っていた。
返事が返ってくるのを楽しみにしていた。
…でも、結局返事が帰ってくることは1度もなかった。
お兄様が手紙をくださらなくなっても、根気強く手紙を書いた。
きっともう少し立てば返事が来ると淡い希望を抱いて。
内容が気に入らなかったのかと思って、手紙の書き方や詩的な表現だってたくさん勉強した。
手やつめが真っ黒になるまで何度も書いて、お兄様がお気に召してくれるものができるまで書き直した。
…私は、ただお兄様からの返事が欲しかっただけなのに。
お兄様にとっては、体の弱い妹と遊ぶのは面倒だったかもしれないが、私にとっては特別だった…
またあの時と同じようにお話ししたかった。
でもね、お兄様は違ったみたい。
だって、この半年間ただの1通も手紙をくださらなかったのだもの。
私はお兄様にとって手紙の1通も出す価値もない、ちっぽけな存在だった。
そう気づくと、手紙を出す気さえ起きなくなった。
毎日書いていた手紙は1週間、半月、1ヶ月と、どんどんと書かなくなっていった。
私の誕生日に書いた手紙を最後にお兄様への手紙を書くのを止めてしまった。
お兄様と約束していたのに。
勿論書いても返ってこないようなお母様への手紙は、元からなど存在しない。
まぁ、お母様がああなのは前からよく思い知ったし、そこに悲しみなど湧いてこない。
お父様には毎月書かなければならなかったので書いていたが、気づくとお父様に向けて書くものからローディラント家当主に向けて書く報告書のようなものになっていた。
到底家族に書くようなものを書く気にはなれなかった。
お父様は返事の代わりに子供が好きそうなぬいぐるみが送ってきていた。
赤ちゃんが持つようなそれはセンスの欠片も感じられない。
私を何歳だと思っているのだろう。まさか、私の歳にまで興味がないのだろうか。
気が付くと、まるで私の機嫌を伺うようなそれに嫌悪感を抱くようになっていた。
包みすら開けるのが嫌になって数年前からは中身すら見ていない。
そんなものより、お世辞でもいいから心配していると言って欲しかった。
愛のある手紙が欲しかった。
私に会いに来てほしかった。
いつからだろう
家族に息苦しさを感じるようになったのは
手紙を出すことが嫌になったのは
愛していると思えなくなったのは
家族だとも思えなくなっていったのは
…本当に、いつからだったんだろう
もう、思い出すことはできない。
そうして私はローディラント家に手紙を出すのを止めた。
私はもうあの人たちに関わるものを見たくはなかった。期待したくなかった。
だから、もともと少なかった部屋からはどんどんとモノが消え、洒落たドレス1つもないガラガラの衣装部屋に残ったのは呪いのようなぬいぐるみたちだけだった。